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第20巻「真実の窓の戦い」

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第25章 乱戦

73.呼び出し

 ザカラス城の会議室では、黒と金の二つの障壁がぶつかり合い、すさまじい音と火花を発していました。闇の障壁は魔王になったヨンを守り、金の石が作る障壁はフルートやアイル王たちを守っています。

 青の魔法使いが攻めあぐね、闇の障壁に一瞬でもゆるみが生じれば、と言うのを聞いて、フルートは背後にいる少女に指示しました。

「ポポロ、魔法だ! あの首輪にポチを呼べ!」

 その視線の先には、銀糸を編んで緑の石をはめ込んだ首輪が落ちていました。闇の障壁の向こう側、魔王になったヨンのすぐ後ろです。先ほどヨンの袖から転がり出たものが、そのまま床に落ちていたのでした。

 メールとゼンは目を丸くしました。

「首輪にポチを呼ぶって……そんなことできるのかい?」

「いくらポポロでも、そんな魔法は使ったことがねえだろう」

 フルートのすぐ後ろでは、青の魔法使いが驚いてました。

「ポチ殿をここに呼び出すというのですか!? とても不可能ですぞ!」

 すると、白の魔法使いが言いました。

「ああ、我々には不可能だ。案内もなしに魔法で呼び出そうとすれば、その人物は別空間で迷って、死ぬまでさまよい続けることになる。だが、それは我々地上の魔法使いの話だ。天空の国の魔法使いのポポロ様なら、きっとおできになるのだろう」

 フルートは前を向いたままうなずきました。

「ポポロにはできるさ。あの首輪はポチが命の次に大事にしている大切なものだ。きっとポチをあそこに呼べる」

 ポポロは両手を強く握り合わせ、ひとりごとのように言っていました。

「首輪とポチはつながっているわ……つながりをたどって、とぎれないように魔法で補強して……ポチを捕まえたら、一気に……」

 ルルは息が止まりそうになっていました。ポポロが魔法を失敗すれば、ポチは永久にこの世界に戻れなくなってしまうのです。

 すると、フルートが彼女を呼びました。

「ルル、来てくれ」

 風の犬になっていたルルは、すぐにフルートの横へ飛びました。

「なに!?」

「頼みがあるんだ――」

 とフルートがささやきます。

 

 光と闇の障壁の向こうから、魔王はフルートたちの様子を見ていました。

「おまえたち、何をこそこそと相談し合っている!? 今さら作戦など立てても無駄なことだ! おまえたちはここで死ぬんだからな!」

 魔王にはフルートたちの声が聞こえていませんでした。障壁がぶつかり合う音が大きすぎて、他の音をかき消していたからです。赤いお下げ髪の少女が、フルートの後ろで両手を組み、祈るように何かをつぶやき始めましたが、その声もまったく聞こえませんでした。

 すると、突然ヨンの口からまたデビルドラゴンの声が飛び出しました。

「止メロ、闇魔法使イ! ぽぽろガ魔法ヲ使ウゾ!」

 ヨンは冷笑しました。

「魔法だと? 魔王になったこの私相手に? よし、受けて立とう。私のこの守りを破れるものなら破ってみろ!」

 闇の障壁がいっそう濃く黒くなりました。金の障壁が、ぐんと押され、ペンダントを構えるフルートが苦しそうな表情になります。

 少女の両手の中に淡い緑の光が現れました。強力になった闇の壁を突き破ることなど、とてもできそうにない小さな魔法の光です。魔王は声を上げて笑いました。

「これは驚いた! これっぽっちの力で私を倒そうというのか! 失望したぞ、勇者たち! その程度でよく世界を救うなどと豪語(ごうご)していたものだな!」

 ところが、ポポロは光を魔王へ投げつけませんでした。急にその場に座り込み、両手を部屋の床に押し当てます。

 とたんに、その服が変わり始めました。青い上着や白い乗馬ズボンが、星のようなきらめきを抱く黒い長衣になっていきます。同時に、両手の緑の光が床に移りました。床板を緑に輝かせながら、二つの障壁の下をくぐり抜けて、まっすぐ魔王へ向かっていきます。

 魔王はすぐに自分の足元の守りも固めました。黒い円盤が魔王の周囲に広がると、緑の光はその下を通り抜けていきました。魔王よりずっと後ろの場所で飛び出し、爆発して光ります。

「どこを狙っている!? そんなへなちょこ弾で私を倒せるとでも思ったのか、馬鹿者どもが!」

 と魔王がまた高笑いします。

 

 すると、ゼンが、ふんと腕組みしました。

「いい気になってるなよ、おっさん。人を馬鹿呼ばわりしてうぬぼれる阿呆(あほう)は、必ず自分に裏切られるんだぜ。俺たちはそんなヤツをごまんと見てきてるんだ」

 ゼンの悪口は部屋に響く轟音の中でも聞こえました。魔王が顔つきを変えます。

「青二才どもが偉そうに! おまえたちのような生意気な餓鬼(がき)には、お仕置きをしなくてはならん。死ぬより苦しい目に遭わせて、嫌と言うほど反省させてやる!」

 ふふん、とゼンはまた笑い返しました。

「その餓鬼を相手に怒りまくってるのは誰だよ。自分より弱く見えるヤツにしかいばり散らせねえ、臆病者のカスのくせによ」

「な――んだとぉ――!!?」

 魔王は本気で腹をたてました。こめかみに血管を浮き上がらせると、両手を突き出して、フルートとゼンを跡形もなく吹き飛ばそうとします。

「危ない!」

 と白と青の魔法使いは杖をかざしました。勇者たちを魔王から守ろうとします。

 すると、ペンダントを構えながらフルートが言いました。

「ゼンの言うとおりだな。人は、自分を最強だと思ったときに、他でもない自分自身に裏切られるんだ。あなたの負けだよ、魔王。あなたの傲慢があなたの足元をすくうんだ」

 兜からのぞく優しい顔は微笑を浮かべていました。何故か、嬉しそうな笑顔です。

「何を薄ら笑いしている! 恐ろしくて頭がおかしくなったか!? しかも、私がいつ負けたというのだ!? 負けたのは貴様たちのほうだぞ!」

 魔王が怒り狂って攻撃を繰り出そうとすると、しゅるっと両脚に何かが巻きつきました。それは、ごうごうと音をたてながら流れる霧と風でした。たちまち魔王の足に絡みつき、勢いよく引き倒してしまいます。

 フルートはすかさず言いました。

「よし、ルル、障壁を突破するぞ! 白さんと青さんは一点集中! 」

 彼らの前で闇の障壁がまたたいていました。魔王がふいをつかれて倒れたので、守備魔法がゆるんだのです。女神官と武僧はそこへ攻撃を集中させました。白と青の光が激突すると、黒い障壁にひびが広がっていきます。

 風の犬のルルはフルートを背中にすくって飛びました。フルートはペンダントを構えたままです。その行く手で金の石が光の範囲をせばめていきました。あっという間に金色の光の柱になり、ひびが入った障壁を貫きます。

 闇の障壁はガラスのような音をたてて砕けました。何もなくなった場所を越えて、フルートとルルが魔王の頭上へ飛んでいきます――。

 

「ワン、フルート! ルル!」

 魔王の足元で犬の鳴き声と話し声がして、絡みついていた霧が、ごうっと天井に舞い上がりました。それは風の犬のポチでした。ルルの横に並び、会議室いっぱいに風の体を流して、ごうごうとうなります。

 ルルが泣き笑いしてそれに飛びつきました。

「どこに行っていたのよ、ポチ!? すごく心配したじゃない!」

「ワン、あの男に捕まって、ずっと城の裏庭の小屋に監禁されていたんだよ。誰も通らないところだったし、口も体も縄でぐるぐる巻きにされてたし、どうしようと思っていたら、急にポポロの声が聞こえて、ここに呼び出されていたんだ」

「ありがとう、ポチ。きっと助けてくれると思った」

 とフルートは言いました。ポポロの魔法は、無事に首輪の中にポチを呼び出していたのです。部屋の様子から状況を察したポチは、ゼンが悪態をついて魔王の気を引いている間に変身して、魔王の足元をすくったのでした。

 ポチはフルートに誉められて得意そうに耳を動かしました。

「ワン、あいつが魔王になったんですね? 行きましょう、フルート! あいつからデビルドラゴンを追い出さないと!」

「そうね。こんな奴、さっさと片づけてしまいましょう!」

 二匹の風の犬はまた、ごうっと音をたてると、魔王のヨンに向かって突進していきました――。

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