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第20巻「真実の窓の戦い」

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84.大熊

 炎の弾が雪の上で燃え尽きると、あたりはまた真っ暗闇になってしまいました。敵の姿がフルートには見えなくなってしまいます。

 すると、ポポロとポチが叫びました。

「フルート、よけて!」

「ワン、前から来ます!」

 フルートがとっさに剣を構え直すと、目の前に、ぬっと大熊が現れました。ペンダントが放つ光に角と毛並みが金に染まります。

「はっ!」

 とフルートは切りつけましたが、白ツノクマには届きませんでした。熊が巨体に似合わない素早さで飛びのき、また闇の中に見えなくなってしまいます。

 フルートは緊張しながら剣を構え続けました。敵がどこから襲ってくるのかわからないので、四方八方へ神経を尖らせます。

 と、右前方で大きなものが雪を踏む音がしました。同時にまたポチが叫びます。

「ワン、今度は右です!」

 フルートは音がしたほうへ思いきり剣で切りつけました。ちっと手応えがあって、暗闇に炎が生まれます。魔剣が白ツノクマの体をかすったのです。

 毛皮が火を吹いたので、熊は悲鳴を上げて雪の上を転げ回りました。火はすぐに消えて、あたりはまた暗闇になってしまいます。

 フルートは剣を握りしめて、また周囲の気配を探りました。熊が雪の上で暴れたので、荒い息づかいが聞こえるようになっていました。熊の体が星空をさえぎっているので、よくよく目を凝らせば、居場所も黒い影になって見えます。

 熊が四つ足になって突進を始めようとしたので、フルートはまた剣を構えました。熊がやってきた瞬間にあわせて、切りつけようとします。

 

 その時、ポチが叫びました。

「ワン、ブリザードだ!!」

 次の瞬間、ごおぉっとすさまじい風と雪が襲いかかってきました。あたりが猛烈な吹雪に閉ざされ、あっという間に何も見えなくなってしまいます。

 フルートは吹き倒されそうになって、必死で足をふんばりました。ブリザードで敵の姿が見えません。熊は突然の吹雪にたじろいでいるか、それともかまわず襲いかかってくるか。後者と予想して剣を突き出します。

 すると、吹雪の中から熊の声が上がって、すぐに遠ざかりました。やはりブリザードを無視して襲いかかってきたのです。闇雲(やみくも)に突き出した剣は、白ツノクマに命中しませんでした。飛びのいた熊がまた吹雪に紛れてしまいます。

 フルートは叫びました。

「ポポロ、魔法使いの目だ! 熊の場所を教えてくれ――」

 けれども、そのとたん、フルートは体に激しい衝撃を受けました。跳ね飛ばされて雪の上に倒れてしまいます。

 ポポロは悲鳴を上げました。どんなに吹雪が激しくても、彼女には周囲の様子がわかります。大熊はフルートの声を目印に再び突進して、フルートに体当たりしたのでした。跳ね飛ばされて倒れたフルートに飛びかかっていきます。

「ワン、フルート!」

 ポチが助けに駆けつけようとすると、ひときわ強い風が吹き抜けていきました。ごごぅっと吹雪が襲いかかり、ポチの小さな体を吹き飛ばしてしまいます。

 ポポロも風にあおられて倒れました。立ち上がろうにも、風の勢いが激しすぎて、起き上がることができません。凍った雪の粒が小石のように顔に当たっていきます。

「フルート……フルート……!」

 ポポロは懸命にフルートがいる場所を眺め、とたんに息を呑みました。白ツノクマがフルートを前脚で抑え込んでいたのです。フルートの鎧はその程度のことではびくともしませんが、フルートは剣を手放していて、熊を攻撃できなくなっていました。熊の下から抜け出すこともできません。

 すると、熊がフルートの頭にかみつきました。金の兜が飛ばされて、フルートの頭が吹雪の中にむき出しになります。

 ポポロは必死で体を起こそうとしました。吹雪にコートをあおられ、また倒れた拍子に、凍った雪の角で頬を傷つけてしまいます。

 フルートは左腕の盾をかざして、頭を狙ってくる熊を防いでいました。熊が激しくかみついてくるので、その体重と勢いに負けて、押しつぶされそうになっています。

 そんな様子を、ポポロは涙をこらえて見ていました。息が詰まりそうなブリザードの中、雪に手を突き、必死でまた身を起こしていきます。傷から流れた血は頬の上で凍っていました。ここは冬の北の大地。外気温はマイナス四十度を下回っているのです。

 ついに、彼女は膝をついて、雪の上に四つん這いになることに成功しました。風がフードを吹き外し、赤いお下げ髪が狂ったように踊り回りますが、そんなことはかまわずに、片方の手袋を外します。

 フルートは大熊にのしかかられて、うめき声を上げていました。熊を押し返すことができないのです。ポポロはそちらへ指先を向けました。彼女の魔法は、まだひとつ残っています。その力で白ツノクマを吹き飛ばして、フルートを救おうとします――。

 

 とたんに吹雪の中から鋭い声がしました。

「お待ち! 魔法を使うんじゃないよ!」

 ポポロはびっくりして、呪文を途中で止めてしまいました。声のした方を見ます。

 すると、そちらから大きな人間が飛び出してきました。手に棍棒(こんぼう)を握った男性です。吹雪をものともせず駆けてくると、ウォーッとほえるような声を上げて、フルートの上の大熊に殴りかかります。

 熊は悲鳴を上げると、新しい敵を振り向きました。とたんにまた棍棒の一撃を食らって、雪の上に弾き飛ばされます。

「ワン、な、なにがあったんですか!? フルートはどうなってるんです!?」

 状況のわからないポチが焦っていると、突然ブリザードがばたりとやみました。吹きすさんでいた風が、雪と共に遠ざかっていきます。

 その後に現れたのは、棍棒で白ツノクマと戦う男の姿でした。大柄な体で容赦なく殴りつけるので、大熊がまったく反撃できなくなっています。男は浅黒い顔をして、フードのついた茶色い毛皮の服を着ていました。フードの両脇には、茶色い毛が生えたウサギのような耳が二本、突き出しています。北の大地に住むトジー族です。

 その顔を見たとたん、ポチは言いました。

「ワン、あなたは――!」

 フルートは熊が離れていったので飛び起き、男の顔を見て、やはり驚きました。

「ウィスル! ウィスルじゃないか!?」

 すると、大男はフルートを振り向いて目を細め、ウーと獣のようにうなりました。男は口がきけなかったのです。

 一方、彼らから少し離れた場所には、トナカイに引かれたそりが停まっていて、とても小柄な人物がランプを掲げていました。ランプの光は明るかったので、戦う男や大熊、フルートたちの姿まで照らし出しています。

「そら、ウィスル! 左から来るよ! よけて脳天にきついのを食らわしてやりな!」

 とランプの人物は言っていました。白い毛皮の服を着て白いウサギのような耳をした、トジー族の老婆です。子どものように小柄で、顔もしわくちゃなのに、驚くほど元気な声を出しています。

「占いおばば!!」

 とフルートとポチは同時にまた叫びました。彼らが会おうとしていた人物が、そこにいたのです。

 大男のウィスルは、老婆の言うとおり、熊の脳天へ棍棒を振り下ろしました。熊の頭の一本角が折れると、巨大な熊が音をたててその場に倒れます。

 それを見てフルートは駆け出しました。落ちていた自分の剣を拾って熊に駆け寄り、力を込めて切りつけます。

 とたんに熊の体は火を吹いて、大きく燃え上がりました。真っ赤な炎の中で熊が燃えていきます――。

 

 フルートは身を起こして、額の汗をぬぐいました。兜が脱げた状態で極寒の中にいるのに、汗だくになっていたのです。

 そこへポチとポポロが駆け寄ってきました。大男と老婆を呆気にとられた顔で眺めます。

 すると、老婆が、ほほほ、と笑いました。

「驚かせて悪かったね、勇者たち。魔法を使ったら、デビルドラゴンに気づかれると思ったんだよ。さあ、早くそりにお乗りよ。時間が惜しいんだろう? 早いところ行こうじゃないか」

「い、行くってどこへ――?」

 とフルートは聞き返しました。思いがけない再会にまだ驚いていたので、話の流れがよく見えません。

 老婆は、ほほほほ、とまた笑いました。

「もちろん、ダイトのあたしの家にさ。二千年前の戦いの真相を知りたくて、あたしのところにやってきたんだろう? 家にある一番の水晶玉で、あんたたちに見せてやろうじゃないか」

 老婆は、フルートたちに出会う前から、フルートたちがやって来ることも、その目的も、ちゃんと承知していたのです。

「皆様方はこの旅で四人の占者にお会いになります。東の占者、西の占者、南の占者、そして北の占者――。最後の占者は皆様方に最も大切なことを知らせてくださるでしょう」

 そんなユギルのことばを、フルートは思い出しました。ここにいる占いおばばは北の占者です。最も大切なことを知らせてくれるという人物なのです。

「よろしくお願いします」

 とフルートはすぐに頭を下げると、脱げた兜をかぶり直し、ポポロやポチと一緒にそりに乗り込みました――。

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