ジタン山脈の地下の岩屋で、ゼンは時の鏡を見ながら舌打ちしました。
「セイロスのヤツめ、願い石を使うつもりでいやがるな。金の石の勇者ってのは、どうしてこう魔石と心中したがるんだ? フルートと同じじゃねえか」
と苦い顔で腕組みします。
鏡の中ではセイロスが光の軍勢へ演説を続けていました。絶対に倒すことができない闇の竜を、自分には倒すことができる、とセイロスが言ったので、広場がまたざわめき始めています。
「願い石は、持ち主の真の願いをかなえる石、じゃから、の。セイロスは、この少し前に、聖守護石から、願い石の話を聞かされたの、じゃ」
と時の翁が鏡の横から言いました。長い髪とひげにおおわれた、木の根の塊のような老人です。
「でもさ、この時、結局セイロスはデビルドラゴンを消滅させられなかっただろ? 願い石に自分自身の願いのほうを語っちゃったから。つまり、これって、セイロスがデビルドラゴン退治に失敗したときの場面だよね」
とメールが言ったので、ルルは不満な顔になりました。
「どうしてこんなところからなのよ、時の翁? 私たちはデビルドラゴンが光の軍勢に捕まったときの様子を見たいのに」
「物事には、なんでも順序というものが、あるから、の。ずっと、見ていれば、自然とわかっていくもの、じゃ」
と時の翁は答えました。地下の岩の間を吹き抜ける風のような、とらえどころのない声です。
老人がそれ以上説明してくれなかったので、しかたなく彼らはまた鏡を見続けました。
「失敗は成功の元と言うからなぁ。失敗の場面をみれば、成功の方法もわかるっていうことかね?」
とラトムがひとりごとを言っています――。
壇上で琥珀帝がセイロスに尋ねていました。
「闇の竜を倒す方法がある!? それはまことか! どのような方法なのだ!?」
壇の下では隊長たちが驚き騒ぎ続けていました。様々な生き物の声が入り混じっているので、まるで海の潮騒(しおさい)のようです。
初代の金の石の勇者はそんな一同を見回して言いました。
「それは私にだけ許されている、究極の方法なのだ。それを使えば、必ず闇の竜を倒すことができるし、もう二度と奴が世界に出現することもなくなる。皆がこれ以上、闇と戦う必要もなくなるのだ」
そんな素晴らしい方法の話をしているのに、セイロスは相変わらず、妙に静かな表情をしていました。セイロス様……とロズキはいっそう心配そうな顔になります。
すると、セイロスが急に誰もいない場所へ呼びかけました。
「出てこい」
とたんに壇上に淡い金の光が湧き起こり、その中から一人の人物が姿を現しました。黄金そのものをすいて糸にしたような長い髪に、同じ色の瞳をした、美しい女性でした。プロポーションの良い長身をドレスのような服で包んでいます。
鏡を見ていたゼンたちは、びっくり仰天しました。
「おい、これって……!?」
「やだ、金の石の精霊じゃないのさ!」
「金の石ったら、本当に、この頃には女性だったの!? しかも大人じゃないの!」
驚き桃の木山椒の木! とラトムも声を上げました。
「金の石の精霊は、昔はこんなべっぴんさんだったのか! なんでまた、今はあんな子どもの姿でいるんだ? 精霊は確かに決まった姿を持たないが、それぞれにお気に入りの姿があるのが普通だから、割と同じ恰好になるものなんだがな」
木の根のような時の翁は、何も言わずに鏡を見つめ続けています――。
広場では戦士たちが突然現れた女性に驚いていました。聖守護石の精霊だ! 金の石の精霊だ! と言っている声が聞こえます。どうやら、守りの魔石はこの頃から金の石とも呼ばれていたようです。
セイロスがまた全体に向かって言いました。
「そう、ここにいるのは私が持つ聖守護石の精霊だ。皆も、これまで彼女が闇を消滅させ、味方を癒す様子を幾度となく見てきただろう。彼女は我々の守護の女神、我らの戦いの気高い象徴なのだ」
セイロスは精霊を誉めているのですが、精霊のほうはにこりともしませんでした。ただ黙ってセイロスの横に立っています。
「ねえ、あれって本当に金の石なの? 女性だとか大人だとかってだけじゃなく、ずいぶん印象が違う気がするわよ」
とルルが鏡を見ながら言いました。
メールもうなずきます。
「精霊たちはあんまり表情を変えないけどさ、この金の石の精霊は、なんだか人形みたいに見えるよねぇ。最初の頃の願い石の精霊みたいだ」
すると、ラトムが話に混ざってきました。
「魔石の精霊ってのはそんなもんだ。なにしろ元が石なんだから、表情も感情も人間と違っていているのは当然だからな。とはいえ、おまえたちの仲間の精霊は、二人ともずいぶん人間くさくなっているぞ。あれはフルートやおまえたちの影響だな」
「あたいたちの影響?」
「どんな?」
とメールとルルは聞き返しました。
「聖守護石は誰かを守りたいという気持ちから生まれた魔石だし、願い石はかなわない願いをかなえたいという強い気持ちから生まれた魔石だ。人の感情から生まれているだけに、人の影響を受けやすいんだよ――。フルートもおまえたちも、魔石たちを仲間だと考えて、人のように大事に扱っている。そうなれば、石たちだって知らず知らずのうちに変わってくるってもんだ。おまえたちの魔石は、怒ったり心配したり、石とは思えないほど感情が豊かだからな。間違いなく、おまえたちの影響だ」
とラトムは言いました。石に詳しいノームだけに、魔石についてもよく知っているのです。
メールとルルは思わず顔を見合わせ、ゼンは腕組みしたまま鏡を眺めていました。
「ってぇことは、この頃の金の石は、仲間としては扱われてなかったってことか。確かに人形みてぇだもんな。女神だの戦いの象徴だのって持ち上げられても、結局はセイロスたちに利用されてただけなのか」
すると、時の翁がまた口を開きました。
「それは少し違う、ぞ、ドワーフの勇者。金の石の勇者と、聖守護石の結びつきは、おまえさんたちが考える以上に、ずっと強くて深いもの、じゃ。お互いに相手を必要とするし、相手の影響も、強く受けるものなんじゃ、よ。聖守護石の精霊があんな姿なのは、勇者のセイロスに合わせたから、じゃ。今は、フルートに合わせて、男の子の姿になっとる。それに、どんな者であっても、人間が真理の魔石を利用することは、不可能じゃ、よ。魔石は誰の命令も聞かん。ただ、理に従って、自分の役目を果たすだけじゃから、の」
「魔石が命令を聞かねえのは、よく知ってるけどよ……」
とゼンは言って、口をへの字にしました。鏡の中に写る金の石の精霊は、金髪の美しい女性の姿をしています。小さな少年の姿で現れ、腰に手を当てて、ふん、と皮肉っぽく頭をそらす彼らの金の石とは、本当にまったくの別人のようです。
「ったく……。なんでこんな恰好してやがるんだよ、金の石」
とゼンはつぶやきました。どうにも落ち着かない気がします。
鏡の中ではセイロスが話し続けていました。あくまでも穏やかな口調で、こんなことを言っています。
「だから、私はこれから聖守護石と共に、願い石の元へおもむくことにした。願い石とは、どんな願いであっても一つだけかなえることができる、究極の魔石だ。その石へ願えば、消滅するはずのない闇の竜を消すことができる、と聖守護石は言った。それこそが、我々が闇に完全に勝利する唯一の方法なのだ。私は皆とここで別れ、聖守護石と協力して闇の竜を倒してくる。諸君、これにて永遠(とわ)の別れだ。私が行った後も、この世界をよく守り、平和と繁栄を築き上げていってくれ」
そして、セイロスは長い演説を終え、静かに一同を見渡しました――。