フルートとポポロとポチが窓をくぐり、手を振って歩き出す様子を、ゼンとメールとルルは天空城の通路から見送っていました。フルートたちの姿はすぐに闇の中に見えなくなり、硬く凍りついた雪を踏む足音も遠ざかっていきます。代わりに聞こえてきたのは、遠くでうなる風の音でした。北の大地はブリザードになるのかもしれません――。
「いつまでつかんでるのさ、ゼン! 放しなよ!」
とメールが言ったので、ゼンは彼女の腕を放しました。それでも用心して、窓の前にどっかと座り込み、メールたちが追いかけていかないようにします。
「これから私たちはどうするの?」
とルルが尋ねました。フルートたちはこれからダイトの街の占いおばばを訪ねるのですから、すぐに戻ってくるはずはありません。
「待つ」
とゼンが答えると、メールがまた言いました。
「ただ待つだけ!? なんにもしないで!? あたい、そんなの我慢できないよ! 頭が変になって体が爆発しそうになるじゃないか!」
相変わらず、待つことが大嫌いなメールです。
ゼンは渋い顔をしました。窓からは極寒の風が吹き出し続けていましたが、寒さをこらえて窓の前に座り続けます。
「しょうがねえだろう。動くときには動く、待つときには待つ。猟をするときと同じことだ」
普段は短気なゼンですが、猟師を生業(なりわい)にしているだけあって、待つと決めれば、徹底的にじっと待つこともできるのです。
メールとルルは文句を言い続けました。
「ただ待つなんて、あたいにはできないったら! だいたい、どうしてあたいたちだけ置いてきぼりなのさ! あたいたちだって勇者の仲間なのに!」
「そうよ! 私も、何もしないで待ってるなんて、心配でどうにかなりそうだわ! ポポロにしょっちゅう話しかけるわけにもいかないし! ねえ、私たちにできることって、何かないの!?」
「ったく、うるせえな。俺たちに何ができるって言うんだよ? フルートたちは、デビルドラゴンを倒す手がかりを聞きに、占いおばばんとこに行ったんだぞ。おばばは水晶玉で過去の出来事を見せてくれるからな。あんなふうに昔のことを見せてくれるヤツは他にいねえんだから、俺たちにできることは何も――」
そこまで言いかけて、ゼンは急に、お? と言いました。何かを考える顔になり、やがて、つぶやくように言います。
「いたな。過去の出来事を見せてくれるヤツが、もうひとり」
メールとルルは身を乗り出しました。
「誰さ、それ!? あたいたちが知ってる人かい!?」
「あ、まさかナイトメアだとか言わないでしょうね!? あいつは過去の夢を見せるけど、闇の怪物だから使えないわよ!」
ゼンは顔をしかめました。
「馬鹿、誰がナイトメアなんかに頼むか! んなことしたら、過去をねじ曲げられて、とんでもねえ夢を見せられるし、だいたい、あいつは俺たちが覚えていることしか見せられねえだろうが。そうじゃねえ。本物の過去を映し出して見せられるヤツだ」
「だから、誰だって聞いてるだろ! ひょっとして、ロムド城にいるアリアンかい!?」
「ええ? アリアンは今のことしか鏡に映せないわよ! デビルドラゴンを退治したときのことなんか見せられないじゃない!」
「違う!! 少し黙って俺の話を聞けって――!! 俺が言ってるのは、時の翁(おう)だよ。時間と一緒に生きてきた、あのじっちゃんだ」
時の翁!? とメールとルルは驚きました。いったい何歳になっているのか予想もできない、石のように年を経た老人です。過去の場面を映す鏡を作って、ジタン山脈の地下の洞窟に並べていました。
「で、でも、あの人はもうジタンにはいないじゃないか。願い石が洞窟からなくなっちゃったからさ」
「そうよ。あの人は願い石の番人だったから、願い石がフルートのものになったら、洞窟からいなくなってしまったでしょう? 今はどこにいるのか、全然わからないのよ」
「ああ。でもよ、ここにある真実の窓なら、時のじっちゃんの居場所がわかるかもしれねえだろうが」
「見つけたって、窓をくぐれなかったら、どうしようもないわよ! 窓は今、フルートたちを北の大地に連れていってるのに!」
すると、ゼンはメールとルルをじろりとにらみつけました。ちょっと座れ、と床を指さし、メールたちがとまどいながらそれに従うと、低い声で話し出しました。
「いいか、ここで何もしねえで待つのは嫌だ、と言ってるのは、おまえらのほうなんだぞ――。確かにフルートたちは真実の窓をくぐって、北の大地に行ってらぁ。でもな、それ以外にも俺たちがくぐれる窓があるかもしれねえし、ひょっとしたら、そこには時のじっちゃんがいるかもしれねえだろうが。なんでもかんでも、無理だのダメだのばかり言うんじゃねえ。最初からダメだと決めつけたら、絶対に何もできねえんだぞ」
メールとルルは目をぱちくりさせました。確かにゼンの言うとおりだと思ったのです。
ちょっと考えてからメールが言います。
「そうだね。最初からあきらめてたら、何もできるようにならないもんね。……たまにはいいこと言うじゃん、ゼン」
「たまにはとはなんだ! 俺はいつもいいことを言ってるだろうが!」
とゼンがむきになって言い返したので、メールもルルも笑い出しました。自分たちだけが置いてきぼりを食らった悔しさが、ようやく心の中から消え始めます。
「よし、それじゃ次の窓を探そうか! 見つかったら、これが本当の最後の窓だよね!」
「どうかそこに時の翁がいてくれますように――。私は風の犬になって通路のこっち側を探すわ。ゼンとメールはそっち側を探して!」
「おう」
「あいよ!」
二人と一匹は床から立ち上がると、最後の窓を探して通路のあっちとこっちへ別れていきました――。