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第20巻「真実の窓の戦い」

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第31章 真実

92.願い石

 セイロスが金の石の精霊と消えていくと、とたんに水晶玉の中がかすんで見えなくなったので、フルートとポポロとポチは驚きました。

「この先は!?」

「セイロスたちは願い石のところへ行ったんでしょう!?」

「ワン、彼らがどうなったのか、見られないんですか!?」

 すると、占いおばばは肩をすくめました。

「初代の勇者が願い石とどんなやりとりをしたのか、そこまで見るのは無理さね。それはこの世界とは別の場所の出来事だし、あたしの水晶玉は現実のことしか映せないからね。ただ、その後に光の陣営でどんなことが起きたのかは、見ることができるよ。それを見れば、何があったのかだいたい推察することができるのさ」

 ウサギのような耳に雪のような髪の小さな老婆ですが、話す声には不思議な威圧感がありました。ポポロとポチは黙りましたが、フルートだけは、でも……とつぶやきました。セイロスはこの後、願い石の誘惑に負けて自分の願いを語り、失われてしまいます。あれほど立派だった人物が何故そんなことになったのか、自分の目で確かめてみたかったのです。

 

 すると、フルートの胸の上に引き出してあったペンダントが、急にきらきらと光り出しました。水晶玉の表面に金の光が映ると、水晶玉の中にまた光景が浮かんできます。どこかよくわからない場所に、三人の人物が立っていました。紫水晶の鎧を着たセイロスと、女性の姿の金の石の精霊、そして、炎のような髪とドレスの願い石の精霊です。セイロスと金の石の精霊は、願い石の精霊と向き合っています。

「彼らを追いかけることができたのかい!? そんな馬鹿な!」

 と占いおばばは仰天しました。その拍子に水晶玉の光景が大きく揺らいだので、おっと、と水晶玉に手をかざし、心と映像を落ち着かせてからまた言います。

「信じられないね。水晶玉が願い石のいる場所を映すだなんて。これまで、何度占っても、この場面は絶対に見られなかったんだよ」

 すると、ポポロが言いました。

「きっと、金の石のおかげだと思うわ。金の石はこの場所に居合わせていたし、魔法の力も持っているから……」

「金の石」

 とフルートはペンダントに呼びかけてみましたが、魔石がきらめくだけで、精霊は姿を現しませんでした。代わりに、水晶玉の中の金の石の精霊が、願い石の精霊に向かって話し始めていました――。

 

「彼の真の願いはわかっただろう、願いの。彼の願いは私の願いだ。我々の願いをかなえてほしい」

 金の石の精霊は、ことばづかいこそ今とほとんど同じですが、声が大人の女性になっていました。流れるようなドレスを着た姿も、若くて美しい女性そのものです。身長は願い石の精霊と同じくらいあります。

 一方の願い石の精霊は、今とまったく同じ恰好をしていました。赤い髪を高く結って垂らし、炎のようなドレスをまとった激しい姿で、冷ややかに金の石の精霊とセイロスを眺めています。

「そなたたちの真の願いはここにあった。私はかなわぬ願いを一つだけかなえる願い石だ。そなたたちの願いを語るがいい」

 それは、以前時の鏡の中でフルートに対して言ったことばと、まったく同じでした。その顔にはなんの感情も感動も見られません。

「私の願いは、この世界を守ること」

 と娘の姿の金の石の精霊は答えました。

「今、世界では長く激しい戦いが続いている。それは闇の竜が天空の国で引き起こし、地上へもたらした憎しみの戦いだ。戦いが続く限り、新たな血が流され、怒りや恨みや嘆きが吐き出されて、闇の竜に新たな力を与える。奴の真の狙いは、世界中を絶望の底にたたき落として、徹底的に破壊することだ。守りの魔石として、そんな事態を許すわけにはいかない。私とセイロスはこれから光になり、奴をこの世から消滅させる。その後どんなに時間が過ぎても、奴が二度と世界に復活してこないこと。それを私は願っている」

「そなたの願いは確かに聞いた」

 と願い石の精霊は言いました。どちらの精霊も美しくて無表情なので、二体の彫像が向き合って会話しているようにも見えます。

「ワン、なんだかよそよそしい感じだなぁ。今とずいぶん違うや」

 とポチは思わずつぶやきました。彼らと一緒にいる精霊たちは、顔を合わせるとすぐに口喧嘩を始めますが、その実、相手を気づかっていて、大きな敵にはいつも力を合わせて戦うのです。

 

 願い石の精霊は、今度はセイロスに向き直りました。自分より頭半分ほど背が高い勇者に向かって、淡々と言います。

「そなたの願いを聞かせよ、金の石の勇者」

「私の願いはすでに聖守護石が言った」

 とセイロスは答えました。紫水晶の鎧を着ていますが、兜は置いてきたので、落ち着き払った顔がよく見えます。これから自分の肉体も魂も光に変わって消えてしまうというのに、少しも恐れていない、堂々とした態度です。

「そなたの願いを、そなた自身のことばで述べよ」

 と願い石の精霊はまた言いました。聖守護石と同じ願いだ、と言っただけではだめだったのです。

 セイロスはちょっと肩をすくめると、すぐに口を開きました。

「私の願いも、この世界を闇から守ることだ。私は世界を守る役目に定められた者だからだ。そのためならば、この身が焼かれて光に変わり、私という存在がこの世界から消えても、まったく――」

 

 ところが、セイロスがそこまで言ったとき、ずずーんと雷の落ちるような音がとどろきました。続いて、びりびりと何かが震える音が響き渡ります。

 セイロスが驚いて周囲を見回していると、金の石の精霊が言いました。

「闇の竜だ! 私たちが願い石の元にやってきたことに気づいたな!?」

 すると、どこからともなく、不気味な声が聞こえてきました。

「ソウハサセヌゾ、守リノ石。人ハ闇デアル我ニ属スルモノ。光ニナドサセヌ」

 同時に風がどっと湧き起こり、周囲へ広がっていきました。精霊たちの髪やドレスが激しくはためき、セイロスは顔をそむけて身をかがめます。

 金の石の精霊がまた叫びました。

「ここは聖なる石である私の範疇(はんちゅう)だ! おまえに手出しはできないぞ、闇の竜!」

 精霊の顔のまわりでは、長い髪が黄金の炎のように荒れ狂っています。

 デビルドラゴンの声がまた聞こえてきました。

「ソレハドウカナ。我ハ今、オマエタチガ金ノ石ノ勇者ト呼ブ者ノ心カラ語リカケテイル。人ノ真ノ願イハ、イツモ闇ニ属シテイルモノダ」

 ほくそ笑むような低い声でした。吹き荒れる風は、ますます強くなっていきます。

 それまでずっと冷静だった金の石の精霊は、はっきりと顔色を変えました。セイロスを振り向き、彼が呆然としているのを見て言います。

「しっかりしろ、セイロス! 奴につけいらせるな! 私たちの真の願いをもう一度強く思い出して、奴を追い払え!」

「私の真の願い――」

 とセイロスは言いました。前屈みになって顔をそむけても、風がまともに吹きつけてくるので、ことばが切れ切れになってしまいます。

「私の本当の願いは――聖守護石の願いと同じだ――。私は、守りの勇者。世界を悪しきものから守るために、聖守護石と共に――」

「いいや、それは私の本当の願いではない」

 と突然セイロスの声が別の場所から聞こえてきました。セイロスと二人の精霊が立っているところから、ほんの少し離れた場所に、もう一人のセイロスが現れたのです。紫水晶の鎧を着て、額には聖守護石の金の輪をはめています。

「セイロス!」

 と金の石の精霊は叫び続けました。

「奴の誘惑に乗るな! 奴はおまえを闇へ誘い込もうとしているんだ! 自分を取り戻せ!」

 セイロスは前屈みの姿勢のまま、呆然ともう一人の自分を見ていました。本当に、顔も姿もどこからどこまで瓜二つです。

 すると、もう一人のセイロスが、薄笑いをしながら言いました。

「私は本当は光になることなど望んではいない。それは死以上の死。魂まで焼き尽くされた後、私はすべての世界から消えていくのだから。存在しないものは忘れ去られていく。誰もが私を忘れていくのだ。それは耐えられぬ!」

 ごぅっとまた激しい風が吹き荒れ、金の石の精霊を押し返しました。風は、薄笑いをするもう一人のセイロスから吹き出しているのでした――。

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