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第20巻「真実の窓の戦い」

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99.空の中

 ごうごうと風を切って空を飛びながら、フルートは仲間たちへ話し始めました。

「闇の雲は南西のメラドアス山脈から流れてきている。あれから半月たっているなら、きっともう国境を越えてザカラス国内に入り込んでいるはずだ。急がなくちゃいけない」

「ワン、魔法使いたちは魔法で風を起こして、闇の雲をあちこちへ分散する計画でしたよね。散らして、害がないくらい薄めるつもりでいるんだ」

 とフルートの下でポチが言うと、隣を飛ぶルルが言いました。

「それだけじゃだめなはずよ! だって、闇の灰の本当の目的は、地上に闇の想いを引き起こして、それを力にして、デビルドラゴンを復活させることなんですもの! いくら灰を薄くしても、地上に闇の想いは引き起こされるわ!」

 それを聞いて、メールは舌打ちしました。

「デビルドラゴンのヤツ、自分に敵対するザカラスやロムドを弱体化させるのと、自分を復活させる餌を集めるのを、同時にしようとしてるんだね」

「ったく。やっぱり闇の灰を消さねえとダメってことか――。おい、フルート! 策はあるのか!?」

 とゼンは尋ねました。行き詰まるような状況になったときに彼らが頼るのは、フルートの頭脳です。

 フルートはちょっと考えてから、自分の後ろに座る少女を振り向きました。

「ポポロ、ぼくたちは北の大地から帰ってきた。君の魔法はどうなってる?」

「また二つ使えるようになったわよ……北の大地で夜に出会って、また昼の中に来たから」

 と魔法使いの少女が言ったので、フルートはうなずきました。

「作戦を思いついた。ポポロは魔法を温存していてくれ。たぶん、二つの魔法を同時に使うことになるから」

「わかったわ」

 とポポロは答えました。おとなしい顔の中にも、決心の表情を浮かべています。

 

 ところが、勇者の一行が話し合っている間、トーマ王子は一言も口をはさもうとしませんでした。花鳥の大きな背中に乗って、黙りこんでいます。

 ゼンは王子を振り返りました。

「どうしたんだよ、わがまま王子。やっぱり今になって怖くなってきたなんて言うんじゃ――」

 とからかって、途中で言いやめます。トーマ王子はメールの後ろで自分の体を抱いて、がたがたと震えていたのです。その顔色は蒼白、唇は紫色になっています。

 やべぇ! とゼンは声を上げました。

「おまえ、防寒着を着てこなかったのかよ、王子! そんな恰好で空を飛んだら凍死するぞ!」

 王子は城の中から外に出てきたので、普段着のままでいたのです。気温の低い日が続いているので、厚手の上着やズボンは身につけていますが、空の上の空気は氷点下です。それが猛烈な風になって吹きつけてくるので、王子は体温を奪われて、口もきけないほど凍えていたのでした。

 メールはとっさに王子を抱きしめ、体の冷たさに驚きました。

「フルート! あんたのマントを貸しとくれよ! 金の石も早く!」

 と言います。

 トーマ王子は顔を歪めると、メールを押し返しました。

「だ、大丈夫だ……こ、これくらいの寒さは、以前にも城で……」

 けれども、強がりもそれ以上は言えませんでした。びゅうっとまた身を切るような風が吹きつけてきたので、王子は自分の体を抱いたままうずくまってしまいます。

 その横へフルートが飛び下りてきました。自分のマントを脱いで王子に着せかけ、さらに金の石を押し当てます。

 とたんに王子の震えは止まりました。痛いくらいに冷え切った体の中で、温かい血潮が流れ始めたのを感じます。

 

 フルートはマントの前を留めながら、王子に話しかけました。

「寒さを我慢しちゃだめだ。手足を失ったり、時には命を失うことさえあるんだから――。マントで体を包んだら、花の中に潜って、できるだけ風を避けて」

「ワン、もう少し高度を下げて飛んだほうがいいかな? 地上に近い方が気温は高いと思うけど」

 とポチがルルに言うと、ルルは頭を振りました。

「だめよ。下を見て。雲でいっぱいでしょう? あれは雪雲だわ。吹雪になっているかもしれないから、あんな中に入ったら、たちまち変身が解けちゃうわ」

 トーマ王子は驚きました。足手まといにならない、と言いながら、実際にはとても迷惑になっている彼を、勇者の一行は誰も責めません。ゼンでさえ、そら見たことか! とは言わないのです。

 王子はためらい、小さな声で、すまない、と謝りました。顔が上げられなくなってうつむきます。

 その素直さに、勇者の一行は目を丸くしました。

「やっだ、王子様! あんたったら、ホントはすごくかわいいじゃないか!」

 とメールが笑ってトーマ王子の頭を押さえつけたので、王子は真っ赤になりました。

「こ、こら、何をする! 無礼者!」

 トーマ王子が怒っても騒いでも、メールは平気で笑っています。

「ったく。俺たちの知り合いって、こういう性格のヤツが多いぞ。ロキといい竜子帝といいレオンといい。素直じゃねえヤツらばかりだ」

 とゼンはぼやきましたが、やはり、まんざらでもない顔をしています。

 

 フルートも微笑しながらポチの背に戻っていきました。またポポロを振り向いて言います。

「透視を頼む。闇の灰の雲を見つけてくれ。その一番先に、きっとアイル王たちがいるはずだ」

「はい」

 とポポロが答えて遠いまなざしになります。

「どれ、俺たちはこの間に腹ごしらえだ」

 とゼンは全員に焼き菓子を配りました。

「ザカラス城で昨日の朝飯に出てきたヤツを取っておいたんだ……と、昨日じゃなくて、もう半月前か? まあ、たぶん大丈夫だろう」

 すると、犬たちが騒ぎ出しました。

「ワンワン、ぼくたちの分も残しておいてくださいよ!」

「そうよ! 私たちは、風の犬になっている間は、何も食べられないんだから!」

「心配すんな。ちゃんと残してあらぁ」

 とゼンが荷袋をたたいて見せます。

 トーマ王子もフルートたちと一緒に焼き菓子をもらいました。おっかなびっくり口に入れると、さくりと口の中で崩れて甘さが広がります。城で何度も食べてきた菓子だったのに、格別おいしいと感じたのは、不思議なことでした。

 

 やがて、ポポロが言いました。

「灰の雲が見つかったわ。こっちの方角よ」

 と空の彼方を指さします。

「アイル王や白さんたちもいたか?」

 とフルートは聞き返しました。

「それはまだ……。でも、もっと近づけば見つけられると思うわ」

「よし、急ごう。ポポロも食事をして休んでくれ」

「はい」

 とポポロもゼンから焼き菓子を受けとります。

 風の犬たちはポポロが示した方角へ向かいました。それは南西から、わずかに北寄りの方角でした。

「ワン、灰の雲が以前より広がってるのかもしれないな」

 とポチがつぶやきます。

 勇者の一行とトーマ王子は、凍りつくような空の中を、音を立てながら飛んでいきました――。

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