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第20巻「真実の窓の戦い」

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100.目前

 雪原に伸びるまっすぐな道の上を、大勢の騎兵に守られながら、十数台の馬車が走っていました。中央を行く、ひときわ立派な車体の横には、ザカラス国の紋章が描かれています。中にアイル王が乗っていたのです。馬車の窓を開け放ち、神経質そうな表情を浮かべながら、外の景色を眺めています。

 荒野は夕暮れのような薄暗さでした。道の両脇には一メートルを越す雪が降り積もっていますが、それも薄黒く染まって見えます。風に混じって、気の狂った人のような声が聞こえてきて、アイル王は思わず座席から飛び上がりました。

「鳥でございます、陛下」

 と同乗していた護衛に言われて、おどおどしながら、また座り直します。

 

 すると、馬車の横に一頭の馬が並び、鞍(くら)の上の人物が窓の中をのぞき込んできました。

「そろそろ部隊を停止させます、陛下。我々は灰の雲の目の前までやってまいりました」

 それはロムドの四大魔法使いの、白の魔法使いでした。雪が降り積もる荒野だというのに、いつものように男物の白い長衣を着て、ユリスナイの象徴を下げているだけで、防寒着の類はまったく身につけていません。それでも平気そうな顔をしながら、アイル王へ話し続けます。

「ここから先、我々魔法使いは各地点に分散して、自分の役割に専念します。陛下を守備する魔法使いがいなくなりますので、お渡ししておいた護符をおつけください」

「あ、ああ……こ、これだな」

 と王は傍らの小箱から銀の護符を取り出しました。白の魔法使いが身につけているものと同じ、光の女神ユリスナイの象徴でした。それをペンダントのように首から下げます。

 すると、向かいの席に座っていた二人の護衛が不服そうに言いました。

「そのようなものがなんの役に立つのですか、陛下?」

「護符は気休めにしかならないでしょう」

 見るからにたくましい体を黒い鎧兜に包んだ男たちで、一人は大きな剣を杖のように自分の前に立て、もう一人は太い鉄の鎖を両手に握っていました。鉄の鎖の端には、棘(とげ)つきの鉄球がつながっています。彼らは、自分たちが王を守っているのだから、護符など必要ない、と言っているのです。

 女神官は平然と答えました。

「護符には我々四大魔法使いが闇を退ける魔法をかけました。また、陛下の馬車を中心に、守りの障壁も張ります。ですが、その後、我々はこの場所を離れるので、障壁を破られてしまえば、それを張り直すことはできません。なにとぞお気をつけ下さい」

「て、手をわずらわせてしまって、す、すまないな」

 とアイル王は魔法使いに詫びました。自分が同行したことで、魔法使いたちに余計な心配をかけている、と自覚しているのです。

 すると、女神官は微笑しました。生真面目だった顔が、急にふわりと優しい雰囲気になります。

「陛下がおいでにならなければ、我々はこの場所まで到達できませんでした。陛下が同行してくださったので、ロムドに懐疑的な領主たちも、黙って我々を通過させてくれたのです。このように危険な場所までおいでくださったアイル王の勇気には、我々魔法軍団も驚嘆しております」

「も、もっと、臆病者だと思っていたのに、と……?」

 とアイル王も笑い、女神官があわてて否定しようとすると、笑ったまま首を振りました。

「じょ、冗談だ。わ、私は父上のように偉大な王ではないが、そ、それでも、私にできることがあれば、やりとげたい、と思っている。そ、それが、私がザカラス王である、あ、証(あかし)なのだからな……」

 女神官は、それ以上は何も言わず、片手を胸に当てて馬上から深く礼をしました。アイル王が自分の役目を果たそうと懸命でいることを感じ取ったのです。王が照れたようにうなずき返します――。

 

「全軍停止! その場で待機しろ!」

 と白の魔法使いが全体に命令を出すと、馬車も、馬にのった兵士たちも、いっせいにその場に停まりました。全員が申し合わせたように行く手を見ます。そこには、こちらへ向かって押し寄せてくる黒雲の塊がありました。彼らの頭上にも灰色の雲が広がっていますが、それよりももっと巨大で、圧倒的な雲の壁です。

 すると、白の魔法使いのところへ、馬に乗った二人が駆けつけてきました。カイタ神の象徴を下げた青の魔法使いと、黒い肌に猫の瞳の赤の魔法使いです。やはり雲を見ながら言います。

「ものすごい闇の気配ですな。ここに至るまでに、闇はどんどん濃くなっておりましたが、これは桁違い(けたちがい)だ。あの雲の下では、きっととんでもないことが起きていますぞ」

 と武僧が言ったので、女神官はうなずきました。

「あれは闇の灰の塊だ。火の山から噴出した火山灰の本体とも言える。雲の下では灰が雪のように降り積もっていることだろう。闇に染まった灰なのだから、何事も起きていないはずはない」

「タ、ミノ、イ」

 と赤の魔法使いが言いました。雲の下には、闇の怪物の世界が広がっている、と伝えたのです。光の魔法使いである他の二人と違って、彼は自然魔法を使うムヴアの魔法使いなので、闇にさえぎられることなく、雲の下の様子が見ることができたのです。

「闇の怪物が大量発生しているのか……。このあたりは山岳地帯に至る荒野だが、人家もあると聞いている。住人はどうなっただろうな」

 と女神官は周囲を見回しましたが、目の届く範囲に家や村は見当たりませんでした。ただ、低い山の間をぬうように、彼らが通ってきた雪の道が伸びているだけです。その道は、魔法使いたちが魔法で雪を取り除いて作ったものでした。隊列の先頭の十メートルほど先で途切れて、雪原に消えてしまっています。

 

 一方、武僧はまた押し寄せてくる黒雲を眺めていました。行く手には国境の山脈があるはずでしたが、灰の雲にすっかりおおわれて、見えなくなっています。

 武僧は考えながら言いました。

「あの雲にあまり接近するのは危険ですな。怪物が襲ってきたら、灰の雲を散らすどころではなくなるでしょう。一応、ザカラス兵が護衛に同行していますが、闇の怪物が相手では、まともに立ち向かえませんからな」

「そのとおりだな。しかも、アイル王も同行されている。王を危険な目に遭わせるわけにはいかない」

 と女神官は言って、黙り込みました。どのような形で灰の雲を散らすのが一番良いだろう、と考え始めたのです。

 すると、ムヴアの魔法使いがまた口を開きました。

「ワ、ンニ、ル。モノ、イ、エ、ル」

「赤が出口になって、灰をこちらに送るというのか?」

 と女神官は眉をひそめましたが、武僧は、ぽんと手をたたきました。

「赤は闇に強いのだから、適任でしょう。我々では、魔力を闇に弱められてしまいますからな。赤が灰を送ってきたら、私が東西南北と上空へ送ります。それを白と他の魔法使いたちがさらに四散させてください」

 それでも、女神官は気がかりそうな顔をしていました。

「当初の計画では、灰の雲の縁に幾人かが立って、それぞれに灰を散らすことになっていた。だが、おまえたちの言うやり方では、出口になる赤に闇の灰が集中してくる。危険すぎないか?」

「ダ!」

 と赤の魔法使いは馬の上で小さな胸を張りました。大丈夫だから自分に任せろ、と言ったのです。

「赤の次には私がいますよ。赤が危険になれば、私が駆けつけます」

 と青の魔法使いも言いました。心配性なリーダーを笑っています。

 

 赤と青の魔法使いが出口に適当な地点を探しに離れていった後も、白の魔法使いは一人で考え込んでいました。仲間たちが言うほど作戦はたやすくない、と彼女にはわかっていたのです。

 赤の魔法使いは風を起こして、雲から灰を引き出すつもりでいますが、風の扱いをひとつ間違えば、灰はたった一つの出口に集中して、闇の怪物を生み出してしまいます。そして、その危険性は、赤の魔法使いから大量の風を受けとる青の魔法使いとっても、同じだったのです。

 白の魔法使いの口から、思わずつぶやきが洩れました。

「勇者殿たちがここにいてくだされば……」

 けれども、彼らはもう半月も前にザカラス城から去って、天空の国へ戻っていきました。いない人々に期待することはできません。

 白の魔法使いは頭を振りました。

「とにかく、できる限りの準備を整えておかなくては」

 と他の魔法使いたちのほうへ向かいます。

 そのフルートたちが、トーマ王子と共にこちらに向かってきているとは、夢にも思わない女神官でした――。

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