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第20巻「真実の窓の戦い」

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第33章 王子

98.王子

 ザカラス城の裏庭に面した通路で、トーマ王子は外の景色を眺めていました。

 夜中降っていた雪は朝が来てやみましたが、あたりはまだ薄暗いままでした。雪が降りやんでも、空の雲が晴れないのです。分厚い雲は鈍色で、いつまた雪が降り出してもおかしくありません。

 トーマ王子は思わず溜息をつくと、曇ったガラスを手で拭いました。吐息(といき)の白い縁取りの中に見えたのは、もっと白い斜面でした。ゆるやかな上り坂になった裏庭には雪が深く積もっていて、雪をかきのけた通路が迷路のように見えています。その通路の先には衛兵の宿舎や練兵場があって、いつもなら号令の声など聞こえてくるのですが、今日は何の物音も聞こえてきませんでした。衛兵の大半が国王と一緒に出動していったのですから当然です。父上たちは今頃どのあたりにいらっしゃるのだろう、と王子は考えます――。

 

 すると、そんな王子の視線の先を、空を飛びながら横切ったものがありました。大きな鳥のようにも見えましたが、長い体と尾が風になびいています。その背中には人間が乗っていました。あっという間に王子の視界を抜けて、城の正面のほうへ飛んでいってしまいます。

 トーマ王子は飛び上がりました。

「連中が戻ってきた!」

 と叫ぶと、通路を駆け出し、階段を駆け下りて正面入口へ向かいます。

 王子が入口に到着すると、そこでは押し問答の騒ぎが起きていました。入口を守る衛兵が人垣を作る向こうから、声が聞こえてきます。

「通せ! こんちくしょう! アイル王に用事があるって言ってんだろうが!」

「白さんや青さんたちにも知らせなくちゃいけないことがあるんだよ!」

「ぼくたちは怪しい者じゃありません! 金の石の勇者の一行です! アイル王に取り次ぎをお願いします!」

 トーマ王子は人垣をかき分けて前に出ようとして、たちまち兵士に捕まりました。

「なりません、殿下! 危険です! この者たちは敵かも知れないのです!」

 すると、それを聞きつけた一行が力ずくで入り込んできました。

「殿下だと!? トーマ王子だな!?」

 鎧兜を着た大きな兵士たちが、あっという間に両脇へ投げ飛ばされました。止まれ! と別の兵士たちが槍を突き出すと、どこからか花が飛んできて蔓を伸ばし、槍を絡め取ってしまいます。

 人垣が切れた場所に侵入者が姿を現しました。青い胸当てをつけた背の低い少年と、色とりどりのシャツの上にマントをはおった長身の少女です。衛兵が槍で阻止しようとすると、少年は無造作にそれをつかんで、衛兵ごと投げ飛ばしてしまいました。少女が、さっと両手を振ると、宙を飛び回っていた花がまた蔓を伸ばし、衛兵たちを縛り上げてしまいます。

 少女は、にやっとしました。

「お城はいいよね。冬でもたいてい花が飾ってあるんだもん」

「そのまま縛り上げとけ、メール。俺たちが用があるのは王子や王だ――っと、いたな、トーマ王子! 命令して、こいつらを引っ込ませろよ!」

 と少年が王子を見つけてわめきます。

 トーマ王子は大声で言いました。

「引け、皆の者! それは本物の金の石の勇者たちだ! 手出しはならぬ!」

 まだ子どもでも、命じる声には大人のような迫力がある王子です。たちまち衛兵たちは槍を引き、大きく引き下がりました。その後に、金の鎧兜の少年と黒衣の少女と二匹の犬たちも姿を現します。

 

 フルートがトーマ王子に駆け寄ってきました。

「王子、アイル王はどこです!? ロムドの四大魔法使いたちは!? 大至急知らせなくちゃならないことがあるんです!」

 すると、王子はフルートに向かっても大声を出しました。

「今さら何の用で城にやってきた!? おまえたちがザカラスを見捨ててから、もう半月だぞ! その間、ずっと音沙汰(おとさた)なしでいたくせに、今さら勇者面をするのか!?」

 なに? と勇者の一行は顔色を変えました。フルートが聞き返します。

「半月? ぼくたちがザカラス城を離れてから、そんなに時間がたっているんですか!?」

「んなわけねえだろう! 俺たちが北の大地やジタンに行っていたのは、せいぜい半日だぞ!」

 とゼンがどなったので、トーマ王子は言い返しました。

「何を言っている! おまえたちが城の中庭から急に姿を消してから、もう二週間が過ぎた! 今日は三月九日だぞ!」

 外は一面の雪におおわれていても、暦はすでに三月に入っていたのです。

 それにまた言い返そうとするゼンを、フルートは止めました。

「真実の窓の向こうとこちらでは、時間が違っていたんだ――。ぼくたちにはたった半日の出来事でも、こっちの世界では半月が過ぎていたんだよ」

 すると、ポポロがうなずきました。

「フルートの言うとおりだと思うわ。天空城には、時間の流れが外とは違う場所がたくさんあるから……。たった一時間のことだと思っていたのに、外に出てみたら何日もたっていたり、逆に何週間もたったと思ったのに、外では数分もたっていなかったりってことは、よくあるのよ」

「ワン、そう言えば、魔法使いのヨンを魔王にしたデビルドラゴンが、ぼくたちの移動が早すぎる、って、驚いていましたよね。時間の流れが違っていたなら、デビルドラゴンには本当に、一瞬でぼくたちがあちこちに移動しているように見えたのかもしれないですよ」

 とポチも言います。

 

 メールは王子に尋ねました。

「ねえ、じゃあさ、アイル王はどうしているわけ? 白さんたちは?」

「父上は魔法使いたちや衛兵と一緒に、灰の雲を退治に向かった。今頃は国境付近にいらっしゃるだろう」

 と王子は答えて唇をかみました。冷ややかに見える顔が、何故か悔しそうな表情を浮かべます。

「もう現場に向かってんのか! 急いで追いかけねえと!」

 とゼンが言い、仲間たちはすぐに城の外へ駆け出しました。先に前庭に飛び出したポチとルルが、雪煙を上げて風の犬に変身します。

 けれども、フルートはまだ城の入口にいました。トーマ王子に尋ねます。

「アイル王も一緒に!? ザカラスの国王が何故、そんな場所に同行したんだ? 危険過ぎるじゃないか!」

 アイル王を心配するあまり、フルートは敬語を使うのを忘れていましたが、王子のほうでも、それを無礼に思う余裕はありませんでした。吐き出すように答えます。

「地方の領主たちが、ロムドの魔法使いたちを信用しなかったからだ――! この城に呼び集めた領主たちだけなら、心配はなかった。皆、父上のお考えに絶対服従していたからな。でも、進路に当たる場所の領主たちが、ロムドの魔法使いを通すわけにはいかないと言ってきたんだ! 彼らを信用しろと言うなら、父上も同行しろと――ザカラスの国王である父上に対して!」

 トーマ王子は全身をぶるぶる震わせていました。本当は聡明な王である父が、まだまだ家臣たちから信用されていないことに、腹をたてていたのです。

 フルートのほうは真顔で言いました。

「無茶だ。あの灰は闇の塊だぞ。いくら魔法使いたちが同行していたって、現場ではそばにいられないはずだし、兵隊では闇の灰は防げないんだから。アイル王が危険だ……!」

 

「おい、フルート! 何やってんだ!? 出発するぞ!」

 と前庭でゼンが呼んでいました。

「わかった、今行く!」

 とフルートは身をひるがえして駆け出し、すぐに立ち止まりました。はおっていたマントを後ろからトーマ王子に引っぱられてしまったのです。

「ぼくも一緒に連れて行け、金の石の勇者! ぼくも父上のところへ行く!」

 と王子に言われて、フルートは驚きました。

「だめだ! それはできない!」

「だめじゃない! 父上がおいでになっているんだ! ぼくにだって行けるはずだ!」

「それが危険だと言っているんだ! ただではすまない! あの灰の本当の目的は――」

 フルートが言いかけて口ごもると、王子は両手でそのマントを捕まえ、にらみつけるようにして言い続けました。

「ぼくを連れていけと言っているんだ! 従わないなら、おまえたちを牢屋に閉じこめて、どこにも行かせなくするぞ! 力ずくで牢屋を脱出したりしたら、ザカラスとロムドはきっと国交断絶だ!」

 脅しにしてはいささか子どもっぽい内容でしたが、フルートは考え込みました。王子の脅しを真(ま)に受けたのではなく、王子の真剣な顔と声に心を動かされたのです。

 すると、いつの間に戻ってきたのか、メールがすぐ横に立っていました。ちょっと肩をすくめて言います。

「連れてってやろうよ、フルート。こんな状況で留守番させられるのは、本当につらいんだからさ」

 渦王の島でいつも父から置いてきぼりを食らってきたメールだけに、王子の気持ちはよくわかったのです。

 ところが、フルートは首を振りました。

「無理なんだよ。王子はポチやルルには乗れないんだから。連れていくことができないんだ」

 なに!? とトーマ王子は顔色を変え、そのまま何も言えなくなってしまいました。何の役にも立たない自分をまた痛感させられて、歯ぎしりをします――。

 

 すると、メールが言いました。

「あたいが花鳥を作って乗せるさ。ここはお城だもん。花が咲いてる温室くらいあるだろ? 案内しなよ、王子様」

 トーマ王子は飛び上がりました。メールの気が変わっては大変と、先に立って城の外に続く階段を駆け出します。

「温室はこっちだ! ついてこい!」

「ああ、なんだ!? 王子まで来るのかよ!? 足手まといだぞ!」

 ルルに乗っていたゼンが遠慮もなく言ったので、そんなことはない! と王子がまた言い返します。

 メールは笑いながらその後を駆け出しました。

「いいから、連れていこうよ! こんなところでぐずぐずしてる暇はないんだからさ!」

「メールの言うとおりだな! よし、花鳥も作って、現場に向かうぞ!」

 とフルートも言って走り出します。

 城の衛兵たちはあわてふためきました。皇太子が金の石の勇者たちと城を飛び出そうとしているのです。止めようとしますが、また蔓を伸ばした花に襲われて、追いかけることができなくなりました。殿下、お待ちを! と叫びますが、一行は戻ってきません。

 やがて、入口の外で風の音と大きな鳥の羽ばたきが起こりました。猛烈な雪煙も巻き上がって、城のホールまで吹き込んできます。衛兵たちが顔をそむけたとたん、彼らを縛っていた蔓がちぎれました。蔓を伸ばしていた花が、力を失ったように、はらはらと落ちていきます。

 自由になった兵士たちは入口の外へ走り、空を飛んでいく三つの生き物をました。二匹の風の獣と、一羽の大鳥です。背中には五人の少年少女が乗っています。

 彼らはたちまち遠ざかり、南西の空の彼方に見えなくなってしまいました――。

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