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第20巻「真実の窓の戦い」

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91.永遠(とわ)の別れ

 私は聖守護石と協力して闇の竜を倒してくる、これにて永遠(とわ)の別れだ、とセイロスが言ったので、戦士たちは本当に驚きました。誰もがいっせいに話し出したので、広場の中は蜂の巣をつついたような騒ぎになります。

「セイロス様!」

 とロズキが駆け寄ってきました。

「今おっしゃったことは、どういうことでございますか!? 永久の別れとは――!? セイロス様は要(かなめ)の国の次の王! 世界を代表する王の一人となられる方です! 闇を倒して世界に平和が訪れた後は、父君の跡を継いで、国の平和と繁栄を守り続ける方ではございませんか!」

 必死に訴えるロズキを、セイロスは見つめました。その瞳は思慮深そうな黒い色をしています。

「世界に平和が来なければ、我が国にも平和と繁栄は訪れない。私は聖守護石と共に願い石のところへ行き、そこで闇の竜の消滅を願う。それで九十年に及ぶこの長い戦いに幕を下ろすことができるのだ。これは、金の石の勇者と呼ばれた私に定められていた運命だ。運命に抗議することはできないぞ、ロズキ」

 赤褐色の髪の戦士は、ことばに詰まってしまいました。普段から主君に忠実な人物だったので、運命ではなく、セイロスに言い逆らうことができなくなったのです。

 それに代わるように、琥珀帝が尋ねました。

「どのような方法で闇の竜を倒すと言うのだ? セイロス殿は我々に永久の別れだと言われるが、それは何故だ?」

 他の者はうろたえ大騒ぎしていますが、さすがにシュンの国の王は冷静さを保っています。

 セイロスは微笑を浮かべました。

「聖守護石は、この世界を守るために、世界中の光を呼び集める方法を知っている。その光で闇の竜を照らせば、さすがの闇の権化も消滅していくし、願い石に願えば、この世に闇の竜が再現することも阻止(そし)できる。願い石はどんな願いであっても、必ずかなえてくれるのだから。ただ、その究極の魔法を使うためには、人の肉体と魂を聖守護石に提供しなくてはならない。これは誰にでもできることではない。聖守護石と想いを一つにして、世界を守りたいと願う者――つまり、金の石の勇者である私にしかできない役目なのだ」

 

 水晶玉から聞こえてくるセイロスの話を、フルートたちは青ざめて聞いていました。琥珀帝はまだよく理解できなくて、セイロスに質問を続けていましたが、フルートたちには完全に理解することができました。セイロスは、金の石と共に光になることを願い石に願って、デビルドラゴンを消滅させようとしているのです。

 ポポロは思わずフルートの腕を抱きしめ、ポチはフルートに飛びついて片脚を前脚で押さえました。彼らのフルートまでが、セイロスのように願い石のところへ行きそうな気がしたのです。

 けれども、水晶玉の中では、誰もそんなふうにセイロスを引き止めませんでした。波が引くように広場の中の騒ぎが鎮まり、やがて、人間の戦士たちはひざまずいてセイロスへ頭を下げ始めました。獣の戦士も前足を折って首を垂れ、鳥の戦士たちは翼をたたんだまま頭を下げます。ロズキでさえ、力が抜けたように壇上に座り込み、呆然とセイロスを見上げていました。

 

 すると、セイロスが琥珀帝から離れて、ロズキの前に立ちました。静かな声で話しかけます。

「今まで長い間、私に従ってきてくれてありがとう、青嵐(せいらん)の領主ロズキ。おまえはずっと私の背中を守ってきてくれた。おまえと共に戦うとき、私は一度も自分の身の危険を感じなかった。おまえは私の右腕。私の命の半分を預ける者だったのだ。だから、世界が平和になった暁(あかつき)には、おまえも幸せになるがいい。――エリーテをよろしく頼む、ロズキ」

 とたんに赤い髪と鎧の戦士は顔色を変え、うろたえたように視線をそらしました。そんな相手の様子を、セイロスはじっと見つめています。

 けれども、それは一瞬でした。ロズキは前よりもっと真剣な表情でまた主君を見ると、強い口調で言いました。

「エリーテ姫はセイロス様の許嫁(いいなずけ)であられます! セイロス様以外の人間が姫を幸せにできるはずはありません!」

 すると、セイロスは穏やかな顔で首を振りました。

「私にはエリーテを幸せにすることができない。東へ向かう前に、姫から婚約解消を言い渡されたのだからな。彼女はおまえに想いを寄せているのだ、ロズキ。私にはわかる……。命令だ! 私が去り、世界が平和になったなら、エリーテを娶(めと)り、彼女を幸せにするように! よいな?」

 最後は主君としての話し方でした。ロズキはまた何も言うことができなくなって、セイロスの前で頭を垂れました。そのまま肩を震わせて男泣きを始めます。

 

 時の鏡でそのやりとりを聞いていたメールが、声を上げました。

「なにさ、これって!? つまり、セイロスとロズキさんは同じ一人の女性を愛してたってこと!?」

「それがエリーテっていうお姫様なのね! まぁぁ……! これって昔も今もまったく変わらない永遠の悩みなの?」

 とルルがゼンを見たので、ゼンは顔をしかめました。

「何が言いてえんだよ。俺とフルートはちゃんとそれぞれに相手を見つけたぞ! ったく、セイロスのヤツ。自分が光になりに行くもんだから、好きな女を相棒に譲っていこうとしてやがるな。金の石の勇者ってヤツは、ほんとに、どいつもこいつも!」

 すると、時の翁が言いました。

「それはどうか、の。セイロスがエリーテ姫にふられたのは、セイロスが願い石を知る、もっと前のこと、じゃ。男と女の問題は、いつの時代でも複雑なものじゃから、の。おまえさんが言うほど、簡単なことじゃ、ありゃせん、よ」

 老人から単純呼ばわりされて、ゼンは、なんだよ! と腹をたてました。やっぱり単純なゼンです――。

 

 壇上で、セイロスはおもむろに紫水晶と銀でできた兜を脱ぎました。黒い前髪の間からは、大きな金色の石をはめ込んだ金の輪がのぞきます。それがセイロスの聖守護石でした。今の金の石の三倍以上の大きさがあります。

 セイロスは頭を振って髪に風を通すと、手にした兜をロズキの前に置きました。泣き顔を上げたロズキに向かって言います。

「これを私と思え。私は闇の竜を倒し、世界を平和に導くために消えていくが、私は確かにこの世界で生きていたのだ。その証(あかし)に、これをおまえに託していく。それから、琥珀帝にはこれを」

 とセイロスは今度は腰の剣を外して、シュンの国王へ手渡しました。

「これは天空王より預かった光の剣だ。お返ししなくてはならないのだが、天空王は戦いの準備のために天空人と共に空にお戻りになっている。琥珀帝に預けていくので、天空王へお返ししてほしい」

「承知した」

 と琥珀帝はセイロスから剣を受けとりました。セイロスの覚悟を知ったシュンの王は、もう彼を引き止めようとはしませんでした。

 広場は再び静かになっていました。聞こえてくるのは溜息とすすり泣きの声だけです。悲しみと尊敬、嘆きと感動、そんな複雑な想いが入り混じって、広場を充たしています。

 

 フルートは水晶玉を見つめながら、首をかしげていました。

 セイロスが兜を脱いだので、その顔が前よりよく見えるようになっていました。彫りの深い端正な顔は、王族らしい気高さと、正しい方向へためらうことなく進む力強さを感じさせます。ところが、やっぱりフルートは、その顔をどこかで見たことがあるような気がするのです。そんなはずはないのに……。

 すると、ポチが鼻を動かしながら振り向いてきました。

「ワン、どうしたんですか、フルート? そんなに不思議そうな匂いをさせて」

 フルートは少しためらってから、思い切って疑問を口に出しました。

「ぼくは、セイロスの顔を前にどこかで見たことがあるような気がするんだよ。でも、どこでだったか、どうしても思い出せないんだ」

「ワン、セイロスの顔を? でも、フルートはセイロスを見たことがなかったですよね?」

「そうなんだ。君たちは以前、時の岩屋の鏡でセイロスを見たと言っていたけど、ぼくは彼を見るのは今回が初めてだ。それなのに、なんだかどこかで見たことがあるような気がしてしょうがない。どうしてなんだろう?」

 すると、ポポロが思い出したように言いました。

「そういえば、以前、ゼンもそんなことを言っていたわよ……。確か、赤いドワーフの戦いの後だったと思うわ」

「ゼンも?」

 とフルートは目を丸くしました。どういうことなのか、まったくわけがわかりません。

 

 それとまったく同じ時、ジタン山脈の地下の岩屋では、当のゼンが時の鏡を見ながら首をひねっていました。

「やっぱり、どっかで見たことがあるよなぁ……」

 その声をメールが聞きつけました。

「なにをさ?」

「セイロスだよ。なんか、前にどこかで見たことがある気がして、しょうがねえんだ」

 あら、とルルは言いました。

「そんなのあたりまえじゃない。私たち、前にもここで光と闇の戦いを見たんだもの。その時にセイロスの顔は見てるわよ」

「違う! 一番最初にセイロスを見たときから、なんか見覚えある気がしたんだ! 赤いドワーフの戦いの時にも、そう感じた! なのに、いつどこで見たのか全然思い出せねえ! いつ、どこで!? 気になって、どうも落ちつかねえんだよ!」

 ゼンは頭をかきむしると、鏡の中のセイロスを見つめ続けました。まるでにらむような目つきになっています。

 

 セイロスは仲間に別れを言い終わっていました。ロズキや琥珀帝に背を向け、そこにいた金の石の精霊に声をかけます。

「行こう、聖守護石。願い石の元へ」

 女性の姿の精霊は、黙ってうなずくと、ほっそりした腕を上げました。たちまち淡い金の光が湧き起こって、精霊とセイロスを包んでいきます。

 光が消えたとき、そこにはもう二人の姿はありませんでした――。

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