中庭にいたトーマ王子が、警備兵を引き連れて城に戻っていく様子を、フルートたちは真実の窓のこちら側から眺めていました。肩をいからせた王子の後ろ姿が、城の中に消えていきます。
やがて、窓の向こうに誰もいなくなると、フルートは握っていた拳を振り上げました。力任せに窓をたたきつけますが、窓はびくともしませんでした。窓枠にはめ込まれたガラスにも、ひび一つ入りません。
それでもフルートは何度も窓をたたき、ついにガラスに額を押し当てると、低くうめきました。
「ちくしょう……」
ひどく悔しそうな声でした。
ザカラスではこれから大きな作戦が始まるのです。闇の灰の雲を魔法で分散させ、安全に処理するには、多くの人手が必要でした。フルートたちも全面的に協力するはずだったのに、それができなくなってしまったのです。
何故、今ここで真実の窓に呼ばれなくちゃいけないんだ!? とフルートは心の中で叫びました。ザカラス城と彼らの間をさえぎるガラスが、いやに硬く冷たく感じられます――。
他の仲間たちも、窓の前に立ちつくしたり、座り込んだりしていました。あまりと言えばあまりのタイミングの呼び出しに、ふてくされていたのです。この野郎! とゼンが窓の下の壁を蹴飛ばします。
ところが、ポポロだけは黙ってじっと考え続けていました。やがて、窓に頭を押し当てているフルートのところへ行くと、そっと話しかけます。
「あたしたちには、まだ確かめなくちゃいけないことがあるのよ……。まだ行かなくちゃいけない場所があるんだわ。だから、窓に呼ばれたのよ……」
「あのザカラスよりも重要な場所って、いったいどこだ!?」
とフルートは聞き返しました。フルートには珍しく怒っている声です。
ポポロはびくりと身をすくませ、泣きそうになるのを必死でこらえながら言い続けました。
「ユ、ユギルさんが言っていたでしょう……? あたしたちは東西南北、四人の占者に会う、最後の占者はあたしたちに一番大切なことを教えてくれるだろう、って……。あたしたちは南の占者の赤さんまで出会ったわ。残っているのは、最後の北の占者だけなのよ」
ポポロの話に仲間たちは興味を引かれました。ポチが腰を上げて言います。
「ワン、ということは、ぼくたちはこれから最後の北の占者に会いに行くってことですか? だから窓はぼくたちを呼んだんだ?」
「でも、北の占者って誰のこと? 私たち、知っている占者にはみんな会ったんじゃない?」
とルルは頭をかしげます。
メールが指を折って数え上げていきました。
「まず、東の占者はユラサイの占神だっただろ? それから、西の占者は西の国の出身だったユギルさんで、南の占者は南大陸出身の赤さん――」
「占神の双子の妹もいただろうが。占神と瓜二つのよ」
とゼンが言います。
「ああ、そうだ。シナって占者がエスタにいるんだったよね? でも、それならやっぱり東の占者になっちゃうんじゃないかい? ユラサイの生まれなんだからさ」
「ワン、白い石の丘のエルフも占者みたいなものじゃないですか? あの人ってどこの出身なんだろう? ひょっとして、北のほうで生まれているんじゃないかな?」
「おじさんは違うと思うわ……。前に聞いたことがあるの。白い石の丘に来る前は、海辺の里で暮らしていたんだ、って。北とはひとことも言ってなかったもの」
彼らはいつしか四人目の占者を見つけることに夢中になっていました。いったい誰のことなんだろう、と考え続けます。
すると、フルートが窓から少し頭を上げました。拳はまだガラスに押し当てたまま、しばらく考えて、こう言います。
「もう一人、ぼくたちが知っている占者がいるぞ。遠い北の果ての――北の大地に」
北の大地? と仲間たちは繰り返し、次の瞬間、ゼンとポチが声を上げました。
「そうか! あのばあちゃんか!」
「ワン、ダイトの占いおばばですね!」
それは北の大地を旅したときにダイトという街で出会った占者でした。耳がウサギのように長いトジー族の老婆で、フルートたちを追っ手から救い、魔王にさらわれていたメールやポポロたちの居場所を水晶玉で占ってくれたのです。
その名前を挙げたフルート自身が、そうか……と言い続けました。
「あの人のもうひとつの呼び名は『光と闇の研究家』だ。占いおばばは、光と闇の戦いについて、誰よりも詳しく調べている人だったんだ」
たちまち仲間たちは勢いづきました。
「それって、フルートたちに光と闇の戦いのことを初めて教えてくれた人だろ? 世界について、大昔のことからよく知ってるって話だったよね」
とメールが言うと、ゼンも身を乗り出しました。
「ってことは、占いおばばに会えば、すごく大事な秘密を教えてもらえるってわけだな。いったい何を教えてくれるんだ?」
フルートは窓から振り返りました。確信を込めて言います。
「ぼくたちはデビルドラゴンを倒すために、手がかりを探してここに来た。竜の宝の秘密か、奴を倒す方法そのものの真実――きっと、そのどちらかに違いない」
「本当に?」
とルルは思わず言いました。ずっと探し求めてきたことが、いよいよ本当にわかるかもしれない、と言われても、さんざん肩すかしを食らってきた後なので、すぐには信じられなかったのです。他の仲間たちも半信半疑の顔でいます。
けれども、フルートは完全に立ち直っていました。窓から離れ、仲間たちに言います。
「六つめの窓を探そう! たぶん、これが最後の窓だ。それはきっと北の大地に続いているはずなんだ――!」
その時、突然、割れるような音が響き始めました。 ディィィン……ドォォォン……ディィィン……ドォォォン……
それは大きな鐘の音でした。真実の窓が無数に並ぶ通路に反響して、わんわんと鳴り響きます。
あまりの音量に犬たちはキャンと悲鳴を上げ、フルートたちも思わず耳をふさいでしまいました。鐘の音は間近から聞こえますが、石造りの通路にはどこにも鐘など見当たりません。
「な、なんだよ、これ!? どこから聞こえるんだよ!?」
「ああもう、うるさいっ!」
全員が顔をしかめていると、ポポロが急に思い当たった表情になりました。
「もしかして、これって、運命の鐘……?」
ポポロの声は轟音(ごうおん)の中でも聞こえました。フルートが聞き返します。
「運命の鐘? なんだ、それは?」
「世界に大きな出来事が起きるときに鳴ると言われている、天空の国の見えない鐘よ……。最後に鳴ったのは今から十六年前だから、あたしも聞くのは初めてだけど、きっとそうだわ……!」
ディィィン……ドォォォン……ディィィン……ドォォォン……
鐘は鳴り続けます。
フルートたちは通路の真ん中で身を寄せ合い、響き渡る音に全身を震わせながら、周囲を見回し続けました――。