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第20巻「真実の窓の戦い」

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69.対立・2

 いきなり会議室にトーマ王子とフルートたちが現れたので、集まっていた人々は仰天しました。宰相や領主たちは元より、魔法使いや衛兵たちでさえ、突然発作を起こした国王に気を取られて、彼らが部屋に入ってきたことに気づかなかったのです。

 トーマ王子は非常に怒った顔をしていました。家臣たちをにらみつけ、厳しい口調で言い続けます。

「控えろと言っている! 父上が寛大なお気持ちで諸君の意見を聞こうとしているのに、そのご厚情を勘違いするな! ザカラス王はザカラスそのものだ! ザカラスのやり方は、ザカラス王ご自身がお決めになることだ!」

 トーマ王子はまだ十二歳という年齢ですが、その表情や口調は、亡くなった先の国王のギゾン王にそっくりでした。宰相や諸侯は先王が現れたような錯覚に陥って、思わず椅子から立ち上がり、その場にひれ伏してしまいました。ギゾン王は家臣に自分の目の前で着席したり立ったりすることを、絶対に許さなかったのです。

 すると、そんな人々の横を抜けて、フルートがアイル王へ駆けつけました。

「陛下、大丈夫ですか!?」

 とアイル王へ金のペンダントを押し当てようとします。

 ところが、アイル王はフルートの手をつかみ、フルートの体で自分の表情を隠しながら、そっと片目をつぶって見せました。

「だ、大丈夫だ……そ、そなたたちが隠し通路から飛び出してきたので、し、芝居をしただけだ……」

 とフルートだけに聞こえるようにささやきます。

 隠し通路はザカラス王族とごく一部の者しか知らない、ザカラス城の極秘事項です。会議室に居合わせた人々は知らないことだったので、アイル王はとっさに発作を起こした真似をして、人々の注目を自分に惹きつけたのでした。思いがけない王の行動に、フルートは呆気にとられてしまいます。

 

 そこへ他の仲間たちが駆けつけてきました。アイル王が金の石の力で元気になったように見えたので、ゼンがあきれて言います。

「ったく。なんでこんな連中に好きなように言わせてんだよ? あんたはザカラスの王様だろうが。家来に意見を求めるのと、連中に好き勝手させておくのは、まったく別のことだぞ」

 相変わらず、相手が国王だろうがなんだろうが、ちっとも敬意を払おうとしないゼンです。

 アイル王は苦笑しました。

「す、好き勝手させているわけではない。た、ただ、私は、く、口がたたない。は、話も早くはないので、ことばが追いつかなかっただけだ……」

 そこにトーマ王子もやってきたので、アイル王はまた笑いました。今度は優しい微笑みです。

「わ、私のことばが間に合わなかったことを、よ、よくぞ言ってくれた、トーマ。おまえの言うとおり、この国のやり方は、こ、国王の私が責任を持って決定する――。や、闇の灰を払拭するには、わ、我が国の力だけでは不可能だ。ロ、ロムドの魔法使いたちと協力し、彼らの示す計画に沿って実行することにする」

 それは、ロムドの意見ややり方に全面的にザカラスが従う、という決定でした。家臣たちは思わず頭を上げて反論しようとしましたが、トーマ王子から、控えろ! と叱られると、その場にまたひれ伏してしまいました。それほどに、トーマ王子は亡きギゾン王を彷彿(ほうふつ)とさせたのです。

「へぇ。やるじゃん、王子様」

 とメールが感心してつぶやきます。

 

 すると、ルルが急に仲間たちの間から出ていきました。くんくんと匂いをかぎながら家臣たちへ近づいていき、やがて壮年の魔法使いのところまで来ると、厳しい声で言います。

「ポチの匂いだわ! あなたね、彼を誘拐したのは!? ポチはどこ!? 今すぐ解放しなさいよ!」

 たちまちハラウン卿と宰相は顔色を変え、他の領主は驚きました。

「ゆ、誘拐だと? ど、どういうことだ?」

 とアイル王が厳しい声になります。

「はて、いったい何のことやら、私どもにはさっぱり――」

 と壮年の魔法使いは体を起こしました。さりげないしぐさで、自分の長衣の片袖にもう一方の手で触れようとします。

 とたんにポポロが叫びました。

「その人、そこにあるものを魔法で消そうとしてるわ!」

 それを聞いて、ルルは魔法使いの手に思いきりかみつきました。男が悲鳴を上げると、すぐに口を開け、今度は魔法使いの衣の袖に飛びかかって食いちぎります。そこから転がり出てきたのは、犬の首輪でした。細い銀糸を編んだような輪には、緑色の石がはめ込まれています。

 たちまちフルートが壮年の男に飛びつきました。

「これはポチの首輪だ! ポチはどこだ!?」

 魔法使いの男はフルートに胸ぐらをつかまれて、目を白黒させました。見た目は細身で優しげなフルートですが、意外なほど力があって、振りきることができなかったのです。

「い、言いがかりだ……。これは、ここに来る途中に落ちていたものを拾ったんだ。ポチなんて犬は……」

「黙れ!」

 とフルートはどなりました。普段の彼からは想像もできない激しい声に、魔法使いもアイル王も他の人々もびっくりします。

「おまえがこれを持っていたのは、会議中にぼくたちにこれを見せて、ポチを誘拐していると知らせるためだ! ぼくたちに会議に口出しさせないために――! ポチを返せ! 今すぐ、ここに!!」

 とたんに魔法使いは憎々しい顔つきになりました。そばに立っていた二人の魔法使いも、剣呑(けんのん)な表情に変わります。その指先からフルートへ攻撃魔法が飛んでいきます――。

 けれども、魔法はフルートに届く前に、光の火花になって砕け散りました。女神官と武僧の魔法使いが立ち上がり、杖を掲げて守ったのです。

「やめんか、馬鹿者!」

 とハラウン卿は飛び上がって部下をどなりつけました。王の目の前で同盟国の勇者を攻撃するなど、とんでもないことです。

 さすがのアイル王もこれには腹をたてました。椅子から立ち上がり、わなわなと体を震わせて、強く命じます。

「さ、宰相、ハラウン卿、りょ、両者には謹慎を申しつける! わ、私の命令があるまで、さ、下がっておれ! そこの魔法使いたちも、い、一緒だ!」

 宰相とハラウン卿は真っ青になってひれ伏しました。他の領主たちも、とばっちりを食らっては大変、といっせいに平身低頭します。彼らが頭を下げている相手はもう、トーマ王子や亡きギゾン王ではありませんでした。痩せた体に王のマントをはおり、金の冠をかぶったアイル王です。

 

 ところが、ハラウン卿の三人の魔法使いたちだけは、少しも恐れ入った様子をしていませんでした。壮年の男は魔法でフルートの手を払って仲間たちの元へ戻ると、ふん、と尊大に頭をそらしました。

「我々だけで充分だ、と何度言えばわかるんだ。わからず屋どもが。かくなるうえは、実際に見せてやるしかないな」

「そうだね。ぼくたちの力ややり方に納得がいけば、どっちの言うことを聞けばいいかも、自然とわかるだろう」

「やれやれだね。お馬鹿さんたちの相手はね、なかなか骨が折れるよね……」

 と青年と老婆の魔法使いが賛同します。

「何をする気だ!?」

 と白の魔法使いは言い、その後ろで青と赤の二人の魔法使いが杖を構えました。ザカラスの魔法使いたちが攻撃をしかけてくるのではないか、と考えたのです。

 すると、壮年の男はまた尊大に笑いました。

「いいや、攻撃などせんよ。ただ、我らの魔法が有効だと証明してみせるだけだ。こうやってな」

 ザカラスの三人の魔法使いが同時に手を振ると、部屋の中が急に白くけむり始めました。突然、部屋に煙が充満したのです。げほん、ごほんと、人々が咳を始めます。

 ルルは顔をしかめ、背中の毛を逆立てて叫びました。

「この匂い! これは闇の灰よ!!」

 自分たちの力を誇示(こじ)しようとする魔法使いたちは、はるか南西の空からこのザカラス城の会議室へ、闇の火山灰を呼び込んだのでした――。

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