会議室での話し合いが終わった後、フルートたちは、さてどうしようか、と考えました。
アイル王や四大魔法使いたちは具体的な作戦の打ち合わせを続け、ザカラスの領主たちは自分の魔法使いを出動させるために領地へ戻っていきましたが、フルートたちは、実際の作戦が始まるまで、特に準備することはありませんでした。かといって、部屋に戻ってただ待機するのも退屈です。
「あたい、外に出たいなぁ。石のお城の中って、なんか窮屈で息が詰まりそうでさ」
とメールが言い出したので、一行は城の中庭に行くことにしました。ザカラス城は山の絶壁に建つ城なので、城の外側には落ち着ける場所がなかったからです。
二月末の庭にはまだ花はなくて、庭木にも歩道にも一面に雪が降り積もっていました。噴水の水も凍りついて、氷の彫刻のようになっています。以前彼らが訪ねたロムド国のレコルの街と、同じような有り様でした。
「ワン、このあたりにも闇の寒波はやってきていたんですね。どこもかしこも凍っていますよ」
とポチは言って、空を見上げました。ザカラス城の上に広がる空は、一面鈍色(にびいろ)の雲におおわれています。闇の灰を含んだ雲がひろがって、日ざしをさえぎってしまっているのです。
「闇の灰の雲を分散させたら、こんな天気はもっと広がるのね、きっと」
とルルは言いました。灰を風に乗せて広範囲に散らそうというのですから、寒波が及ぶ範囲も広がるのに決まっていたのです。
フルートは首を振りました。
「アイル王だって白さんたちだって、それは予想しているよ。だけど、それをやらなければ、もっとひどい被害が起きるから、寒波や冷害も覚悟のうえで、灰を散らすんだ」
ちっくしょう! とゼンは足元の雪を蹴りました。
「それってぇのも、あの時、火の山の地下でナンデモナイが火山灰をばかすか生み出したせいなんだよな! そうとわかってりゃ、もうちょっと考えながら戦ったのによ!」
「どうやってさ? 思い出してごらんよ。あの時、あたいたちはマグマと火山灰と有毒ガスに囲まれて、絶体絶命になりながら戦ったんだよ。あれより上手になんて、戦えるはずなかっただろ」
とメールが言い返します。
フルートは空を見上げました。確かにあれ以上の戦い方は不可能だったのですが、それでも、心の奥底には鈍い痛みがひっかかっています。しかたなかった。どうしようもなかった。そう自分に言い聞かせても、思わず溜息が出ます。中庭の上に広がる空は鉛色(なまりいろ)です――。
すると、中庭の入口のほうから、凍りついた雪を踏む足音が聞こえてきました。振り向くと、それはトーマ王子でした。厚手のマントをはおった恰好で近づいてきます。
何をしに来たんだろう、と一同が考えていると、王子はまっすぐフルートの前へやってきました。凍った空気の中へ白い息を吐きながら、じっとフルートを見上げます。
「なんでしょうか、殿下?」
とフルートは聞き返しました。相手を見下すような態度をとることが多かった王子ですが、この時には、そんな高慢さや冷たさはありませんでした。ただ黙ってフルートを見つめ、やがて口を開きました。
「金の石の勇者は、子どものようにとても小さいと聞いていたのだ。だが、本物はそれほど小さいようには見えない。あれは噂が間違っていたんだろうか?」
勇者の一行は、唐突な質問にまた面食らいました。
「なんだよ。フルートにいちゃもんでもつける気か?」
とゼンがにらみつけると、トーマ王子は首を振りました。
「そんなつもりはない。ただ、本物はぼくが予想していた以上に勇者らしかった、と考えていただけだ。父上たちから話はずいぶん聞かされたけれど、全然勇者のようには見えない勇者だということだったから――」
やはり、聞きようによってはフルートを馬鹿にしているようなことばですが、ゼンも今度は文句をつけませんでした。なんだかトーマ王子が妙に元気ないように見えたからです。
フルートは首をかしげて答えました。
「ぼくは今でも標準よりはずっと小柄です。ただ、最近になって身長が伸びてきたから、以前よりは背が高くなりました。ぼくももう十六歳ですから」
「十六歳」
と王子は繰り返して、フルートから目をそらしました。うつむいて、そっとつぶやきます。
「メーレーン姫より二つも年上だ……」
そのつぶやきはフルートたちには聞こえませんでしたが、犬たちの耳には、はっきり聞こえました。ルルは、まあ、と言い、ポチは思わずフルートとポポロを見比べてしまいました。王子の声が聞こえなかったポポロは、やはり、きょとんとしているだけです。
トーマ王子は、うつむいたまま、また話し始めました。
「以前、メーレーン姫がこの城に来たときに、姫から金の石の勇者のことを聞かされた。世界を救う大きな使命を持っていて、誰のことも救ってくれる、優しくてすばらしい方だ、とすごく誉めていたんだ。ぼくが、そんなわけはない、と反論すると、姫はむきになって君をかばった……。本当に姫が言っていたとおりだったのだな。君は本当に立派な勇者だったんだ」
フルートはますます首をかしげました。王子が自分を誉めてくれるのは良いのですが、その表情と口調は、落ち込んでいると言ってもよいくらいです。いったいどうしたんだろう? と考えます。
すると、王子は大きな溜息をついてから言いました。
「これならば、ぼくも納得がいく。君は確かにメーレーン姫の婚約者にふさわしい。ロムドには皇太子がいるけれど、きっと姫と一緒に次の王を助けて、立派にロムドを治めていくんだろう――」
はぁ!? とフルートたちはいっせいに声を上げてしまいました。
「やっだ、何の話をしてるのかと思ったらさ!」
とメールはあきれ、フルートは真っ赤な顔で絶句しました。フルートがメーレーン王女と結婚してロムドの皇族になるのでは、と噂された時期もありましたが、そんな話はとっくに忘れられたと思っていたのです。今、急にそれを蒸し返されて、とっさになんと返事していいのかわからなくなってしまいます。
ゼンもあきれて腕組みをしました。
「どうしておまえらはそう、フルートをメーレーン姫と結婚させたがるんだ? 本人たちの気持ちってのはどうなってんだよ?」
「メーレーン姫だって金の石の勇者が好きなんだ! 何も問題ないじゃないか!」
と王子が言い返したので、今度はポポロが青くなり、フルートとゼンとメールは頭を抱えてしまいました。本当に、今さらまたこの話題を蒸し返すことになるとは思ってもいませんでした。
ポチとルルは、ポポロを頭で押しました。
「ワン、ポポロ、前に出て」
「早く! この勘違い王子様に説明してあげなさいよ!」
と一生懸命勧めるのですが、ポポロは泣きそうな顔でとまどうばかりです。
フルートは苦笑いをすると、そんな彼女へ腕を伸ばしました。手を取って自分の横に引き寄せ、王子に向かって言います。
「それは大きな誤解です、殿下。ぼくはメーレーン姫と結婚するつもりなんかありません。ぼくが将来結婚したい人は別にいるんです――」
とポポロを紹介しようとします。
ところが、その時、ポチは背後に妙な気配を感じました。何かが現れて自分たちを呼んでいるような気がします。
振り向いたポチは思わず目を見張り、背筋の毛を逆立てました。そこにあったのは大きな窓でした。縦長で上部が丸く、周囲に蔦のような縁飾りのある窓が、凍った中庭の中に浮かんでいます。
「ワン、真実の窓が現れた!」
とポチは大声で言いました――。