闇の灰を撃退する話し合いは、会議の場をザカラス城の別の一室に移しました。テーブルを囲んでいるのはアイル王とフルートたち勇者の一行と、白、青、赤の三人の魔法使い、それにトーマ王子という面々です。
召使いが軽い食事を運んでくると、ゼンはたちまちそれに飛びつきました。
「俺のことは気にしねえで、話し合いを始めてくれ! 食いながらでも耳には入るからな!」
と燻製肉と野菜をのせた薄切りパンを口いっぱいにほおばります。捕まっていて朝食を食べ損ねたポチも、喜んで一緒に食事を始めました。
一方、ザカラスの領主たちはテーブルに着こうとはしませんでした。全員がテーブルから少し離れた床にひれ伏し、アイル王がいくら言っても頭を上げようともしません。宰相とハラウン卿があれだけの騒動を起こして逮捕されたので、自分たちは王に従順だということを、態度で示そうとしているのです。
「し、しかたない。では、こ、このままで始めることにしよう」
とアイル王が会議の再開を告げ、話し合いが始まりました。
口火を切ったのは、女神官の白の魔法使いでした。
「先ほどの会議で、私は火の山から噴き出した灰の雲の大きさや、それが飛来したときの状況などを報告しておりました。雲はザカラス国の南半分をすっかりおおうほどの大きさで、まともにやってくれば、大量の灰を地上に降らせます。それを防ぐために多くの魔法使いの力が必要だ、という話をしたところで、闇魔法使いたちの妨害を受けたのです」
と、その場にいなかったフルートたちやトーマ王子のために説明してくれます。
フルートは真面目な顔で言いました。
「その灰は闇の灰です。大量に降れば、さっきのような事件が、いたるところで起きるようになります」
女神官はうなずきました。
「そうです。先ほどは闇の灰だということを伏せながら話しましたが、今はもう、その必要もないので、はっきり申し上げることができます。火の山があるメラドアス山地から押し寄せてくるのは、きわめて大量の闇の灰。それがまともにやってくれば、地上が冷害にみまわれるだけでなく、闇の怪物の襲撃や、闇に狂わされた悪党の暴行が頻発(ひんぱつ)することになります。そうなってしまってからでは、事態を収拾するのは非常に困難です。灰の雲がやって来る前に、灰を散らさなければなりません。そのために魔法の力が必要になるのです」
「か、各領主が作戦に参加させられる魔法使いの数を、も、もう一度知らせよ」
とアイル王が言ったので、領主たちは床に這いつくばったまま、自分が抱える有力な魔法使いの数を言っていきました。先ほどは二十名ほどだった人数が、今回は三十名を超えたのは、不思議なことでした。
ふむ、と青の魔法使いは腕組みしました。
「ロムドの魔法軍団は、我々を含めて二十一名おります。ザカラスの魔法使いと合わせると、五十名あまりということですか。悪くはありませんな」
すると、フルートの隣の席でうつむいていたポポロが、急に顔を上げて言いました。
「もう一人います……! あたしも魔法使いです!」
決心に顔を真っ赤に染めているポポロに、四大魔法使いはほほえみました。
「無論です、ポポロ様。あなたの魔力は、我々全員の総力を上回っていらっしゃいます」
「ポポロ様一人で五十人分ということは、総勢百名の魔法軍団と同じということです。頼もしいこと、このうえありませんな」
「ダ」
魔法使いたちに認められて、ポポロはいっそう赤くなりました。またうつむき、膝の上で両手を強く握り合わせます。
「具体的にはどうするつもりですか?」
とフルートは尋ねました。闇の灰を散らすと言うのは簡単ですが、うまくやらなければ、やはり灰を集める結果になって、そこから闇の怪物が生まれてきてしまいます。
女神官は椅子から立ち上がって片手をかざし、その上に映像を呼びました。先ほどは一同に火の山や灰の雲の様子を見せたのですが、今回は空中にザカラスの地図を映し出します。
「ご覧のとおり、ザカラス国の西の国境は、北半分が海に、南半分が火の山のあるメラドアス山地に接しています。メラドアス山地のさらに西側には、やはり海があります。火の山から噴き出した火山灰は重い雲になり、海からの風に押されてゆっくりと東へ移動しているのです。現在はザカラスの南西の国境に到達したところですが、これを東西南北と上空の、五つの方向へ分散させます。その先で、さらにまた東西南北と上空へ、それもさらに五つの方向へと細かく分けていって、最終的に闇の影響が出ない程度まで薄めて散らします」
すると、ルルが言いました。
「上空へ運んだ灰は偏西風に乗るわね。世界中の空をしばらく巡ることになると思うけど、かなり速い風だから、闇の灰が寄り集まる心配はないと思うわよ」
天空の国の風の犬は、空を吹く風についてよく知っているのです。
武僧の魔法使いは腕組みしたまま言いました。
「散らされた灰の一部は海へ落ちます。地上に降った灰も、やがては雨に流されて川に流れ込み、やはり海へ行くでしょう。ですが、海は広い。大量の海の水で闇の灰を薄めてくれると思うのです」
それを聞いてメールは肩をすくめました。
「ザカラスに面してる海って、海王が治めてる東の大海だろ? 海王たちはいい顔しないだろうけど、しかたないよね。地上を闇に襲撃させるわけにはいかないんだからさ」
「海、空、地上、すべての場所で少しずつ闇の灰を受け入れて、闇の被害が出ないようにしようという計画なのか」
とフルートが納得します。
すると、ゼンがパンで口をもぐもぐさせながら尋ねました。
「あっちこっちに灰を分けるのは、どうやるんだよ?」
「風を使います。ある程度以上の力を持つ魔法使いならば、皆、風を操れますので」
と白の魔法使いが答えたので、ポチとルルは尻尾を振りました。
「ワン、それならぼくたちも協力できるかもしれない!」
「そうね。闇の灰が濃いうちは無理だけど、薄くなってくれば、私たちも風になって灰を散らす手伝いができるわ」
アイル王はテーブルに肘をつき、痩せた拳(こぶし)に顎を載せて考え込んでいました。
「そ、そうなると、地上の各要所に魔法使いを配置することになる……。ま、魔法使いが自分の役割に専念できるように、護衛をつける必要があるな。ぐ、軍隊を魔法使いに同行させよう。は、灰を細分化した風が、途中でぶつかり合うことにも、気をつけなくてはならない。そ、そこで怪物が生まれる危険があるから」
「そちらには、ぼくとゼンが対応します。メールの花鳥で空に待機して、万が一、闇の灰が怪物を生んだら、飛んでいって退治します」
とフルートは答えました。ポポロは他の魔法使いたちと闇の灰を分散させ、ポチとルルは風の犬になって灰を散らし、フルートとゼンとメールは怪物退治と、勇者の一行の全員が何かしらの役割を担うことになります。
はっはっは、と青の魔法使いは笑い出しました。
「いや、金の石の勇者たちというのは、実に頼もしい存在ですな。お世辞でもなんでもなく、本当に、我々魔法軍団に匹敵する存在ですぞ」
「リダ」
と赤の魔法使いがうなずきます。
領主たちはそんな話し合いに一言も口をはさみませんでした。ずっと頭を下げたまま、王たちの話し合いを拝聴しているだけです。
そして、トーマ王子も会議の席では一言も口をききませんでした。魔法も使えなければ、空を飛んだり怪物を退治したりすることもできない王子には、できることが何もなかったのです。
トーマ王子はフルートの顔を眺め、すぐにまた目を伏せてしまいました。そっと溜息をつきますが、それを聞きつけた人は誰もありませんでした……。