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第20巻「真実の窓の戦い」

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87.水晶玉

 占いおばばの水晶玉の中に映ったのは、赤黒い雲が渦巻く空と、その下に広がる乾いた平原でした。

 起伏のある大地には枯れた木が白い骨のようにそそり立ち、枯れた草が風に揺れていました。近くの丘の陰からは黒煙が立ち上り、空に届いて雲と一つになっています。なんとも荒涼とした風景です。

 そんな景色の中に、一人の男性が背中をこちらに向けて立っていました。たくましい体を銀の鎧と赤い胸当てに包み、銀の兜をかぶっています。男は立ち上る煙を眺めているようでした。腕組みしたまま、じっと身じろぎもせずにいます。

 すると、水晶玉の中から声が聞こえてきました。

「こんなところにいたのか。そろそろ時間だぞ」

 よく響く男性の声ですが、戦姿(いくさすがた)の戦士が発したのではありませんでした。

「わかっている」

 と戦士が答えたからです。それを聞いたとたん、フルートたちはいっせいに、おやっと思いました。どこかで聞いたことがある声です。

 すると、戦士が振り向きました。同時に、腰に下がった剣が見えるようになります。それは赤い石をはめ込んだ黒い大剣でした。フルートが目を見張ります。

 戦士は兜を脱ぎました。その下から穏やかな表情をした青年の顔が現れます。肩まで届く髪は赤褐色です。

「ロズキさん!?」

 とフルートたちは声を上げました。

 南大陸の火の山で共に戦った古(いにしえ)の戦士が、水晶玉の中に立っていたのでした――。

 

 ロズキは兜を小脇に抱えると、声をかけてきた相手に言いました。

「行かなくてはならないことはわかっている、ゴグ。ただ、本当に激しい戦いだった、と考えていたんだ。味方の損害は百名を超えたからな」

 沈痛な響きが声に混じります。

 すると、話し相手が水晶玉の中に姿を現しました。大きな翼のある純白の馬――ペガサスです。金のたてがみを振って、ぶるる、と鼻を鳴らすと、また口をききます。

「確かに大きな戦いだった。だが、我々は勇敢に戦って十倍の数の敵を倒したし、砦(とりで)も守りきることができた。我々の勝利だぞ、ロズキ」

 青年はうなずくと、天の馬の首筋をなでながら言いました。

「そう、我々は勝った。あの煙は、戦死した味方を荼毘(だび)に付している火だ。遺体を埋葬しても、敵のグールに掘り出されて食われるか、闇の魔法で死者の戦士にされて敵に回ることになるからな。これで連中は死者を利用することができなくなる。真に我々の勝利なのだ――」

「それならば、何故そんなに深刻な顔をしている」

 とペガサスは尋ねました。その白い背に鞍(くら)はありませんが、頭に銀のくつわと手綱がつけられています。

 ロズキは考え込む顔のまま答えました。

「セイロス様は我々隊長に召集をかけられた。そのことになんだか胸騒ぎを覚えるんだ」

「胸騒ぎ? それはまたどうしてだ?」

 とペガサスがまた尋ねると、ロズキは今度はしばらく黙って考えてから、こんなことを話し始めました。

 

「この地上では、我々が生まれる何十年も前から、光と闇の軍勢がずっと戦いを続けていた。いくら戦っても決着のつかない、泥沼のような戦いだったが、二年前、セイロス様が聖守護石を手に入れて、光の総大将になられてから、我々は闇に連勝するようになった。実際、もう少しで奴らを壊滅させるところだったのだ。だが、あと一息というところで、敵の陣営にあの竜が現れた。戦況はまた五分五分になり、やがて連中のほうが優勢になっていった。あの竜の闇魔法が、我々の魔法を上回っていたからだ。だから、セイロス様は第三の勢力と手を結ぶことを思いつかれた――」

「ああ。だが、初めに声をかけた南大陸のムヴア族は、味方に加わるのを断っただけでなく、大陸そのものを魔法で閉じてしまったな。まったく臆病な連中だ。だから、我々はこうして東のシュンの国までやってきて、シュンの王の琥珀帝と手を結んだんだ。実際、この同盟は大正解だった。我々がここで長壁を守っている間に、西から援軍が駆けつけてきて、敵を挟み撃ちにできたんだからな。それ以降、我々はまた連戦連勝するようになって、闇の軍勢は大敗を続けている。――そんなめでたい状勢だというのに、何故そんなに深刻そうに心配するんだ、ロズキ。敵の勢力は、最大の頃の五分の一まで減っている。連中が全滅するのも時間の問題だぞ」

 ペガサスがそう話すと、ロズキは馬の青い目をじっとのぞき込みました。真剣な表情で言います。

「そううまくいくだろうか……? 私には、セイロス様が何かを考えておいでのように思えてならないんだ。尋ねても、セイロス様はお答えくださらない。ずっと、誰にも言わずに、一人で考え続けていらっしゃる。それがどうにも胸騒ぎを呼び起こすのだ」

 ペガサスはちょっと意外そうな顔になりました。

「おまえとセイロスは親友だろう。要の国にいるときからずっと一緒だったのだから。それなのに、セイロスはおまえに何も話そうとしないのか?」

 ロズキは首を振りました。

「セイロス様の友人であるなど、考えるだけでもおそれおおいことだ。私はセイロス様に誠心誠意お仕えしている臣下に過ぎない。だから、セイロス様に無理にお答えいただくような無礼な真似もできない。そこへこの召集だ。戦況報告はすでにすんでいる。私は、セイロス様が深慮(しんりょ)の末に、何かの決断をされたのではないかと考えているんだ……」

 

 それを聞いて、ペガサスはまた質問しようとしましたが、思い直すと、代わりにこう言いました。

「それなら、なおのこと、セイロスのところへ行くのがいいだろう。セイロスはずっと温めていた考えを、おまえたちに発表しようとしているのかもしれないんだから」

「そうだな……」

 とロズキは言いましたが、やはり心配そうな顔のままなので、ペガサスは大きな頭をすり寄せました。

「しっかりしろ、ロズキ。一番隊長のおまえがそんなふうでは、他の隊長や隊員たちにも不安が伝染するぞ。頭を上げて、背筋をしゃんと伸ばせ」

 ロズキは微笑すると、ペガサスの大きな頭を抱き寄せました。

「おまえたち天馬は人間には厳しいことが多いのに、おまえは優しいのだな、ゴグ。励ましてくれてありがとう。少し元気が出てきたよ」

「当然だ。おまえは私の友だちだからな。我々は友だちには誠実で寛大なのだ」

 非常に誇り高い話し方は、天の馬の特徴でした。ロズキはまたほほえんで、そのたてがみをなでてやりました。

「友だちと言ってくれてありがとう。おまえは私を乗せて戦場を勇敢に駆けてくれる。私はおまえに命を預けているんだ。これからもよろしく頼む」

「無論だ。とりあえず早く私に乗れ。セイロスが伝えてきた集合の時間はもうすぐだぞ」

 そこで、ロズキはペガサスにまたがって手綱を握りました。馬は純白の翼を広げて空へ舞い上がっていきます。

 

 赤黒い雲が渦巻く空を遠ざかっていくペガサスとロズキの後ろ姿を、フルートたちは水晶玉の中に見つめ続けました。

 ポチが頭をかしげて口を開きます。

「ワン、今の会話からすると、ここはシュンの国みたいですね。砦って言っていたのは、きっとユウライ砦(さい)のことですよ」

「セイロスの率いる光の軍勢が、シュンの軍勢と一緒に、デビルドラゴンと戦っているのか……」

 とフルートも言いました。自分たちがずっと調べ続けてきた戦いを、今、目の前に実際の映像で見ていることが、なんだか信じられないような気もします。

 すると、ポポロが占いおばばに言いました。

「ロズキさんはセイロスのところへ行きました。あたしたちもその様子を見られるんですか……?」

「見られるともさ」

 と老婆は軽く答えました。

「なにしろ、あたしはダイトの占いおばばだからね。客が見たいと望むものは、理(ことわり)に違反しない限り、ずっと見せてあげることができるんだよ」

 理、というおなじみのことばが出てきたので、フルートたちは急に心配になりました。今度こそ、理に邪魔されずに真実を知ることができますように、と心の中で祈ってしまいます。

 水晶玉の中の光景は、ロズキとペガサスの後を追って、空の中を飛ぶように移動し始めていました――。

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