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第20巻「真実の窓の戦い」

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74.乱戦

 「この……生意気な餓鬼どもが! 本気で魔王の私にたてつくつもりか!?」

 とヨンが立ち上がってきました。黒い長衣に血の色の瞳、鋭い牙と長く伸びた爪――魔法使いは闇の民のような姿になっています。

 フルートはその真上からペンダントを向けて叫びました。

「出て行け、デビルドラゴン! その人を解放しろ!」

 魔石が聖なる光を発します。

 ところが、ヨンはまた闇の障壁を張りました。光をはね返し、口元を歪めて牙をむき出します。

「うるさい連中だ! 貴様らのような生意気な奴らは、この部屋ごと、ひと思いに消滅させてやる!」

 とたんに悲鳴を上げたのは、ザカラスの領主たちでした。ヨンの主人のハラウン卿が叫びます。

「よせ! ここには我々も国王陛下も皇太子殿下もいるのだぞ! そんなことをしたら、全員助からないではないか!」

 ハラウン卿と結託(けったく)していた宰相は、血の気を失って口をぱくぱくさせていました。ことばが出なくなっていたのです。

 ふん、とヨンは冷笑しました。

「でぶの俗物が、いつまでも私の主人のつもりでいる。貴様のような奴の命令を私が聞くとでも思っているのか。まず貴様から消えるがいい!」

 ハラウン卿に向かって黒い魔弾が撃ち出されました。赤の魔法使いが張っている障壁に激突して、障壁をガラスのように割ります。

「いかん!」

 白と青の魔法使いはとっさに障壁を張ろうとしましたが、間に合いませんでした。次の魔弾がハラウン卿へ飛びます。

 

 すると、魔弾がいきなり粉々に砕けました。ルルと共に引き返したフルートが、ハラウン卿の前に飛び下りてペンダントをかざしたのです。ハラウン卿にも、他の領主やアイル王たちにも、攻撃は届きませんでした。ハラウン卿は腰が抜けて、へたへたとその場に座り込んでしまいます。

「やめろ!」

 とフルートは叫び、赤の魔法使いと青の魔法使いが一同を守り始めたのを見ると、またルルに飛び乗りました。そこへポチが飛んできて言います。

「ワン、どうやって止めますか? あいつの障壁や攻撃はかなり強力ですよ」

「あいつが闇魔法使いだからよ。デビルドラゴンと一緒になって、闇の攻撃力が上がっているんだわ」

 とルルが答えます。

 すると、フルートが言いました。

「大丈夫だ。チャンスは来る――。ゼンが行ったからな」

 彼らの下をゼンが駆け抜けていました。魔王が張る障壁へまっすぐ突っこんで行きます。

 アイル王にしがみついていたトーマ王子が叫びました。

「危ない! 激突するぞ!」

 けれども、ゼンは全力疾走のまま障壁に飛び込みました。その周囲で障壁が砕け、音をたてて崩れ落ちていきます。

 驚く魔王へ、ゼンは不敵に笑ってみせました。

「さっきもやってみせただろうが。俺には魔法が効かねえんだよ!」

「わ、私は世界最強の魔法使いだぞ! それなのに魔法が効かんというのか!? まさか!」

「まさかでもなんでも、現実は認めろよ、自信過剰のおっさん! それに、てめえは世界最強なんかじゃねえぜ。同じ魔王でも、レィミっていう魔女のおばさんのほうが、はるかに強力でおっかなかったからな!」

 憎まれ口ならゼンにかなう者はありません。魔王のヨンは青ざめるほど腹をたてると、いきなり巨大な雷をゼンの上へ落としました。それが効かないとわかると無数の魔弾を、それも砕かれると巨大なトカゲを繰り出します。

「えぇい、頭から食われろ、坊主!」

 けれども、ゼンは逃げるどころか、自分から大トカゲに飛びついて、むんずと捕まえました。たちまちひっくり返し、高々と持ち上げてどなります。

「ルルとポチだけで部屋が満杯なんだ! これ以上でかぶつを出したら邪魔だろうが! さっさと片づけろ!」

 と大トカゲを投げ返します。

 トカゲの下敷きになった魔王は、トカゲを消して跳ね起きました。よくもよくも……! とわめきます。

 

 ゼンはまた笑いました。

「やっぱり弱いぜ、魔王のおっさん。デビルドラゴンから、力をちょっぴりしかもらわなかったんじゃねえのか?」

 なに!? と魔王は言いました。ゼンはからかっているだけなのですが、急に真剣な表情になって、自分自身へ低く尋ねます。

「本当なのか、闇の親方? あんたは力を出し惜しみしているのか?」

 デビルドラゴンの返事はゼンたちには聞こえませんでしたが、魔王は、はっきりと顔色を変えました。またわめき始めます。

「うるさい! 私に総ての力をよこせ! 私は世界最強の魔法使いだぞ! 貴様の力くらい、難なく使いこなしてみせるわ!」

 それを聞いて、フルートは、はっとしました。これと似たようなやりとりを以前にも聞いたことがあったのです。あれは一角獣伝説の戦いのときのことでした。魔王になった闇魔法使いのロダが、やはりデビルドラゴンを相手に、もっと力をよこせ、と言ったのです。

「よせ!!」

 とフルートは魔王のヨンへ叫びました。

「やめろ! それ以上、力を受けとったら、あなたは――!」

 けれども、一同の目の前でヨンは黒い光を発し始めました。全身がぐんとふくれあがり、頭が天井に届きそうなほどの大男に変わります。

 黒い光に包まれて、ヨンは言い続けました。

「もっとだ! もっと力をよこせ、闇の竜! 貴様の力はこんなものじゃないはずだ! 私をもっともっと強くしろ! このくそ生意気な連中を一瞬で消し去って、この城も国も世界も、すべて私のものにしてやるんだからな! もっと――もっト、ちかラヲ――!」

 ヨンの声が急に甲高く跳ね上がったので、一同は、ぎょっとしました。

「やめろ!!」

 とフルートが必死で叫び続けます。

 その目の前でヨンの姿が変わり始めていました。体が溶け出し、黒い流動物になって床にしたたっていきます。それでもヨンは言い続けていました。

「ソうダ、闇のチカラダ――! 私は、闇使イ――闇ヲ取りコミ、闇とヒトツになり――闇ソノモノニ――」

 ハハハ! とヨンは鋭い声を上げました。苦痛のあえぎにも、自嘲の笑いにも聞こえる声です。全身がすべて溶けて形を失い、黒い塊になって、どさりと床の上に落ちます。悲鳴を上げたトーマ王子をアイル王は抱きしめました。恐ろしい光景を王のマントでさえぎります。

「おどろだ……」

 とフルートはうめきました。闇の魔法使いは元が闇に近い体をしているので、デビルドラゴンから大量の闇を流し込まれると、耐えきれなくなって崩壊してしまうのです。

 ゼンも闇の塊を見て顔をしかめていました。

「馬鹿野郎が。どうしてそこで引き返してこねえんだよ。つまんねえ意地に自分まで食われやがって」

 そこへおどろが襲いかかってきました。黒い泥がゼンを押しつぶし、呑み込もうとします。

「ワン、危ない!」

 ポチが舞い下りてきて、ゼンをすくい上げました。後を追ってきたおどろに、女神官が魔法攻撃を食らわせます。

 

 ルルの背中でフルートはペンダントを堅く握りしめていました。

 おどろになってしまった人間を元に戻す方法はありません。魂まで闇に呑み込まれ、他のものに害をなすことしか考えない怨念(おんねん)になってしまったのです。もうヨンの声も聞こえてきません。

「フルート、早く金の石を!」

 とルルが言いました。おどろは部屋の中に散乱する椅子やテーブルを呑み込み、這いずりながら他の者たちに迫っていたのです。魔法使いたちが魔法で食い止めていますが、再生力が旺盛なおどろは、その反対側で増殖を続けていました。このままでは他の者たちが襲われてしまいます。

 フルートは唇を血がにじむほどかみしめると、ルルと共におどろの背後に回りました。ペンダントを突き出して叫びます。

「光れ!!」

 まばゆい金の光がほとばしり、おどろを照らしました。いままでとは桁違いに強力な光です。気がつくと、願い石の精霊が姿を現して、フルートの肩をつかんでいました。おどろ嫌いの願い石は、呼びもしないうちから現れて、金の石に力を貸したのです。光が当たった場所から闇の泥が蒸発していきます。

 やがて、おどろは縮んで黒い水溜まりのようになり、さらに小さくなって一滴の闇になり、ついに完全に消滅しました。同時に、その場所から黒い影が飛びたちます。それは四枚翼の竜でした。長い首を伸ばして咆吼(ほうこう)を上げ、部屋中をびりびりと震わせながら消えていきます。

 その跡には、本当に、何もなくなりました。金の石が光を収め、願い石の精霊も見えなくなります。

 ごうごうと風の犬の音だけが響く部屋には、ひとかたまりになった領主たちとアイル王とトーマ王子、それに四大魔法使いとフルートたちが残されました――。

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