ザカラス城の会議室が白くけむり、人々は息苦しくなって咳を始めました。フルートやロムドの四大魔法使いと対立し、アイル王に謹慎を命じられた魔法使いたちが、火の山から噴き出した火山灰を部屋に呼び込んだのです。闇の灰よ! とルルが警告します。
一同は仰天しました。
「何をするつもりだ!? 馬鹿な真似はやめろ!」
とフルートが叫ぶと、壮年の魔法使いは涼しい顔で答えました。
「別におまえたちに危害を加えるつもりはない。ただ、我々の力とやり方に、しっかり納得してもらうだけだ」
「納得だとぉ!?」
とゼンはどなり、とたんに灰を吸い込んで、げほんげほんと咳き込みました。火山灰は非常に細かいので、部屋の中をかすませながら煙のように漂っています。
フルートはすぐにペンダントを外して掲げました。聖なる光で闇の灰を消し去ろうとします。
「おっと、そんなことはさせないよ」
と青年の魔法使いが片手をフルートへ向けました。次の瞬間、フルートの体が大きく吹き飛び、会議室の椅子やテーブルに激突します。
「勇者殿!!」
ロムドの四大魔法使いは杖を握って助けに飛び出しました。黒衣の魔法使いたちを抑え込もうとします。ところが、三人ともがフルートと同じように吹き飛ばされました。両手を向けていた黒衣の老婆が、しわだらけの顔で笑います。
「あんたたちにはね、何もさせないんだよ。ロムドの四大魔法使いか何か知らないけどね、今じゃ、あんたたちより、あたしたちのほうが優秀なんだからね。そぉら、論より証拠、あんたたちはもうあたしの魔法から抜け出せないよね?」
老婆の言うとおり、女神官も武僧もムヴアの魔法使いも、倒れた場所から立ち上がることができませんでした。見えない大石が体に乗っているように、身動きが取れません。声を出すこともできませんでした。
青年がにやにやしながら仲間に言いました。
「早く王様たちにやってみせなよ。このままじゃ、ぼくたちがお城で反乱を起こしているみたいだからさ」
「まったくだ。ただ見物してもらいたいだけなのに、なんでこんな大騒ぎになるんだろうな」
と壮年の魔法使いも言うと、自分の前で手を振りました。とたんに部屋の中で風が巻き起こり、煙のような灰が渦を巻き始めました。壮年の男の前に灰が集まり始めます。
「な、何をするつもりだ、ま、魔法使い!?」
アイル王が片袖で口を抑えながら尋ねました。その後ろではトーマ王子が激しく咳き込んでいます。
壮年の男は余裕たっぷりに会釈を返しました。
「恐れながら、ただ我々の作戦の有効性をお見せしたいだけでございます、陛下。空中にあれば、こんなふうに広がって大勢を悩ませる灰ですが、一箇所に集めて飛び散らないようにすれば、さほど大変でもなくなるのですから」
すると、アイル王の横からゼンが飛び出しました。
「いい加減にしろ、阿呆ども! そんなことをしたら、灰が怪物になっちまうだろうが!」
と魔法使いたちへ飛びかかっていきます。
「おっと。君もおとなしくしていてくれないかな」
と青年の魔法使いがゼンへ手を向けました。フルートのように、ゼンも吹き飛ばそうとします。
ところが、ゼンは止まりませんでした。たちまち青年に駆け寄って殴り飛ばし、体を回転させて、壮年の男を思いきり蹴り飛ばします。
けれども、相手は魔法使いでした。攻撃を食らう寸前にその場から消えると、少し離れた場所に現れて、驚いた顔をします。
「貴様は魔法が効かないのか?」
「やれやれ。頭は悪そうだけど、力はありそうだなぁ」
「なンだとぉ!?」
ゼンはますます腹をたて、また飛びかかって行きました。二人の男は再び姿を消そうとしましたが、今度は飛ぶことができませんでした。ゼンが二人の長衣を両手で捕まえてしまったからです。
は、放せ! と焦る男たちを、ゼンは、ぐいと引き寄せました。
「急に強くなったからって、うぬぼれんじゃねえ! てめえらが何をしようとしてるのかもわからねえ、大馬鹿野郎のくせに!」
と足元にたたきつけてしまいます。二人の男はゼンの手を振り切ることができませんでした。床に激突して、うめき声を上げます。
「ヨン! ダーパン!」
老婆が仲間の名を呼んだとたん、抑え込まれていたはずの赤の魔法使いも動き出しました。
「ロ、メ!」
と言ってハシバミの杖を老婆へ突きつけます。彼は光や闇とは異なる体系の魔法使いなので、老婆の魔法を振り切ることができたのです。老婆も跳ね飛ばされて、部屋の反対側の壁へたたきつけられてしまいます。
とたんにフルートと白と青の魔法使いも動けるようになりました。
フルートが跳ね起きて叫びます。
「灰が集まり続けている! 早く消さないと!」
黒衣の魔法使いたちを倒しても、先に繰り出された魔法はまだ生きていて、部屋の中の灰を一箇所に集め続けていたのです。
女神官は武僧とムヴアの魔法使いに言いました。
「青、灰を散らすぞ! 赤、陛下たちをお守りしろ!」
部屋の別の場所では少女たちが動き出していました。フルートが吹き飛ばされたときに、ペンダントが部屋の隅に飛んでしまったのです。メールとポポロがそちらへ走ります。
ルルは風の犬に変身して灰の渦へ飛んでいきました。自分の体で闇の灰を散らそうとします。
ところが、ルルの目の前で、渦巻く灰が急に形を変えました。長い首と翼が現れ、一匹の竜の形になります。ルルはとっさに身をひるがえしました。風の尾で灰と竜をたたくと、灰は吹き散らされましたが、同時にルルの変身も解けてしまいました。雌犬の姿に戻って床に落ちます。
「ルル!」
ポポロは悲鳴を上げて引き返し、ルルを抱いてその場から逃げました。空中の灰は散りましたが、中心の竜はまだ残っていたからです。そこに向かって再び灰が集まり始め、竜の背中に翼が現れます。コウモリのような羽根がまず二枚、続けてもう二枚――。
部屋にいる一同の背筋を、ぞぉっとすさまじい恐怖が走り抜けました。灰の中心に現れたのは、四枚翼の竜でした。部屋に充満した禍々しい(まがまがしい)気配に圧倒されて、誰もが立ちすくんでしまいます。
けれども、真っ先にその呪縛を振りほどいたのは、フルートでした。
「デビルドラゴンだ! みんな心を強く持て!」
と叫びながら走り、メールが拾い上げていたペンダントを、ひったくるように受けとります。
フルートの声に、白と青の魔法使いも我に返りました。女神官が声高く言います。
「ここは光の使徒(しと)が集う城だ! 闇に支配されるべき場所ではない! ユリスナイの名の下に命じる。悪しき竜よ、この場所から立ち去れ!」
武僧も太い杖を突きつけて言いました。
「我が主(あるじ)、武神カイタも、地上に闇が君臨することを絶対に許さない! 即刻立ち去れぃ、闇の竜!」
杖が発した白と青の光が、一つに絡まりながらデビルドラゴンへ飛びます。
とたんに、竜は四枚の翼を打ち合わせました。ばさり、と意外なほど大きな音が響き、竜が見えなくなってしまいます。二色の聖なる光は何もない空間をむなしく貫きました。フルートもペンダントを握ったまま立ちすくみます。デビルドラゴンの姿を見つけることができません。
すると、ポポロが言いました。
「あそこよ!」
彼女が指さしたのは、壮年の魔法使いのすぐ上でした。羽ばたきながら、空中に浮いています。
「この!」
すぐ近くにいたゼンがデビルドラゴンを殴り飛ばそうとすると、いきなり、ばん、と空中で爆発が起きました。爆風がゼンを吹き飛ばします。
一方、壮年の魔法使いのほうは、爆風に倒されることはありませんでした。床に膝をついたまま、呆然と灰の竜を見上げています。
フルートは、ぎょっとしました。この光景には覚えがあります。デビルドラゴンは、自分の宿主を決めるときに相手の精神に呼びかけて、その心の闇に巣くうのです。灰の竜の頭に赤い二つの目が現れて、じっと男を見つめています。
フルートは急いでペンダントを男に向けました。
「光れ! デビルドラゴンを追い払え!」
けれども、金の石は間に合いませんでした。聖なる光が輝く前に、竜は灰に戻り、吸い込まれるように男の体の中に消えていってしまいました――。