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第20巻「真実の窓の戦い」

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62.暗号

 アイル王とトーマ王子が暖炉の陰から突然現れたので、勇者の一行は驚きました。そういえば、この城には隠し通路が張り巡らされているんだっけ、とフルートは思い出します。一年あまり前の薔薇色の姫君事件では、フルートはこの通路を通ってメーレーン姫を救出したのです。

 三人の魔法使いは椅子から立ち上がって、うやうやしくアイル王たちへお辞儀をしました。

「私たちがお送りしたメッセージにお気づき下さって感謝いたします、陛下」

 と白の魔法使いが言うと、アイル王ははおっていた肩掛けの刺繍をなでて言いました。

「そ、そなたたちが持ってきてくれた、このメノアの肩掛け――ここに刺繍されている鳩は、て、手紙をくわえている。これは、私とメノアがまだ子どもだった頃、ち、父上や家来たちの目を盗んで会うときに使った暗号だ。そ、そなたたちが内密で私に会いたいと言っているのだろう、と見当がついたので、こ、ここまでやってきたのだ」

 外見や話し方は頼りなく感じられても、この王の賢さは本物でした。三人の魔法使いたちはまた王へ頭を下げました。

「ご聡明な新しいザカラス王に栄光あれ――。ロムド国王陛下は、ザカラス城に着いたらアイル王と我々で内輪に話し合うことをご希望でした。どうすればそれが実現できるだろう、と王妃様にご相談になったところ、王妃様がこの刺繍の肩掛けをお作り下さったのです。兄上ならば、きっとこれで理解してくださいます、とおっしゃって。王妃様の仰せのとおりでした」

 と白の魔法使いが言います。

 トーマ王子は驚いて父王を見上げました。

「その肩掛けは秘密の面談を申し込む手紙になっていたのですか……! じゃあ、こちらの肩掛けにも、何かメッセージがあるのですか?」

 と青いバラの刺繍がある自分の肩掛けに触れます。

 武僧の魔法使いがそれに答えました。

「むろんです、殿下。メーレーン様は、またトーマ殿下にお会いしたいから、その気持ちを込めて作りました、とおっしゃっておいででしたぞ。王妃様に教わりながら、一針一針それは丁寧に刺繍なさったのです」

 それを聞いて、トーマ王子は目をぱちくりさせました。肩掛けを襟巻きのように首に巻きつけて、真っ赤になった顔をそこに埋めます。最初の冷ややかで傲慢な様子からは、どんどん印象が変わっていくので、おやおや、とフルートたちはまた思いました。王子がメーレーン王女を好きでいることにも気がつきます。

 

 アイル王は魔法使いが出した椅子に座ると、おもむろに話を切り出しました。

「そ、それで? ロムド王は四大魔法使いだけでなく、き、金の石の勇者の一行まで我が国にお送り下さった。こ、これほど大がかりにするとは、いったい、何が起きているというのだ?」

 白の魔法使いがそれに答えました。

「勇者殿たちがザカラス城においでになったのは、陛下のご命令ではありません。勇者殿がおっしゃったとおり、運命に導かれておいでになったのです――。この冬、ザカラスとロムドに大冷害を引き起こした火山灰ですが、これには闇の力が宿っております。空中にある間は、日の光をさえぎって寒さを招きますが、地上へ降ると、吹きだまりなどに寄り集まって闇の怪物に変わるのです。一筋縄ではまいりません」

 アイル王は顔色を変えました。身を乗り出して言います。

「こ、この冬、我が国の各地では、か、怪物が多数目撃されている。か、怪物に襲われたという報告も、れ、例年の十倍以上になっているのだ。あ、あれはすべて、火山灰のしわざだった、と言うのか……!?」

「我々はあれを、闇の灰と呼んでおります。火山の中から吹き出したときから、多量の闇を含んでいるのです。空中に漂っている間はただの灰ですし、降っても、薄く広がっていればやはり灰のままですが、一定量以上に寄り集まったときが危険なのです。闇の怪物が突然出現してきます」

「だ、だが、何故そのような……!? ふ、噴火を起こした火の山は、我が国と南西諸国の間の、メラドアス山地にある。む、昔からたびたび噴火してきた山で、か、火山灰が飛んできて被害を被ったことも、今回が初めてではない。そ、それが何故、今回は闇の灰など噴出するようになったのだ……!?」

 驚き不思議がるアイル王に、フルートが答えました。

「それについては、ぼくたちが詳しく話せると思います」

 と、赤の魔法使いと一緒に南大陸の火の山から地下に潜ったことや、デビルドラゴンに取り憑かれたナンデモナイが、マグマ溜まりで闇の灰を作って、地上へ送り出していたことを話して聞かせます――。

 

 ところが、話を聞くうちに、トーマ王子の顔色が変わっていきました。

「闇の灰は、ロムドを弱体化させるために生み出されたものだったと言うのか? じゃあ、ザカラスはとんだとばっちりを食ったことになるじゃないか! この冬、我が国は寒さのために、本当に甚大な被害を受けたんだぞ! 港も運河もすっかり凍りついてしまったから、船を走らせることができなくなって、我が国の基幹産業である水運業がまったく稼働しなくなってしまったんだ! 寒さのために死者や飢え死にした家畜も出た! それもこれも、全部ロムドへの攻撃のとばっちりだったというのか! 冗談じゃない!」

「ちょっと。まるでロムドが悪かったみたいなことを言うんじゃないよ。それは全部デビルドラゴンのしわざなんだからね」

 とメールが言い返すと、トーマ王子は反論しました。

「デビルドラゴンが敵と狙っているのはロムドだぞ! 我が国はたまたまその通り道に当たっていただけだ! 迷惑を迷惑と言って何が悪い!?」

 先ほどの素直で子どもらしい態度が嘘のような、厳しい糾弾(きゅうだん)です。

「なんだとぉ?」

 とゼンは王子をにらみつけました。その声が危険な低い響きになっていたので、フルートと犬たちがあわてて押しとどめます。

 すると、アイル王が言いました。

「や、やめなさい、トーマ。け、喧嘩をさせるために、お、おまえをここに連れてきたのではないぞ……。デ、デビルドラゴンの目的は、ロムド一国だけではない。西隣のザカラス、東隣のエスタ、こ、この三国が一致団結して、闇に立ち向かおうとしているのだから、三国全部が、ね、狙われているのだ」

 白の魔法使いはうなずきました。

「陛下のおっしゃるとおりです。メラドアス山地にある火の山から噴出した火山灰は、西風に乗って、ザカラス、ロムド、エスタのみならず、さらに南下してテトにも流れ込んでいます。これらの場所は、闇に対抗するために同盟を誓った国々でもあります」

「闇の灰の影響は、もっと東のユラサイまで届いています……」

 と言ったのはポポロでした。フルートたちがゼンを抑えるのに必死になっていたので、彼女しか話ができなかったのです。ユラサイ? とアイル王や魔法使いたちに聞き返されて、真っ赤になりながら話し続けます。

「あたしたち、真実の窓を通って、ユラサイの西の長壁にも行ったんです……。そこにも少しだけれど闇の灰が届いていて、闇に敏感な怪物が凶暴になっていました。食魔という怪物がユラサイを守る壁を食っていたんです。門の番人のおじいさんたちと協力して退治してきましたが、いまもやっぱり闇の影響は及んでいると思います」

 なんと、と青の魔法使いは言いました。白の魔法使いも真剣な顔つきになります。

「ユラサイはオリバン殿下たちが同盟を結ぶために訪問している国だ。デビルドラゴンは、同盟国一帯に闇の打撃を与えようとして、闇の灰を東へと流しているのだな」

「ワン、ぼくたちはユラサイの南西のスーウって国でオリバンたちと会ったけれど、そこにも闇の灰は流れ込んでいました。オリバンたちは、ユラサイの周辺諸国にも同盟に加わるように呼びかけていたんです」

 とポチが話します。

「ツワ、オ、ス、リダ」

 と赤の魔法使いが言い、白の魔法使いがうなずき返しました。

「そうだ。奴の狙いは、闇の灰を使って自分に対抗する勢力をつぶすことなのだろう。そして、これまでで最大級の闇の灰の塊が、このザカラスの南西部に届こうとしている。これが東へ流れていけば、同盟国は本当に大きな打撃を受けることになる」

 すると、ゼンがフルートたちを振り切ってどなりました。

「わかったか、馬鹿王子! てめぇ一国だけが幸せでいられるような平和なんてのは、この世にはありえねえんだよ! 世界は一つにつながっているんだからな! とばっちりだのなんだのって、くだらねえことで怒ってねえで、みんなで協力することを考えやがれ!!」

 ゼンの迫力と、言われたことの重大さに、何も言い返すことができなくなったトーマ王子でした――。

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