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第20巻「真実の窓の戦い」

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75.収束

 風の犬のルルとポチが、フルートとゼンを乗せて舞い下りてきました。すぐに少女たちが駆けつけてきます。

「フルート、ゼン、大丈夫……!?」

「驚いたよね。あいつがおどろになっちゃうなんてさ!」

「ああ。でも、あいつ、最後まで人間の姿に戻らなかったぞ。確かロダのときには一度人間に戻ってから、溶けていったはずなのによ」

 とゼンが首をひねると、フルートが言いました。

「今回の魔王は最初から闇の灰の影響を受けていたからな……。デビルドラゴンだけでなく、闇の灰も取り込んでいたし。それだけ体が闇に変わっていたんだろう……」

 低い声でした。うつむいたまま、手に握ったペンダントを見つめています。相手が救いようのない闇の怪物になっていても、それでも助けられなかったことを後悔しているのです。ゼンが、そんな親友の背中をたたきます。

 

 そこへ、会議室の入口から衛兵の集団がなだれこんできました。それまでびくともしなかった扉が、急に開いたのです。椅子が散乱し、壁や床にひびや焼け焦げた痕の残る部屋に驚き、アイル王の元へ駆けつけます。

「陛下!」

「ご無事でしたか、陛下!?」

「いったい何事があったのでしょう!?」

「この有り様は――!?」

 口々に尋ねる衛兵の中には、先ほどまで会議室の守備についていた兵士たちもいました。ヨンたちの魔法で、会議室から追い出されていたのです。

 部屋に集まっていた領主たちに怪我はありませんでしたが、多くの者が座り込み、立っている者たちも蒼白な顔をしていました。まるで地獄でも見てきたような顔つきです。

 アイル王も青ざめていましたが、それでも痩せた足でしっかりと立っていました。マントを開き、くるみ込んでいたトーマ王子を外に出します。王子は震えながら父王にしがみついていました。そっと、おどろがいた場所を眺めますが、そこにはもう何もいませんでした。

「ハ、ハラウン卿の魔法使いが、暴走した。わ、我々の危ないところを、ゆ、勇者たちとロムドの魔法使いたちが、救ってくれたのだ」

 とアイル王は言い、自分の前にへたり込んでいる人物を見下ろしました。ハラウン卿と宰相です。二人とも、呆然としたまま動けなくなっています。

「こ、この二人を連行せよ! お、王の決定を不服に思って、し、城に危険を引き込んだのだ――! しょ、処罰は追って決定する!」

 アイル王にしては意外なほど厳しい声でした。衛兵たちは即座にハラウン卿と宰相を捕らえて縄をかけました。先ほど、あんなに自信満々でいた二人が、うなだれながら連れ去られていきます――。

 

「さ、さて」

 とアイル王が一同に目を向けたので、残った領主たちはいっせいにはいつくばり、低く低く頭を下げました。それはまるで、亡くなった先のザカラス王の面前に出たときのようでした。絶対服従を態度で示します。

 王は、ロムドの四大魔法使いと勇者の一行に向かって言いました。

「と、とんでもない事態になるところを、す、救ってくれたことに感謝する。あ、ありがとう」

「陛下こそ、お怪我がなくてなによりでした」

 と白の魔法使いが答えてお辞儀をしました。青と赤の魔法使いもそれにならって頭を下げます。

 一方、勇者の一行はアイル王に頭を下げませんでした。

「これでザカラスの領主たちにも闇の灰の怖さがわかったよね?」

「闇の灰を一箇所に集めるなんて冗談じゃねえぞ。超巨大なデビルドラゴンが出現して、この国をひと呑みにされちまわぁ」

 とメールとゼンが言います。

 フルートも気を取り直していました。王ではなく、その前にひれ伏している領主たちに向かって言います。

「闇の灰をこのままにしておけば、いつまた今回のような騒ぎが起きるかわかりません。闇の灰が集まれば闇の怪物が生まれてくるし、闇に心奪われて暴走する人間も現れるでしょう。みんなで力を合わせて闇の灰は追い払わなくちゃいけません。それにはザカラスもロムドも関係ないんです」

 ロムドの四大魔法使いたちはうなずきました。

「ロムド国王陛下は、今回の事態をザカラス一国のこととは考えず、ロムドを含めた中央大陸全体の危機とお考えです。そうであるならば、国の名前を越えて、皆で協力するのは当然のことです」

 と仲間を代表して白の魔法使いが話します。

 アイル王はうなずき返しました。

「さ、先ほども言ったとおり、こ、この国のやり方は、国王の私が責任を持って決定する。ロ、ロムドの魔法使いや金の石の勇者たちと力を合わせて、迫り来る闇の灰を払拭する。こ、この決定に不服の申し立てはさせぬ」

 王の宣言に、領主たちはいっそう深くひれ伏しました。もう誰一人として王に反論する者はありません。

 

 全員が王の決定に恭順(きょうじゅん)したことを確認すると、アイル王はまたフルートたちに言いました。

「こ、ここはひどく破壊されてしまった。べ、別の部屋で会議を続けたいと思うのだが、かまわないだろうか?」

「無論です。事は一刻を争います。ザカラスの領主の皆様方と、作戦を練りたいと思います」

 と白の魔法使いが答えましたが、ゼンは不満そうな声を上げました。

「今すぐにかぁ!? マジかよ!」

「ゆ、勇者たちは激戦を行ったばかりで、さ、さぞ疲れていることだろう。だ、だが、この状況をほ、放置しておくわけにはいかない。い、一刻も早く対策を打たなくては、時間が過ぎた分だけ灰が……」

 とアイル王が弁解すると、メールが手を振りました。

「違う違う。ゼンは疲れたって言ってるんじゃないんだ。ただ単に、暴れすぎて空腹だって言ってるだけなんだよ。まったくもう。さっき朝食を食べたばかりなのにさ」

「なんだよ、あれだけ活躍したら腹が減るのは当然だろうが! まずは食え。ドワーフの鉄則だぞ!」

「そんなの、あんたが食いしん坊だってだけのことだろ」

 二人のやりとりに、アイル王は笑い出しました。

「た、確かにそれは大事な鉄則だ。あ、新しい会議室に、軽食を運ばせよう。そ、それを食べながら、作戦会議だ」

「よし、それなら文句はねえ!」

 とゼンが勢い込んで言い、ゼンったら! とメールにあきれられました。フルートやポポロや犬たち、四大魔法使いも声を上げて笑い出します。

 領主たちはまだ彼らの前にひれ伏したままです。

 

 そんなフルートたちを、少し離れた場所からトーマ王子が見ていました。

 魔法と魔法がぶつかり合う激しい戦いも、闇の権化のデビルドラゴンも、人が怪物に変わっていく様も、王子にとっては生まれて初めて経験することばかりでした。もう大丈夫なのだとわかっても、体の震えを止めることができません。

 けれども、勇者の一行はまったく平気な様子で、大人たちと一緒に笑っていました。自分は父王のマントにかばってもらったおかげで、一番残酷な場面は見ずにすんだのですが、彼らはそれも目の当たりにしています。それでもう、平然と次の会議や食事の話ができることが、王子にはとても信じられませんでした。

「金の石の勇者か……」

 とトーマ王子はつぶやきました。それ以上はもう、何も言えません。

 女性のように穏やかなフルートの横顔を、王子はしょんぼりと見つめ続けました。

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