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第20巻「真実の窓の戦い」

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71.暴走・1

 闇の灰が集まった場所から生まれてきたのは、デビルドラゴンでした。小鳥ほどの大きさで、全身が灰でできていますが、それでもすさまじい闇の気配で部屋の人々を圧倒します。

 フルートたちやロムドの魔法使いたちは、それを振り切って戦いましたが、デビルドラゴンは再び灰に戻り、壮年の魔法使いの中へ消えていきました。壮年の男は、呆然と膝をついたままでいます。

 フルートは男へペンダントを突きつけました。

「光れ!」

 とたんに金の石がまばゆく輝き、部屋中を照らしました。煙のようにたれこめていた火山灰が、溶けるように消えて、部屋の中の空気が綺麗になります。ずっと咳き込んでいたトーマ王子や領主たちも、ようやく息が楽になりました。

 勇者の一行がフルートの元に集まってきました。ゼン、メール、ルルを抱いたポポロ――金の石の光が照らしたので、床にたたきつけられたゼンやルルはまた元気になっていました。

「消せたか!?」

 とゼンに聞かれて、フルートは首を振りました。

「だめだ……! 光があの人の体でさえぎられて、中まで届かないんだ!」

「え、だって、魔王になれば聖なる光で溶けて、元に戻るはずじゃないのさ!?」

「あの人、まだ魔王にはなっていないのよ! ただ闇の灰に取り憑かれただけなんだわ……!」

 とメールやポポロが言います。

 

 すると、壮年の男はゆっくりと自分の両手を見ました。呆然としていた顔が、やがて、にやりと壮絶な笑いを浮かべます。まるで肉食獣が牙をむいたような表情です。

「これはこれは……。闇の灰というのは、こんなに我々の力を伸ばすものだったのか。すばらしいな。これを恐れて消そうとするとは、ロムドの連中はなんと臆病で愚かなんだ。賢く利用すれば良いものを」

「よせ! 闇の誘惑に取り込まれるな!」

 と女神官が言いました。

「闇に魂まで食われますぞ! 今すぐ自分の中から追い出しなさい!」

 と武僧も言いますが、壮年の男は聞き入れませんでした。逆に彼らへ手を向け、黒い光を撃ち出して、白と青の魔法使いを包みます。とたんに二人の体は天井近くまで浮き上がりました。ぐるぐると空中で何度も回転してから、奥の壁へたたきつけられてしまいます。大陸に名高いロムドの四大魔法使いが、子どものような扱いです。

「シロ、アオ!」

 人々を守っていた赤の魔法使いが飛び出そうとすると、その目の前には大きな黒ヒョウが現れました。一声うなって赤の魔法使いを殴り飛ばし、また消えていきます。ムヴアの魔法使いは血をまき散らして倒れました。黒い顔から胸にかけて、獣の爪痕が長く走っています。

「赤さん!」

 とフルートは走り、すぐに壮年の男に行く手をふさがれました。男がにやにやして言います。

「貴様らは必要ないと言っているんだ、ロムドの豚ども。とっとと豚の親方がいるロムドに帰れ」

 豚の親方というのはロムド王のことです。フルートは男をにらみ返しました。

「人間にデビルドラゴンの力は使いこなせない。奴に自分を奪われる前に、闇を追い出せ!」

「こわっぱが偉そうに」

 と男は言いました。笑い顔がいっそう冷ややかになります。

「本当だ! 奴は闇の力で世界を滅ぼす! あなただって、必ず奴に殺されてしまうぞ!」

「だから、闇を恐れるだけの馬鹿者だと言っているんだ。我々は闇の力を利用する魔法使いだぞ。この絶大な力を手放して消し去る理由がどこにある?」

 話し合いになりません。

 

 フルートは後ろに控える仲間たちに言いました。

「ゼン、この人を抑えろ! ポポロ、この人から闇の灰を追い出すぞ!」

「おう!」

「はいっ!」

 ゼンとポポロが壮年の男へ駆け出しました。先に出たのはゼンでした。男につかみかかろうとします。

 すると、その目の前にまた黒ヒョウが現れました。牙をむいて襲いかかってきます。

「るせぇ! 邪魔するな、黒猫野郎!」

 とゼンはヒョウを殴り飛ばそうとしました。大熊も殴り殺すゼンです。ヒョウなど敵ではありません。

 ところが、その間にフルートが飛び込んできました。ゼンを体で止めて盾をかざします。

 とたんに、盾にヒョウの前脚が当たって耳障りな音をたてました。盾から長く鋭い爪がはみ出しています。ヒョウが前脚から刃物のような爪を伸ばしたのです。まともに食らったら、ゼンの頭が切り落とされたところです。

 フルートはヒョウを盾で防ぎながら、その腹に剣を突き立てました。ヒョウが絶叫して炎に包まれます。

「行け、ゼン、ポポロ!」

 自分の体とマントで炎を防ぎながら、フルートは言いました。その優しい顔は、自分自身が燃えているように、苦しそうな表情を浮かべています――。

 ゼンは男に飛びつき、腕を捕まえて動きを封じました。ポポロはその後ろに回り、男の背中に両手を押し当てて、魔法を送り込もうとします。

 すると、ルルとメールが叫びました。

「危ない、ポポロ!!」

 青年と老婆の二人が、ポポロへ魔法を繰り出そうとしていたのです。ルルは青年の腕にかみつき、メールは部屋の隅の花瓶から花を飛ばしました。黄色い花が茎を伸ばし、蜂のように老婆の手を刺します。

 二人の魔法使いは飛びのき、痛みに顔を歪めてどなりました。

「ヨン、その力をあたしたちにも分けてよこしなよ!」

「そうだ! あんただけ強くなって、ずるいじゃないか!」

 フルートたちは、はっとしました。闇の灰が他の二人にも乗り移ったら、強力な敵が三人に増えます。

「させるかよ!」

 と男をたたき伏せようとしたゼンが、逆に、ぐわっと持ち上げられてしまいました。ヨンと呼ばれた男は、闇の灰を取り込んで、今までより強くなっていたのです。ゼンを投げ飛ばすと、振り向いてポポロも捕まえようとします。

 ポポロは悲鳴を上げて飛びのきました。男がそれを追って捉えようとすると、間にまたフルートが飛び込んできて、ペンダントを突きつけます。

「光れ!」

 けれども、やっぱり金の光は男を止めることはできませんでした。フルートがその場に殴り倒されます。

 

「や、やめよ!!」

 とアイル王は叫びました。

「ま、魔法使いの暴走を止めよ、ハ、ハラウン卿!! せ、世界を救う勇者を、こ、殺す気か!?」

 ハラウン卿も宰相も、この状況には完全に顔色をなくしていました。フルートやゼンだけでなく、ロムドの四大魔法使いも深手を負って倒れています。彼らはロムドの勢力をザカラスから追い出そうとしただけなのに、このままでは、怒ったロムドとザカラスが全面戦争に陥ってしまいます。

 ハラウン卿は金切り声を上げました。

「やめろ、おまえたち!! やり過ぎだ! 今すぐやめて城に引きあげろ!!」

 ところが、ヨンは自分の主人の命令にも冷ややかに笑うだけでした。

「お断りしますよ、殿様。この連中と私と、どっちが上なのか、身をもって思い知ってもらいましょう」

 そのことばと同時に、部屋の天井付近に鋭く輝くものが現れました。槍(やり)のように先が尖った、無数の氷の塊です。

 何をする!? とハラウン卿が悲鳴のように叫ぶ中、氷の槍は部屋の中へと落ちてきました――。

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