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第20巻「真実の窓の戦い」

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94.真実

 水晶玉の前で、フルートとポポロとポチは、セイロスが赤い光に包まれて行く様子を、呆然と見ていました。

「なんてことだい……」

 と占いおばばが信じられないようにつぶやきます。

 その声でポチが我に返りました。身震いしながら言います。

「ワン、セイロスが土壇場(どたんば)で王になりたいって自分の願いを言ってしまったのは、願い石のせいじゃなくて、デビルドラゴンの差し金だったんですね。あいつがセイロスの心の奥底を掘り起こして、光になるっていう願いを言えなくしてしまったんだ」

「デビルドラゴンは、人の心から闇の想いを強く引き出すから……。さすがのセイロスもかなわなかったんだわ……」

 とポポロは涙をこぼしました。水晶玉の中で、金の石の精霊が倒れたまま、今にも消えてしまいそうに揺らめいています。裏切られてしまった精霊の気持ちを思うと、気の毒で悲しくて、涙を止めることができません。

 フルートは震える両手を拳に握って、水晶玉を見つめていました。

「そうか……そういうことだったのか……」

 とつぶやいたので、ポチは言いました。

「ワン、こんなふうに闇につながる願いを言ってしまったから、セイロスは金の石の勇者じゃなくなってしまったんですね。どの本でも言い伝えでも、初代の金の石の勇者は失われた、って描写されていたけど、それはこういうことだったんだ」

 ところが、フルートは強く頭を振りました。

「違う、それだけじゃない。セイロスが願いを言った相手は願い石だ。願い石は、どんな願いでも必ずかなえる。破滅を招く強力な魔力で――。王になりたい、というセイロスの願いはどうなった? 世界の王になりたい、という彼の願いは? それはかなったはずだ。そうだ――それはきっと――!」

 フルートの声が高くなるにつれて、水晶玉の中の光景が震え始めました。占いおばばが注意します。

「興奮するのをおよし、金の石の勇者。水晶玉が見えなくなるよ」

 そこでフルートは唇を強くかみ、身を乗り出して水晶玉を見据えました。再びそこに景色が見え始めます――。

 

 願い石の赤い光は、セイロスの体を包んで輝き、すぐに薄れていきました。やがて光はおさまって、再びセイロスが姿を現します。紫水晶の鎧に額の金の輪、黒い髪……外見は以前とまったく変わりません。

 セイロスはそんな自分の体をあちこち触り、すぐに声を上げました。

「私の願いはどうなったのだ、願い石!? 王になりたいという私の願いは!? 何一つ、前と変わっていないではないか!」

 願い石の精霊は冷静な顔と声で答えました。

「そなたの願いはすでに聞き届けられている。間もなく、願いは実現に向かうだろう。私の役目は終わった。私はここを去り、次の場所に生まれるまで世界から消えることにする。さらばだ、金の石の勇者」

 赤い髪とドレスの精霊は湧き起こった光に包まれ、そのまま見えなくなっていきました。それきり、もう二度と現れません。

 セイロスは自分の胸に手を当てながら、ひとりごとを言いました。

「すでに願いはかなっているだと? どういうことだ?」

 金の石の精霊はまだ床の上に倒れていました。ぴしぴしという不吉な音が、体の中から聞こえ続けています。その音は、同時に、セイロスの額の上からも響いていました。金の輪にはめ込まれた魔石に、黒いひびが広がっていたのです。

 すると、どこからか声がしました。

「ソレハ、コウイウコトダ、せいろすヨ」

 デビルドラゴンの声でした。それがどこから聞こえてくるのかわからなくて、セイロスは周囲を見回しました。

「どこだ!? どこにいる、闇の竜!?」

「我ハ、ソナタノ中ダ」

 と声は答え、驚くセイロスへ言い続けました。

「オマエハ、世界ノ王ニナリタイト、願イ石ニ願ッタ。ソシテ、我ニハ、ソレヲカナエルチカラガアル。故ニ我ハ、ソナタニナッタ。今日カラ、我ハソナタ、ソナタハ我。我ラハヒトツトナリ、世界ノ王トシテ、スベテノモノノ上ニ君臨スルノダ」

「よせ、セイロス!!」

 倒れて消えかけていた金の石の精霊が、床から身を起こしてまた叫びました。長い金の髪が青ざめた顔にこぼれかかっています。

「闇の竜はまだ、あなたと一つになってはいない! 奴の言うことに耳を貸すな! 私たちが放った光は、奴の体を焼き尽くした! 奴はこの世界に存在する拠り所がなくなったんだ! あなたが拒否すれば、奴は消える! 奴を受け入れてはいけない!」

 とたんに、どん、と音がして、金の石の精霊が吹き飛ばされました。どこからともなく闇の魔法が飛んできて、弾き飛ばしたのです。精霊の姿がまた消えそうに揺らめきます。

「私の中にいるだと?」

 とセイロスは胸に手を当てて言いました。自分の内側を確かめるように目を閉じ、しばらく黙り込んでから、また目を開けます。

「なるほど。そこにいたか、闇の竜」

「イカニモ。我ヲ受ケ入レロ、せいろす。我ラハ世界ノ覇者トナリ、全世界ニ君臨スル王ニナロウ!」

 デビルドラゴンの声は朗々と響きます。

 

「やめろ!」

 と金の石の精霊はまた声を上げました。魔法でぼろぼろにされた姿で、必死に顔を上げ、這いずって進み始めます。

「目を覚ませ、セイロス……! あなたは正義の勇者! 自分の誉れよりも幸福よりも、世界の人々の幸福を願える人だ! 自分の中の聖なるものを思い出すんだ……!」

 すると、ふっとセイロスが表情を変えました。自分に向かって這ってくる精霊を、目を細めて痛ましそうに見つめます。

「おまえとは本当に長い間、共に戦ってきたな、聖守護石。これまで私を守り続けてくれて、本当にありがとう。心から感謝している」

 優しい声は別れを告げていました。セイロス! と精霊がまた叫びます。

 とたんにセイロスは顔を歪めるように大きく笑い、宙へ両手を広げて言いました。

「いいだろう、闇の竜! 私の体をおまえにくれてやる! 私を世界の王にしろ! 今日から私はおまえだ――!」

 そのことばが終わらないうちに、どこからともなく、ざーっと音を立てて黒い霧が押し寄せ、セイロスの体に流れ込んでいきました。信じられないほど大量の闇が、セイロスの中に消えていきます。

 それと同時に、セイロスの額で鋭い音が響きました。金の輪にはめ込まれた魔石がいくつにも砕け、輪から外れたのです。金の石は床に落ちると、そのまま崩れて消えていってしまいました。セイロスへ這い寄っていた精霊も、金色の霧に変わり、崩れて見えなくなります。

 ところが、金の輪から外れた最後の魔石だけは、床に落ちても崩れませんでした。わずか三センチほどの小さなかけらですが、床の上で一度跳ねると、音を立てて転がっていきます。

「往生際の悪い石だ」

 とセイロスは片手を金の小石に向けました。その手のひらから、黒い魔法の光が飛び出してきます。

 ところが、魔弾が届く前に、金の小石は見えなくなっていきました。闇魔法が床に弾けて飛び散ります――。

 

「おおお、驚き桃の木さささ――!!」

 とラトムは目をまん丸にして言いました。あまり驚きすぎて、まともなことばになりません。

 オパールの岩屋の中で、時の鏡は二千年前の真実を映しだしていました。それは彼らが予想していた以上の出来事でした。

「セイロスがデビルドラゴンを受け入れたなんて!」

 とルルが叫ぶと、メールも言いました。

「世界の王になりたいっていう願いが、デビルドラゴンとセイロスを結びつけちゃったんだよ! ああ、だけど! よりによって、セイロスが魔王になってただなんて、とても信じらんないよ!」

「だから聖守護石は砕けて、あんなちっぽけな石になっちまったんだな! あんな手ひどい裏切りを受けたら無理もない。気の毒なこった」

 とラトムは魔石に同情して鼻をすすります。

 すると、ゼンが低い声で言いました。

「あいつが魔王になっただと……? 冗談じゃねえ。ことはもっと深刻だぞ」

「深刻って?」

 とメールが聞き返すと、目の前の鏡から急に過去の光景が消えていきました。もうセイロスの姿は見られません。

 それでも、ゼンは鏡を見つめ続けました。うなるような声で言います。

「あいつの顔に見覚えがあったはずだぜ。俺はあいつに実際に会っていたんだ」

 え? とメールたちは驚きました。セイロスは二千年前の人物です。

「ちょっと、そんなまさか! いつどこで会ったって言うのさ!?」

 とメールが聞き返すと、ゼンは答えました。

「闇の声の戦いで、闇の世界に連れ去られて、もう少しでフルートを裏切りそうになったときだ……。黒い服を着ていたし、髪ももっと長かったんだが、間違いねえ。あいつ――あのセイロスが――俺たちの知っているデビルドラゴンだったんだよ――!」

 ゼンがにらみつけた先で、真実を映した時の鏡は、灰色のガラスに戻って沈黙していました。

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