北の大地にある占いおばばの家の地下で、フルートとポポロとポチは大きな水晶玉を見つめていました。
その中の景色は、ロズキとペガサスの後を追って、西の長壁最大の砦、ユウライ砦(さい)の広場にたどりついていました。武装した大勢の兵士が集まったところへ、獣や鳥の戦士たちもやってきます。
それを見てポチが言いました。
「ワン、燃えて消えてしまったユウライ戦記の絵巻に描いてあったとおりですね。二千年前の光と闇の戦いでは、人だけじゃなく、動物も鳥もみんな一緒に戦っていたんだ」
「世界は人のためだけにあるわけじゃないからね。世界が破滅すれば、他の生き物たちだって困るんだから、一緒に闇に立ち向かうに決まっているだろう」
とおばばが答えます。
「でも、それにしてもすごい数だ。さっき、ここには部隊の隊長が集められている、と話していた人がいた。隊長だけでこんなに大勢いるんだから、軍全体でどのくらい兵士がいるのか、ちょっと想像がつかないな」
とフルートは感心していると、広場の入口から小姓が走り込んできました。
「総大将セイロス様がご入場になります!」
フルートの胸がどきん、と鳴りました。セイロスは初代の金の石の勇者です。いよいよその姿を見ることができるんだ、どんな人物だったんだろう、と考えると、鼓動がどんどん速くなっていきます――。
すると、一人の男性が広場に入ってきて、壇上に上がりました。紫に輝く鎧兜を身につけ、灰色のマントをはおって、腰に細身の剣を下げています。鎧が紫に光っているのは、ガラスのような紫水晶でできているからでした。その下に銀の鎖かたびらを着込んでいます。
ポチがフルートに言いました。
「ワン、セイロスの剣を見てください。光の剣なんですよ」
ポチは以前、ジタン山脈の地下の時の鏡で、戦うセイロスを見ていたのです。
「光の剣!?」
とフルートは驚いて、水晶玉の中へ目を凝らしました。セイロスの剣は銀色で、飾りがほとんどなく、ただ柄の部分に小さな星の模様が刻まれています。それは確かに光の剣でした。闇のものに絶大な威力を持つ武器で、フルートもシルの町で闇の花と戦ったときに使っています。
「光の剣は天空の国の守り刀だけど、きっと、この時代の天空王が、地上を闇から守るためにセイロスに貸してくださったのね……」
とポポロが言います。
壇上に上がった勇者は、そこにいた中年の男性にうなずき返しました。白い竜を刺繍した青い服を着ているので、シュン国の琥珀帝だと、フルートたちにもすぐにわかります。
「お疲れのところを申し訳なかった」
とセイロスは琥珀帝に言いました。若々しい声ですが、同時に貫禄もあって、なんとなくオリバンの話し方を連想させます。人の上に立つことに慣れている人物の話し方です。
「セイロス殿に呼ばれれば、我々はいつ何時でも駆けつける。我々は光の盟友だからな。だが、何故このような時に? 作戦会議は今宵(こよい)のはずだっただろう。何か事態が急変したのか?」
と琥珀帝が言いました。こちらも人々の上に立つ人物らしい、貫禄ある話し方です。
「いや、そうではない。私自身の状況が変わったのだ」
とセイロスは言って、紫水晶の兜の面おおいを引きあげました。その下から、黒い瞳の青年の顔が現れます。聡明そうな顔立ちの美丈夫(びじょうふ)です。
とたんにフルートは、あれっ? と思いました。どこかでその顔を見たことがあるような気がしたのです。仲間たちと違って、フルートがセイロスを見るのはこれが初めてです。そんなわけはない、誰か知っている人に似ているんだろうか、と考え続けますが、よくわかりません……。
「セイロス殿の状況が変わった? それはどういうことだ?」
と琥珀帝が聞き返しました。同じ壇上の端の方では、赤い髪と鎧のロズキが心配そうに主君を見つめています。
セイロスは、落ち着いた声で話し出しました。
「琥珀帝、そして東と西の光の盟友たちよ。私は皆に知ってほしいことがあって、ここに集まってもらったのだ。聞いてほしい――」
広場には千を越す人や獣や鳥の戦士が集まっていましたが、セイロスの声はその隅々まで届いていました。全員が、しんと静まり返って話に耳を傾けていたからです。余計な物音は何一つ聞こえてきません。
「皆も承知の通り、我々光の軍勢は大陸のはるか西の外れから、闇の軍勢に対抗できる力を求めて、この東の外れまでやってきた。そして、シュンという、非常に頼もしい味方を得ることができたのだ。シュンの兵士は勇猛であり、この国の魔法は闇の敵に絶大な効果を発揮できる。その強力な援護を受けて、我々も再び本当の実力を発揮できるようになった。東に来てからの勝利は、ひとえにシュンの盟友がもたらしてくれたものだ。西方軍を代表して、心から感謝をする」
セイロスはそこまで話して、シュンの王である琥珀帝へ深々と頭を下げました。琥珀帝が鷹揚(おうよう)にうなずきます。
すると、セイロスは頭を上げ、少し間を置いてから、けれども――と続けました。
「けれども、残念なことに、この連勝の中で、私は気づいてしまったのだ。我々が戦っている敵の総大将は、闇の竜。この世界の悪と闇の象徴である生き物だ。この世界に闇がある限り、あの怪物を倒すことは不可能。つまり、我々の戦いに真の勝利や決着は存在しないのだ――」
広場の戦士たちは驚いてざわめきました。セイロスは自分たちは闇の軍勢に勝てない、と言ったのです。誰もが自分の耳を疑います。
「セイロス殿!」
と琥珀帝が声を上げました。
「貴殿はどうされたのだ!? 我々が力を合わせて戦った結果、闇の軍勢は大幅に数を減らし、西から駆けつけた光の援軍によって、北と南に分断された! これからそれを追い立て、壊滅させようとしているのに、何故、そのような弱気な発言をされるのだ!? セイロス殿らしくもない! 戦場でどこか負傷されたのか!?」
叱りつけるような口調でしたが、セイロスは動じませんでした。落ち着き払ったまま答えます。
「私はどこも怪我などしてはいない。私には聖守護石がついていて、どんな傷もたちまち治るのだから。それに、臆病風に吹かれているわけでもない。私はただ本当のことを語っているだけなのだ。誰がなんと言おうとも、絶対に変えることのできない真実だ」
「その真実というのは、我々が最終的に闇の軍勢に負けるという予想のことか!? 馬鹿な! ならば、何故貴殿たちは我々に助けを求めてきた! 負けるとわかっている戦(いくさ)ならば、命を賭けて戦うこともすべて無駄になるではないか!」
「セイロス様!」
ロズキも飛び出して、セイロスをいさめようとします。
広場では戦士たちがざわめいていました。不安や不満の声が高まっていきます。
すると、セイロスが急に声を張り上げました。
「私の話はまだ終わってはいない!」
凛(りん)とした声に、広場はあっという間にまた静かになりました。不安そうな、あるいは不満そうな顔はそのままですが、それでも再びセイロスに注目します。
セイロスは落ち着いた口調に戻って話を続けました。
「確かに、我々がどれほど勇敢に戦っても、真に闇に勝利することはできない。何故なら、太陽が空を染めて沈んでいけば、夜の闇が世界をおおうし、人の心から悪しき想いを完全に取り除くことも、絶対に不可能だからだ。世界や心から闇や悪を消すことができないのだから、その権化である闇の竜も倒すことはできない。それは世界によって定められた理(ことわり)だ――。だが、私は、その理を超えて闇を倒す手段を発見したのだ」
水晶玉の前のフルートたちは、思わず、ぎょっとしました。セイロスが何を言おうとしているのか、突然気がついてしまったからです。
紫水晶の兜からのぞく勇者の顔は、とても落ち着いていました。覚悟を決めてしまっている者の表情です。
「セイロスは願い石を使うつもりだ!」
とフルートは声を上げました――。