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第20巻「真実の窓の戦い」

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72.暴走・2

 会議室の天井から、氷の槍が降ってきました。冷たく光りながら、まっすぐに落ちていきます。その下にいるのは、勇者の一行やロムドの魔法使いたちだけではありませんでした。ザカラスの領主たちやハラウン卿、宰相、アイル王やトーマ王子までもが、立ちすくんだり座り込んだりして、動けなくなっていたのです。彼らを守るものは何もありませんでした。先ほどまで守りの魔法を繰り出していた赤の魔法使いも、傷を負って床に倒れたまま、起き上がれずにいます。

 すると、フルートが跳ね起きて叫びました。

「ルル、変身しろ! みんなは伏せろ!」

 ルルはすぐに風の犬になりました。部屋の中で渦を巻き、体の中に氷の槍を巻き込みます。そこへフルートが炎の弾を撃ち出しました。ルルは炎の渦に変わり、その中で氷が溶けていきます――。

 

 ところが部屋に絶叫が響き渡りました。ルルはフルートたちやアイル王、領主たちを守りましたが、敵のほうへは飛びませんでした。部屋の一角に氷の槍が降りそそぎ、そこにいた青年と老婆を貫いたのです。

「な、何を――ヨン!?」

 と青年は目をむきました。

「な、仲間を刺したね! いったい、なんのつもりさね――!?」

 と老婆も叫びました。氷の槍は二人の背中や胸に深々と突き刺さっています。

 ヨンは冷笑しました。

「どうもしない。ただ、おまえたちが邪魔だから死んでもらうだけだ。おまえたちまでがこの力を手に入れたら、俺の価値が下がるからな。世界一の魔法使いは、この俺一人で充分だ」

 仲間の裏切りに青年と老婆は金切り声を上げました。ヨンへ攻撃を繰り出しますが、魔法は男に届く前に砕け散ってしまいます。

 ヨンは二人を魔法で吹き飛ばしました。青年と老婆が蒸発するように一瞬で消滅してしまいます。跡には一片の骨さえ残りません。

 男は声を上げて笑い続けました。

「すばらしい力だ! あふれんばかりの力だ! この力さえあれば、俺は世界だって征服できるぞ! つまらん男にぺこぺこ頭を下げて、城勤めなんぞする必要もない! 俺は王だ! 世界の覇者なんだ――!!」

 いつのまにかヨンの姿が変わっていました。瞳は赤くなり、口は裂けて両脇から牙がのぞき、手には長い黒い爪が伸びます。同時に、フルートが握っていたペンダントが明滅しながら鳴り出しました。

 シャラーン……シャララーン……シャラララーン……。

 それは魔王がこの世に現れたことを知らせる合図でした。闇の灰のデビルドラゴンを取り込んだヨンは、仲間を殺し、ついに魔王に変わってしまったのです。

 

 フルートはヨンの前に飛び出しました。他の全員を背後にかばって叫びます。

「戻れ! 自分からデビルドラゴンを追い出すんだ! 今ならまだ間に合う!」

 へっ、とヨンはまた笑いました。笑うと口元がめくれて、大きな白い牙がむき出しになります。

「何故、追い出す必要がある? こんなすばらしいものを。俺を世界の王にしてくれる力だというのに!」

 フルートの後ろで、ゼンが顔をしかめました。

「ったく。魔王になったヤツってのは、どうしてこう、判で押したように同じことを言いやがるんだ?」

「ホント、なんでそんなに王様になりたがるんだろうね? 理解できないよ」

 とメールも言います。その手元では、数輪の花が蝶のように飛び回っていました。花で攻撃を仕掛けたいところでしたが、数が少なすぎて、手が出せなかったのです。

 フルートはペンダントをヨンへ向けました。強く念じながら叫びます。

「光れ、金の石!! あの人からデビルドラゴンを追い出せ!!」

 魔石がまばゆく光り出します。

 

 ところが、魔王になったヨンは、自分の前に黒い光の壁を張りました。闇の障壁です。金の石の聖なる光と、闇の壁が激突して音をたて、金と黒の火花をまき散らします。

 ふん、とヨンは鼻で笑いました。

「小さい、小さい。それっぽっちの光で俺を消せると思っていたのか」

「勇者殿!!」

 とロムドの四大魔法使いが駆けつけてきました。ここまでずっと、ヨンの魔法に抑え込まれていたのですが、金の石の光を浴びたとたん、また動けるようになったのです。ヒョウに深手を負わされた赤の魔法使いも、すっかり傷が治っていました。

 フルートは魔法使いたちに言いました。

「アイル王たちを守ってください! 光と闇のぶつかり合いが激しすぎて危険です!」

「タ! ワ、ル!」

 と赤の魔法使いが杖を掲げました。アイル王やトーマ王子、宰相や領主たちが赤い光の壁に包み込まれます。

 青と白の魔法使いは杖を構えてフルートに言いました。

「力をお貸ししますぞ! 奴の障壁を撃ち破りましょう!」

「壁に穴が空いたら、勇者殿が攻撃なさってください!」

 ほとばしった青と白の光が金の光に混じり合い、じりっじりっと黒い障壁を押し始めます。

 同時に音と火花がいっそう激しくなったので、王や領主たちは思わず声を上げました。トーマ王子は父王のマントにしがみついています。

 

 すると、耳をふさぐような轟音の中に、こんな声が聞こえてきました。

「何故ダ、金ノ石ノ勇者タチ――何故、オマエタチハ、コンナニ様々ナ場所ニ現レルノダ――?」

 ヨンの唇が動いていますが、声はまるで地の底から響いてくるようでした。デビルドラゴンが、ヨンの口を通じて話しかけているのです。

「我ハ、ゆらさいノ長壁デ、オマエタチガ食魔ト戦ッテイルト知ッテ、オマエタチノ芳枝ヲ消シ去ッテヤッタ。ダガ、ソノスグ後ニ、オマエタチハろむどノれこるニ姿ヲ現シタ。風ノ犬デモ渡リ切レナイ、ワズカナ時間ダ。サラニ、ソノ数時間後ニハ、オマエタチハ、コノざからす城ニ現レタ。――オカシイ。コンナ短時間ニ、人間ノオマエタチガ世界ヲ渡リ歩ケルハズガナイ。オマエタチハ、ドコカラソノチカラヲ得タ? オマエタチハ、ナンノタメニ世界ヲ渡リ歩イテイル? オカシイ。オカシイ。絶対ニ何カガオカシイ」

 デビルドラゴンは、フルートたちが竜の宝の手がかりを探し回っていることを知りません。ですが、彼らが真実の窓をくぐって世界各地に現れているために、何かが変だ、何か企んでいるのではないか、と勘づき始めたのです。魔王の赤い瞳が、心の奥底までのぞき込むように、フルートやゼンたちを見つめてきます。

 

 ところが、魔王はすぐに見つめるのをやめました。ふん、と鼻で笑って、また元のヨンの声に戻ります。

「何を気にしている、闇の親方。こんな連中は今すぐここでひねりつぶすんだから、何も心配することなんかないだろう」

 それに答えるデビルドラゴンの声は、もう聞こえてきませんでした。聖と闇、二つの光がぶつかる音だけが、雷鳴のように響きます。

「さぁて、そろそろ本気を出すか。おまえらの神さまに祈りでも捧げていろ。これから死んでそっちに行くから、よろしくってな!」

 黒い障壁の奥でヨンがまた手を上げました。その手のひらから、黒い光の弾が飛び出してきます。魔王の得意技の魔弾です。闇の障壁をすり抜けて金の障壁にぶつかり、バリバリッとまた大きな音を響かせます。

 フルートは顔色を変えました。魔弾を食らったとたん、金の石にも強い衝撃を感じたのです。元が闇魔法使いの魔王は、魔法の力がことさら強いのに違いありません。ペンダントを持つ手が、じぃんとしびれます。

「しっかり、勇者殿!」

 と白の魔法使いが言いました。

「奴の闇の障壁に一瞬でもゆるみが生じてくれれば!」

 と青の魔法使いは期待するように言います。そうすれば、攻撃に転じるチャンスも生まれるのです。

 すると、フルートは一瞬考え、背後に向かって言いました。

「ポポロ、魔法だ! あの首輪にポチを呼べ!」

 そう言ってフルートが見つめたのは、魔王の後ろにぽつんと落ちている、銀色の細い首輪でした――。

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