ごうごうと風を切って空を飛びながら、フルートは仲間たちへ話し始めました。
「闇の雲は南西のメラドアス山脈から流れてきている。あれから半月たっているなら、きっともう国境を越えてザカラス国内に入り込んでいるはずだ。急がなくちゃいけない」
「ワン、魔法使いたちは魔法で風を起こして、闇の雲をあちこちへ分散する計画でしたよね。散らして、害がないくらい薄めるつもりでいるんだ」
とフルートの下でポチが言うと、隣を飛ぶルルが言いました。
「それだけじゃだめなはずよ! だって、闇の灰の本当の目的は、地上に闇の想いを引き起こして、それを力にして、デビルドラゴンを復活させることなんですもの! いくら灰を薄くしても、地上に闇の想いは引き起こされるわ!」
それを聞いて、メールは舌打ちしました。
「デビルドラゴンのヤツ、自分に敵対するザカラスやロムドを弱体化させるのと、自分を復活させる餌を集めるのを、同時にしようとしてるんだね」
「ったく。やっぱり闇の灰を消さねえとダメってことか――。おい、フルート! 策はあるのか!?」
とゼンは尋ねました。行き詰まるような状況になったときに彼らが頼るのは、フルートの頭脳です。
フルートはちょっと考えてから、自分の後ろに座る少女を振り向きました。
「ポポロ、ぼくたちは北の大地から帰ってきた。君の魔法はどうなってる?」
「また二つ使えるようになったわよ……北の大地で夜に出会って、また昼の中に来たから」
と魔法使いの少女が言ったので、フルートはうなずきました。
「作戦を思いついた。ポポロは魔法を温存していてくれ。たぶん、二つの魔法を同時に使うことになるから」
「わかったわ」
とポポロは答えました。おとなしい顔の中にも、決心の表情を浮かべています。
ところが、勇者の一行が話し合っている間、トーマ王子は一言も口をはさもうとしませんでした。花鳥の大きな背中に乗って、黙りこんでいます。
ゼンは王子を振り返りました。
「どうしたんだよ、わがまま王子。やっぱり今になって怖くなってきたなんて言うんじゃ――」
とからかって、途中で言いやめます。トーマ王子はメールの後ろで自分の体を抱いて、がたがたと震えていたのです。その顔色は蒼白、唇は紫色になっています。
やべぇ! とゼンは声を上げました。
「おまえ、防寒着を着てこなかったのかよ、王子! そんな恰好で空を飛んだら凍死するぞ!」
王子は城の中から外に出てきたので、普段着のままでいたのです。気温の低い日が続いているので、厚手の上着やズボンは身につけていますが、空の上の空気は氷点下です。それが猛烈な風になって吹きつけてくるので、王子は体温を奪われて、口もきけないほど凍えていたのでした。
メールはとっさに王子を抱きしめ、体の冷たさに驚きました。
「フルート! あんたのマントを貸しとくれよ! 金の石も早く!」
と言います。
トーマ王子は顔を歪めると、メールを押し返しました。
「だ、大丈夫だ……こ、これくらいの寒さは、以前にも城で……」
けれども、強がりもそれ以上は言えませんでした。びゅうっとまた身を切るような風が吹きつけてきたので、王子は自分の体を抱いたままうずくまってしまいます。
その横へフルートが飛び下りてきました。自分のマントを脱いで王子に着せかけ、さらに金の石を押し当てます。
とたんに王子の震えは止まりました。痛いくらいに冷え切った体の中で、温かい血潮が流れ始めたのを感じます。
フルートはマントの前を留めながら、王子に話しかけました。
「寒さを我慢しちゃだめだ。手足を失ったり、時には命を失うことさえあるんだから――。マントで体を包んだら、花の中に潜って、できるだけ風を避けて」
「ワン、もう少し高度を下げて飛んだほうがいいかな? 地上に近い方が気温は高いと思うけど」
とポチがルルに言うと、ルルは頭を振りました。
「だめよ。下を見て。雲でいっぱいでしょう? あれは雪雲だわ。吹雪になっているかもしれないから、あんな中に入ったら、たちまち変身が解けちゃうわ」
トーマ王子は驚きました。足手まといにならない、と言いながら、実際にはとても迷惑になっている彼を、勇者の一行は誰も責めません。ゼンでさえ、そら見たことか! とは言わないのです。
王子はためらい、小さな声で、すまない、と謝りました。顔が上げられなくなってうつむきます。
その素直さに、勇者の一行は目を丸くしました。
「やっだ、王子様! あんたったら、ホントはすごくかわいいじゃないか!」
とメールが笑ってトーマ王子の頭を押さえつけたので、王子は真っ赤になりました。
「こ、こら、何をする! 無礼者!」
トーマ王子が怒っても騒いでも、メールは平気で笑っています。
「ったく。俺たちの知り合いって、こういう性格のヤツが多いぞ。ロキといい竜子帝といいレオンといい。素直じゃねえヤツらばかりだ」
とゼンはぼやきましたが、やはり、まんざらでもない顔をしています。
フルートも微笑しながらポチの背に戻っていきました。またポポロを振り向いて言います。
「透視を頼む。闇の灰の雲を見つけてくれ。その一番先に、きっとアイル王たちがいるはずだ」
「はい」
とポポロが答えて遠いまなざしになります。
「どれ、俺たちはこの間に腹ごしらえだ」
とゼンは全員に焼き菓子を配りました。
「ザカラス城で昨日の朝飯に出てきたヤツを取っておいたんだ……と、昨日じゃなくて、もう半月前か? まあ、たぶん大丈夫だろう」
すると、犬たちが騒ぎ出しました。
「ワンワン、ぼくたちの分も残しておいてくださいよ!」
「そうよ! 私たちは、風の犬になっている間は、何も食べられないんだから!」
「心配すんな。ちゃんと残してあらぁ」
とゼンが荷袋をたたいて見せます。
トーマ王子もフルートたちと一緒に焼き菓子をもらいました。おっかなびっくり口に入れると、さくりと口の中で崩れて甘さが広がります。城で何度も食べてきた菓子だったのに、格別おいしいと感じたのは、不思議なことでした。
やがて、ポポロが言いました。
「灰の雲が見つかったわ。こっちの方角よ」
と空の彼方を指さします。
「アイル王や白さんたちもいたか?」
とフルートは聞き返しました。
「それはまだ……。でも、もっと近づけば見つけられると思うわ」
「よし、急ごう。ポポロも食事をして休んでくれ」
「はい」
とポポロもゼンから焼き菓子を受けとります。
風の犬たちはポポロが示した方角へ向かいました。それは南西から、わずかに北寄りの方角でした。
「ワン、灰の雲が以前より広がってるのかもしれないな」
とポチがつぶやきます。
勇者の一行とトーマ王子は、凍りつくような空の中を、音を立てながら飛んでいきました――。