「そんな! じゃあ、私たちはずっと、初代の金の石の勇者と戦っていたってこと!?」
ジタン山脈の地下の岩屋で、ルルがゼンに聞き返していました。ゼンはセイロスが自分たちの戦ってきたデビルドラゴンだった、と言ったのです。
ゼンはうなずき、がしがしと頭をかきむしりました。
「セイロスは世界の王様になりたい、と願い石に願った。そこをデビルドラゴンにつけこまれたんだ。ちくしょう! デビルドラゴンに取り憑かれて魔王になった連中が、判で押したように世界の王様になりたがったはずだぜ! 元のセイロスが、世界の王になりてえって願っていたんだからよ!」
そんな――とメールとルルは絶句してしまいます。
すると、ラトムが言いました。
「あんまり驚きすぎて、もう驚きも桃の木も出てこないぞ。あんな立派な奴でも、心の奥底ではそんなもんを願っていたとはなぁ! やっぱり人間は身勝手で欲深な生き物だ!」
それから、ノームはちょっと考える顔になり、ためらいながら続けました。
「おい、なんだその……おまえたちのフルートが最初の勇者のようになったりすることは、まさか、ないだろうな……?」
勇者の一行はびっくりして、たちまち顔を真っ赤にしました。
「ちょぉっと! それってどういう意味さ、ラトム!?」
「フルートがセイロスみたいに、デビルドラゴンになるって言いたいわけ!?」
「い、いや――だが――フルートだって金の石の勇者で、初代と同じように願い石を持っているわけだろう? そ、その気になれば、王様になりたいと願うことだってできるわけだからな――」
しろどもどろになりながらノームが言ったので、ラトム!! と彼らはいっせいにまた叫びました。
「冗談じゃないよ! なんでフルートがそんなことを願うもんか!」
「フルートは、世界を救いたくて、何度も光になりそうになってるのよ! それなのに、どうしてそんなことを考えるって言うのよ!?」
少女たちは、あんまり腹をたてたので、涙ぐんでしまっていました。ゼンのほうはいやに冷ややかな顔に変わります。
「もういっぺん言ってみろよ、ラトム。命が惜しくねえんならな」
ごく静かな声は、ゼンがこれ以上ないほど腹をたてて、爆発寸前になっている証拠でした。ラトムは震え上がって口をつぐみます。
すると、ずっと鏡の横にいた時の翁が口を開きました。
「フルートは、セイロスの轍(てつ)は踏まん、じゃろう。最初にここに来たときに、願い石に願いを全部見せとるから、の。フルートはまだ子どもだから、世界の王様になんぞ、なりたいと思っとらん。とはいえ、歳を経て、大人になってからも、ずっとそんなふうかどうかは、わからんが、の――」
そうだそうだ、とうなずいていた勇者の一行は、また顔色を変えました。
「おい、じいちゃん! フルートの味方してんのか、フルートをけなしてんのか、どっちだ!?」
とゼンが青筋を立ててどなります。
時の翁は風の吹くような声で、静かに言い続けました。
「わしは、敵でも味方でもありゃせん、よ。わしは、時間と一緒に生きてきた、時の爺(じじい)じゃ。気が遠くなるような、長い長い時間の間に、いろんな人間たちを見てきたんじゃ、よ。若い頃には純粋に理想を追っていても、大人になれば、さまざまな欲望が生まれてくるのは、人間の性(さが)、じゃな。歳をとるほど、それが強くなっていくのも、普通のこと、じゃ。ただ、人間は、仲間と生きるものじゃから、な。仲間を思いやる気持ちが、そんな身勝手を抑え込むんじゃ――。おまえさんたちのフルートは、その気持ちが非常に強いから、の。きっと、大人になっても、他人の命や世界の支配者になりたい、とは、思わんじゃろう」
結局、時の翁は、フルートはデビルドラゴンにならないだろう、と言っていました。あたりまえだ! とゼンがまたどなります。
「ねえ、フルートたちもこのことを知ったかな? 北の大地の、占いおばばのところでさ」
とメールが言い出しました。
「あっちも気がついたかもしれないけど、やっぱり知らせなくちゃ。早く戻りましょう」
とルルも言います。
「よし、窓の場所に戻るぞ! 天空城に帰るんだ!」
とゼンは振り向いて、とたんに目を丸くしました。そこに真実の窓が浮かんでいたからです。
今度はラトムにも窓が見えたようでした。驚き桃の木山椒の木! と叫んでから言います。
「こいつが真実の窓ってやつかね!? なんとまあ、どえらい力を感じさせる窓じゃないか! ここの鏡と似たような魔法を感じるぞ! おまえたちは、こんなもんをくぐってきて、なんでもなかったのか?」
すると、時の翁がまた口を開きました。
「その窓は、ここの鏡と、同じ魔法でできているから、の。見るだけならば、鏡。別の場所に通じれば、扉。窓も、基本は見るためのものじゃが、子どもにかかれば、窓も出入り口、じゃな」
老人のことばは意味深でしたが、ゼンたちにはそれをじっくり考えている余裕がありませんでした。あわただしく窓に駆け寄り、窓枠に手をかけてノームと老人を振り向きます。
「じゃあな、俺たちはもう行くからな!」
「ラトム、山のみんなに、見たことを知らせておくれよね!」
「間違っても、フルートがデビルドラゴンになるだろう、なんて言わないでよ!」
「おう、わかった。変なことを言って悪かったな」
とノームは素直に謝ります。
「どれ、わしはここの鏡を消すとするか、の。これは人間が見てはいかんもの、じゃ。こんなものが人間の中にあったら、後々、災いの種になりかねないから、の」
と時の翁は言うと、両手を掲げ、急にまた流暢(りゅうちょう)な話し方になりました。
「消えよ、時の鏡! 幻の時は過ぎた! 過去の出来事を時間の彼方の眠りへ帰し、おまえの存在を無に戻せ!」
とたんに岩屋の壁を埋め尽くしていた何万という鏡が、音も立てずに崩れ始めました。銀の鏡が銀色のきらめきに変わり、またたきながら薄れていきます。あっという間に岩屋から鏡は消え、後には虹色に光るオパールの壁だけが残りました。驚き桃の木、とまたラトムが言います。
気がつくと、木の根の塊のような時の翁も、姿を消していました。岩屋に残っているのは、ゼンとメールとルル、それにラトムの三人と一匹だけです。
「じゃあな、ラトム」
「元気でいてね」
あわただしく別れを告げるゼンたちに、ラトムはうなずきました。
「また会おうな。闇の竜や初代の勇者になんぞ、負けるんじゃないぞ」
ゼンたちは大きくうなずき返すと、窓の中へ飛び込んでいきました。彼らが消えていくと、窓も一緒に見えなくなっていきます。
「驚き桃の木――おっと、驚いている場合じゃない。この洞窟の連中に教えてやらんとな。そうだ、北の峰のドワーフたちにも知らせなくちゃいけないぞ。忙しいこった」
一人きりになったラトムはそう言うと、岩屋の出口に向かって、ぱたぱたと走り出しました――。