通路に響く鐘は、始まりと同じように、突然鳴りやみました。ドォォォォン……と最後の音が石壁の通路を遠ざかって、消えていきます。
勇者の一行は顔を見合わせ、すぐに周囲を見回しました。通路やそこに並ぶ真実の窓を眺めますが、特に変わったような様子は見当たりません。
フルートはポポロに尋ねました。
「運命の鐘が鳴ると世界に大きな出来事が起きると言ったよね? たとえばどんなことが起きるんだ?」
ポポロは困惑したように両手を顔を押し当てました。
「それはわからないわ……。最後に鐘が鳴ったのは十六年前で、あたしが生まれる前のことだったから」
「私もその頃にはまだポポロのところに来ていなかったから、よくわからないわね」
とルルも言います。
ポチは白い頭をかしげました。
「ワン、十六年前って言ったら、フルートが生まれた年ですよ。ひょっとしたら、金の石の勇者がこの世に生まれてきたことを知らせたのかなぁ」
「あん? 十六年前なら俺だって生まれてるぞ。俺の誕生を知らせたのかもしれねえだろうが」
とゼンも言ったので、メールはあきれました。
「やだね、ゼンったら。それなら、あたいだってそうだよ。あたいも、もうちょっとで十六になるんだからさ。少なくとも、あたいやゼンのために運命の鐘が鳴ったりはしないって」
「あぁ、どうしてだよ? 俺たちはみんな金の石の勇者の一行だろうが」
「ありえないったら、ありえない!」
とゼンとメールが言い合います。
フルートは周囲を見回して、窓の一つ一つに映る景色を確かめていました。そこに何か世の中を変えるような重大な兆候が現れるのではないか、と考えたのですが、やはり、窓の向こうに大きな変化は見当たりません。
しかたなくフルートはまた言いました。
「何か起きるのかもしれないけれど、ここではわからないみたいだ。ぼくたちは、ぼくたちのするべきことをしよう。次の窓を探すんだ。きっと、その窓は北の大地に続いているはずだよ」
おう、と全員はすぐに通路に散っていきました。彼らがくぐれる窓を探し回り、じきにポチがそれを見つけました。窓から吹き出す風に、くんくんと鼻を鳴らして、仲間たちに言います。
「ワン、ありましたよ! 北の大地の窓です!」
一同はポチが示す窓に駆け寄り、とたんにとまどってしまいました。他の窓には様々な景色が映っているのに、この窓の向こうは真っ暗で、何も見えなかったのです。
「何ここ? 地下かなんかかい?」
とメールが怖じ気づいたように言いました。以前ほど地下が怖くなくなった彼女ですが、それでもやっぱり得体の知れない暗い場所は苦手なのです。
夜目の効くゼンが言いました。
「いいや、ここは本当に北の大地のようだぞ。一面雪と氷の大地が広がってらぁ。空には星も出てる。夜なんだな」
「他の窓はだいたい昼間なのに、どうしてこの窓だけ?」
とルルが不思議がると、フルートが思い出す顔になって言いました。
「北の大地では、冬になると一日中太陽が出てこなくなるなるんだよ。以前、ロキがそう話していた。たしか――そう、極夜(きょくや)だ」
「ワン、夏の白夜の反対なんですね。でも、よく見えなくても、本当にここは北の大地ですよ。吹いてくる風の匂いでわかります」
とポチはまた鼻をひくひくさせて言いました。ガラスがない窓からは、身を切るように冷たい風が吹いてきます。風にあおられたメールが、ぶるっと身震いしてマントをかき合わせます。
それを見たフルートは、少し考えてから、こんなことを言い出しました。
「ぼくたちは全員でこの窓をくぐるわけにはいかないな。半分はここで留守番だ」
仲間たちは驚きました。
「なんでだよ!?」
「どうして全員で行かないの!?」
「誰が留守番になるって言うのさ!?」
フルートは手を振って仲間たちをなだめました。
「この向こうが北の大地だからだよ。夏場でもあんなに寒かったのに、今は冬だ。きっと信じられないくらい気温が下がっているのに違いない。寒さを防げない者は、ここに残らなくちゃいけないよ」
「あたいたち、ちゃんとマントを着てるじゃないか!」
とメールが言い返すと、ゼンが渋い顔になりました。
「馬鹿、それっぽっちの装備で北の大地が歩けるかよ。極寒用の特別な装備でなきゃ、五分だって耐えられねえよ」
「なにさ! ゼンだって、あたいとほとんど装備が変わらないじゃないか!」
とメールはますます腹をたてます。
すると、フルートが言いました。
「北の大地に行くのは、ぼくとポチとポポロだ。ぼくは魔法の鎧を着ているから寒さは平気だし、ポチは一度変身してから元に戻れば冬毛になるからな。ポポロの星空の衣もまわりに合わせて変化するから、きっと北の大地に合わせた服に変わるはずだ。ゼンとメールとルルは、ここで待機だ」
なんで!? とメールとルルはまた声を上げました。
「冗談じゃない、あたいたちも一緒に行くったら! ポポロ、あたいたちが寒くなくなる魔法をかけとくれよ! 前に北の大地の空を飛んだときみたいにさ!」
「それに、私が留守番ってのは納得できないわよ! 私だって変身すれば冬毛になるわ! 犬は寒さには強いのよ!」
反論する少女たちへ、フルートは首を振りました。
「ポポロは、さっき首輪にポチを呼び出すのに、魔法を一つ使ってしまった。魔法で周囲を暖かくしても、継続の魔法が使えないから、すぐに切れてしまうんだ。ルルは確かに一緒に来ることができる。でも、ぼくたちが別れてしまったら、連絡が取れなくなるかもしれないんだ。その点、君とポポロの間のつながりは太いから、いつでもどこでも心で呼び合って話ができる。連絡係に、ここに残ってほしいんだよ」
まあ! とルルはフルートをにらみました。連絡係が必要なら、ポポロをここに残してルルが一緒に行くこともできるはずですが、そんなことをすれば今度はポポロが泣くので、ルルとしてはそれ以上言い張ることができませんでした。
ゼンはむっつりと黙っていました。フルートがそちらを向くと、面白くなさそうな顔と声で言います。
「どうしてもおまえらだけで行くって言うんだな?」
「しかたないよ。君たちの装備では遭難してしまうんだから」
「北の大地は冬で、しかも夜だぞ。俺たちが旅したときより、ずっと厳しいはずだ」
「それでも行くしかないさ。真実の窓もユギルさんの占いも、そこに行けって言っているんだから。ゼンのほうこそ、メールとルルをよろしく頼むよ。特に、メールが追いかけてこないように見張っていてくれ」
自分を引き合いに出されて、なにさ!? とメールが怒り、ゼンはますます仏頂面になりました。無理にでも追いかけていきたい気持ちはゼンも同じでしたが、そんなことをすれば、メールたちも絶対についてきてしまいます。そうなれば、間違いなく極寒の大地で行き倒れです。
「わかった。気をつけていけよ」
とゼンは言いました。ほとんどうなるような声です。
ありがとう、とフルートは言って窓へ歩き出しました。その後ろにポポロとポチが続きます。
「気をつけるのよ、フルート、ポチ! ポポロは何かあったらすぐに知らせてちょうだいね!」
とルルに言われて、彼らはうなずきました。メールは目に涙をにじませて怒っていましたが、ゼンに腕をがっちりつかまれているので、後を追いかけることはできませんでした。フルートたちが窓をくぐっていきます――。
とたんに、フルートとポポロとポチを刺すように冷たい空気が包みました。あたりは暗くてフルートには見通しが効きませんが、後ろに真実の窓が浮かんでいて、通路の光をこちらへ投げかけていました。
すると、ポポロの服が変わっていきました。黒い星空の衣が、分厚い毛皮のコートとズボンになり、手には暖かそうな手袋が現れます。コートには頭をすっぽりおおうフードもついていました。
「ワン、それじゃぼくも」
とポチは風の犬に変身しました。すぐにまた小犬の姿に戻ると、白い毛皮は長さと厚みを増して、ふかふかの体つきになっていました。寒冷地仕様の冬毛になったのです。
フルートたちは窓を振り向くと、見送っているゼンとメールとルルに手を振って見せました。
「じゃ、行ってくる」
ゼンたちは返事をしたようでしたが、その声はもう聞こえてきませんでした。
窓は透き通るように薄くなって消えていき、後には真っ暗な北の大地が広がりました――。