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第20巻「真実の窓の戦い」

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66.会議室

 ザカラス城の会議室では、アイル王の宣言で話し合いが始まりました。議題は迫り来る火山灰をどうやって防ぐことができるかです。

 先のザカラス国王であるギゾン王の時代に、このような話し合いが開かれることはありませんでした。何もかも王が一人で考え判断して、命令を下していたからです。家臣に会うときにも、王は謁見の間で一段高い場所に立ち、絶対に相手に立ち上がることを許しませんでした。家臣たちと同じ場所に立ち、同じテーブルを囲んで会議を開くアイル王のやり方は、これまでのザカラスの政治とはずいぶん形態がちがっています。

「そ、それで、現在の火山灰の飛来状況は、ど、どのようになっている?」

 とアイル王が尋ねたので、テーブルの末席に座っていた男性が、丸めた羊皮紙を広げながら立ち上がりました。彼は他の家臣のような有力者ではなく、火山灰の調査に携わった調査官でした。

「それでは、報告させていただきます。我が国と南西諸国の間に位置するメラドアス山地の火の山は、昨年の九月上旬から盛んな噴火活動を起こし、大量の火山灰を排出しました。この灰はすでに西風に乗って、我が国や隣国ロムドまで流出し、我が国の沿岸各地と内陸の中南部に大寒波を引き起こしました。寒波は二月下旬の現在もなお継続中です。この寒波による被害が拡大した理由ですが、火山から噴出された灰が日光を遮蔽(しゃへい)して減少させ――」

 

 白の魔法使いはちょっと口元を歪めると、報告をさえぎりました。

「失礼ですが、その報告は我々にも、ここにお集まりの方々にも、すでに承知の内容と思われます。ことは急を要しています。既知(きち)の情報は省略して、今後の対応に重要なことだけを伺わせてください」

 これがゼンならば、「わかりきったことを言ってんじゃねえ! 時間の無駄だから大事なことだけ話せ!」とどなるところですが、白の魔法使いはさすがにそんな言い方はしません。それでも、報告をしていた調査官は、むっとした顔になりました。

「我々は王のご命令を受けて、この三週間、全力で調べ上げてまいりました。灰はすでにそちらの国にも届いていますが、火の山が噴出した最大の火山灰の雲は、今ようやく我が国の南西部に届いたところです。その状況で、我々より詳しくご存じだと言われるのですか?」

 口調は丁寧でも、よそ者が偉そうに何を言っている、と考えていることがはっきり伝わってきます。

 女神官はそれを無視してアイル王へ言いました。

「我々の部下が昨夜のうちに火の山の近くまで飛んで、調査結果を持ち帰りました。それを報告してもよろしいでしょうか?」

「き、聞かせてもらう」

 と王が言ったので、白の魔法使いは立ち上がり、片手を宙に上げました。とたんに、空中に山々とたれ込める濃い雲が現れたので、おおっ、と居並ぶ貴族たちは驚きました。景色が宙に映し出されたのです。アイル王は眉をひそめました。

「こ、これはメラドアス山地の様子か。あ、あのひときわ高くそびえるのが、火の山で、こ、このたれ込める雲が、火山灰なのだな」

 女神官はうなずき、片手の上に山々の映像を浮かべながら話し出しました。

「これが、火の山から噴出した最大の灰の雲です。西の端はまだ火の山の麓にかかっていますが、風に押されて、ゆっくりと東へ向かってきています。その先端が、先ほどの報告にもあったように、このザカラス国の南西の国境にかかってきているわけです。その雲の大きさは最大の部分で東西に百二十キロ、南北に九十キロ、それが広がりながら流れてくれば、ザカラス国の南部はすっかり雲の下になります」

「こ、これから季節は春に向かう――。だ、だが、厚い灰の雲がやってくれば、暖かな日ざしはさえぎられてしまうだろう。わ、我が国の南部に、は、春は訪れなくなる、ということだ」

 とアイル王が言うと、女神官は首を振りました。

「それだけではありません。雨雲が雨を、雪雲が雪を降らせるように、この灰の雲は下の地域に灰を降らせ続けるのです。ザカラス南部は灰の色に染まり、作物は枯れ、餌を失った家畜たちは飢え死にします。そうなれば、人間も生きてはいけなくなります。大勢の死者が出るでしょう」

 ザカラスの貴族たちは、青ざめて山と灰の雲の映像を見つめていました。話に聞くのと実際に見るのとでは大違いです。火山灰が及ぼす影響の大きさを実感して、ことばを失ってしまいます。

 調査力の差を見せつけられた調査官が、こそこそと部屋を逃げ出します――。

 

「この灰は地上に大変な被害を及ぼします」

 と白の魔法使いは話し続けました。

「本格的にザカラス国に流れ込む前に食い止め、危険がない程度にまで薄めて散らさなくてはなりませんが、灰の雲が空にあるので、通常の方法では不可能です。大きな魔法の力が必要になるので、ロムド国王陛下が我々魔法軍団の派遣をお決めになりました」

「ゆ、友邦ロムドの賢王に、この世のすべての幸いあれ。ま、まことにありがたいことだ。わ、我がザカラス城にも、ジーヤ・ドゥという強力な魔法使いがいたのだが、か、彼は禁じられた魔術に手を染め、や、闇に心奪われて、城の乗っ取りをたくらんだあげくに、し、死んでしまった……。正直、わ、我が城には現在、ロムドのように有能な魔法使いが、そ、揃ってはいないのだ。だ、だが、ロムドにばかり頼るのも、く、国を守る王としては情けない。そ、そこで、我が国でも有数の諸侯に、あ、集まってもらったのだ。こ、ここに集まっている者たちは、み、皆、自分の城に優秀な魔法使いを抱えている」

 白の魔法使いはうなずき、火の山と灰の雲の映像を消してから言いました。

「我々魔法軍団は二十一名おります。ザカラス側では何名程度の魔法使いを作戦に参加させられるでしょうか?」

「ザ、ザカラス城からは、な、七名だ」

 とアイル王は言いました。

「私の城からは一名です」

 と末席に近い場所に座っていた貴族が言いました。私の城からも一名、私の領内からは二名、と次々に領主たちが魔法使いの数を言っていきます。それぞれの人数は多くはありませんが、領主の数が多いので、合わせればロムド側と同じ程度の規模になりそうでした。

 

 ところが、王の椅子から二番目の、先ほど宰相と目配せしていた領主の番になると、彼は薄笑いをしてこう言いました。

「我が城からはゼロ人……つまり、魔法使いは誰も参加いたしません」

 王や他の貴族たちは驚きました。

「そ、そなたの城にも、ゆ、優秀な魔法使いが何名もいたはずだぞ、ハ、ハラウン卿! そ、それを参加させないと言うのか!? な、何故だ!?」

 とアイル王は尋ねました。さすがに声が厳しくなっていますが、ハラウン卿は平然と答えました。

「その必要がないからです、陛下。我が城には六名の魔法使いがおりますが、いずれもロムドの魔法軍団に劣らないほどの魔法使いに育ちつつあります。彼らに命じれば、灰の雲もたやすく散らすことができます。わざわざ異国の魔法使いに依頼する必要はございません」

 すると、隣に座っていた宰相が、それに口添えしました。

「ハラウン卿の魔法使いたちは、このところ急激に頭角を現して、強力な魔法を使えるようになっております。先日も領内で起きた崖崩れを簡単に修復して、通行できなくなっていた街道を整備いたしました――。魔法使いという人々は力はありますが、他人と協調するのが難しい気難しい人物も多いものです。これまでまったく別の場所にいた魔法使いたちに、にわかに集団になって、協力して作戦を遂行しろ、と命じても、実行は大変難しくなりますし、現に、このザカラス城を魔法で修復する際には、非常に気を遣って苦労しました。それよりは、これまで同じチームで働いてきたハラウン卿の魔法使いたちに依頼するほうが、順調に事が運ぶのではないかと思われます」

 要するに、ハラウン卿や宰相は、自前で灰退治をできるんだからロムドの魔法軍団になんか頼む必要はない、と言っているのです。他国の干渉を嫌う姿勢がありありと見えます。

 アイル王は怪訝(けげん)そうに聞き返しました。

「ハ、ハラウン領の崖崩れは、せ、先日報告を受けたばかりだ。や、山の半分近くが崩れ落ちて、ふ、復旧には半年かかるだろう、という話だったはずだ。そ、それをもう終わらせたというのか? こ、こんなに早く?」

「左様です、陛下。我が城の魔法使いたちは、本当に優秀になりつつあります。あの崖崩れも、六人のうちの三人で、たった一晩で復旧を終えたのです」

 とハラウン卿が胸を張って答えます。

 

 アイル王は考え込み、白、青、赤の三人の魔法使いたちはまた心話で会話を始めました。

「彼の話をどう思う?」

「はったりでしょう。そこまで優秀な魔法使いがザカラス城以外にいるとは、これまで聞いたこともありません」

「ダ。ト、ソ、ウ」

 青と赤の魔法使いが即座に否定してきます。

「だが、彼の態度はあまりにも自信満々だ。ひょっとすると、真実なのかもしれない。何故こんなに急に魔法使いが育ったのだろう? それも複数。妙だな」

 と白の魔法使いも考え込んでしまいます。

 すると、そんな王や魔法使いたちの様子を見て、ハラウン卿が立ち上がりました。

「論より証拠。私の城の魔法使いたちをご紹介いたしましょう。出てこい、おまえたち!」

 すると、会議室の中に複数の人間が入ってきました。扉も開けずに、部屋の中にいきなり姿を現したのです。壮年の男性、青年、老婆の三人で、全員が黒っぽい長衣を着ています。

 その壮年の男性は、城の階段でポチを捕まえて消えていった、黒いフードの人物でした――。

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