「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第20巻「真実の窓の戦い」

前のページ

第21章 話し合い

61.監視

 その夜、ザカラス城に泊まったフルートたちは、四大魔法使いの部屋を訪ねました。

 廊下の絨毯を踏んで部屋の前まで行くと、扉をたたくより早く中から入口が開いて、見上げるような大男が出てきます。

「待ってましたぞ、皆様方! さあさあ、遠慮せず中へどうぞ!」

 すでに一杯やり始めていたのか、青の魔法使いから、ぷんと強い酒の匂いがしたので、ルルは思わず顔をしかめます。

 フルートたちは言われるまま部屋に入って、中を見回しました。どっしりとした調度品が並ぶ立派な部屋で、壁には絵画のようなタペストリーが飾られています。金の石の勇者の一行に準備された部屋より、ずっと豪華です。

 大きなテーブルの前には白の魔法使いが座って、祈るように手を組んでいました。フルートたちを見て穏やかに言います。

「きっとおいでになるだろうと思っていました。ここには私たちだけしかおりませんので、どうぞご自由に」

 赤の魔法使いも同じ部屋にいましたが、彼は部屋の隅にある鳥かごを熱心に眺めていて、フルートたちにはほとんど関心を向けませんでした。鳥かごには二羽の青い鳥がいます。

「他の魔法使いの皆さんは? 深緑さんは一緒じゃないんですか?」

 とフルートは尋ねました。特に、もう一人の四大魔法使いが一緒でないのは、ちょっと意外な気がします。

「我々の部下は、この近くの部屋に数名ずつに別れて宿泊しています。明日にはもう火山灰を追い払う相談を開始するので、その調査に出ている者もおります。深緑はロムド城です。城を空(から)にするわけにはいかないし、城との連絡係も必要ですから」

 と白の魔法使いは生真面目な口調で答えました。

 青の魔法使いは大股でフルートたちを追い越しながら言いました。

「食事は先ほどすませてしまったから、何か飲み物をお出ししましょう。何がよろしいですかな? ワイン? リンゴ酒? いっそ、私と火酒の呑み比べはいかがですかな?」

 こちらは、白の魔法使いとは対照的に、とても世俗的な武僧です。

 ゼンが言い返しました。

「馬鹿言え! んなもん呑んだら、俺たちはぶったおれるだろうが!」

「ぼくたちはお茶でいいです」

 とフルートが答えると、すぐにテーブルのまわりに椅子が四つ現れ、テーブルの上には湯気の立つ黒茶のカップが四つ並びました。床の上には牛乳の入った皿が二つ出てきます。魔法のしわざでした。さあ、どうぞ、と武僧がいかつい顔で笑います。

 

 フルート、ゼン、メール、ポポロが椅子に座り、犬たちがテーブルの下に腰を下ろすと、青の魔法使いも白の魔法使いの隣に座りました。自分の前には火酒のグラスを出し、それを呑みながら言います。

「いや、しかし、本当に久しぶりでしたな。一年会わずにいた間に、勇者殿もゼン殿もずいぶん大人になられたし、お嬢様方もすっかり女性らしくなられた。皆様お美しいから、なかなか目の保養になりますな」

「俺は例外だろう」

 とゼンが肩をすくめました。美形が多い勇者の一行の中で、ゼンだけは確かに異質です。

 青の魔法使いは笑いました。

「ゼン殿は立派な体格になられた。これはもう、力比べなど絶対にしてはいけませんな。私が全力で挑んでも勝てそうにない」

「あったりまえだ。人間がドワーフに勝てるかよ」

 つまらなそうにゼンが答えます。

 

 すると、赤の魔法使いが急に鳥かごの前から振り向きました。

「タ。ウ、テモ、ダ」

 と言いながら歩いてきます。

 ポチがテーブルの下で首をかしげました。

「ワン、その鳥がどうかしたんですか? 鳥が寝たから、もう普通に話しても大丈夫だ、なんて」

「我々は監視されていたのですよ」

 と白の魔法使いは答えて、ご苦労、と赤の魔法使いに言いました。小男はうなずき、青の魔法使いの隣に座りました。大きな武僧の隣では、小柄な体がますます小さく見えますが、気にする様子はありません。

「監視って誰に? アイル王がぼくたちを見張っているってことですか?」

 とフルートは聞き返しました。日中、アイル王が大広間で魔法使いたちの到着を喜んでいたことを思い出して、腑(ふ)に落ちないことだと考えます。

 白の魔法使いは首を振りました。

「おそらく、アイル王は関与していないでしょう。このザカラス城は、城と王を守るために、昔からさまざまな魔法を取り入れています。今、赤が眠らせた鳥も、この部屋の様子を別の場所にいる者へ知らせていました。鳥が二羽いるのは、一羽が寝てももう一羽は起きているようにするためです。そうやって、一日中我々の言動を見張ろうとしたのです」

「どうしてさ!? あたいたちはともかく、白さんたちはアイル王とロムド王の話し合いで、正式にザカラス城に招かれて来たんだろう!? なのに、どうして見張られなくちゃいけないのさ!?」

 とメールが憤慨しました。

 ルルは疑わしそうに鳥かごのほうを見ます。

「赤さんは見張りの鳥を眠らせたわけ? でも、それじゃ何もわからなくなるから、すぐに気がついて、誰かが鳥を起こしにやってくるんじゃないの?」

「ダ。ニ、メオ、タ」

 と赤の魔法使いがまた言ったので、青の魔法使いが通訳しました。

「赤は鳥に、我々がなごやかに話をしている夢を見せたのですよ。向こうには、そんなふうに伝わっていることでしょう」

「ちょっと、あたいの質問は!? どうして、白さんたちが見張られてるのさ!?」

 と気短なメールが声を上げて、馬鹿、静かにしろ、とゼンに叱られました。せっかく監視の鳥を眠らせても、大声を出せば部屋の外に聞こえてしまいます。

 白の魔法使いは落ち着き払って答えました。

「ロムドは長年ザカラスと敵対関係にありました。ギゾン王が死んでアイル王が即位してから、ザカラスとロムドの間で本格的な和平が結ばれましたが、人々の気持ちというものは、そんなに簡単に変わるものではありません。ロムドをまだ敵視しているザカラス人はいるでしょうし、我々が本当に味方かどうか、疑っている者たちも少なくないでしょう。そんな者たちが我々を見張っているのです。おそらく、勇者殿たちの部屋も魔法で監視されています。部屋でうかつな話はしないように、ご注意ください」

「とはいえ、こういう監視は国王の城ではあたりまえのことですがな。かくいう我々だって、ロムド城では、すべての部屋の会話を見張っています」

 と青の魔法使いが言ったので、なにさ、それ? とメールはあきれました。

「ったく。同じ種族同士で疑い合う人間らしいよな」

 とゼンも皮肉を言います。

 

 フルートは心配そうな顔になりました。

「そんな状況で、本当にザカラスと協力して灰の雲を散らすことができますか? 昼間は人前だったから言わなかったけれど、あの火山灰には闇が含まれていて、集まると闇の怪物に変わるんです。それを追い払うのはとても大変だ、とユギルさんも言っていました」

「火山灰が闇の灰であることは、我々のほうでも気がついておりました。ユギル殿がそうおっしゃったのであれば、なおさら充分に打ち合わせなくてはならないでしょう。アイル王に我々を信用していただくことが肝心です」

 と白の魔法使いが答えると、ポチが言いました。

「ワン、でも、明日の会議にはきっと、反ロムド派の家来も参加しますよ。昼間、大広間にいた家臣の中に、ぼくたちを良く思わない匂いをさせている人が何人もいたんです。信頼関係を結ぼうとしても、妨害されるかもしれません」

「確かに会議の場では難しいかもしれませんね。ですが――」

 白の魔法使いが言いかけると、青の魔法使いがさえぎりました。

「そら、おいでですぞ」

 と部屋の暖炉を指さします。そこでは薪が炎を上げて燃えていました。立ち上る煙は煙突を通って外に逃げていきます。

「うん? 煙突でも通って、誰か来るのか?」

 とゼンが首をひねったとたん、その目の前で暖炉が動きました。燃えている薪ごと音もなく横に滑って、その後ろから暗い通路の入口と二人の人物が現れます。

「本当に出た! 魔法使いたちの部屋です、父上!」

「そ、そうだ。こ、この隠し通路は、城内のど、どの部屋にも通じているのだよ」

 そう話しながら通路から出てきたのは、金の冠をかぶったアイル王と、ランプを持ったトーマ王子の二人でした――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク