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第20巻「真実の窓の戦い」

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60.魔法使い

 「青さん!?」

 ザカラス城の大広間に姿を現した大男を見て、フルートたちは声を上げました。ロムド城の四大魔法使いの一人の、青の魔法使いだったのです。

「ワン、ロムドから灰の雲を散らしに来るのって、青さんのことだったんだ!」

 とポチが言うと、武僧の魔法使いはまた、はっはっと楽しそうに笑いました。

「まこと久しぶりですな、皆様方。私がお会いするのは、神の都ミコンの戦い以来になりましょうか。ちょうど一年ぶりだ。皆様、それぞれに大きくなられましたな」

 けれども、そう言う魔法使いは、ロムドの皇太子のオリバンよりも体の大きな巨漢です。その前では、勇者の一行など子どもの集団のようにしか見えません。

 ゼンが口を尖らせて言い返そうとすると、フルートがそれを止めました。

「ぼくたちの話は後だ。青さんはアイル王にご挨拶しなくちゃいけないんだから」

「おお、相変わらず勇者殿は聡明ですな。ご配慮感謝しますぞ。ですが、王に挨拶をするのは私ではございません。これから代表がここに到着しますからな。私はその露払い(つゆはらい)です」

 と青の魔法使いが言います。

 代表と聞かされて、フルートたちは目を輝かせました。きっとあの人だ、と考え、青の魔法使いに言われるままに、アイル王や皇太子のトーマ王子と一緒に少し下がります。衛兵や家臣たちも壁際まで下がり、誰が現れるのかと興味津々(きょうみしんしん)で見守っています。

 誰もいなくなった広間の中央で、青の魔法使いは自分の杖をかざしました。曲がりくねってこぶだらけのクルミの杖です。どん、と絨毯を敷いた床をたたいて呼びかけます。

「いいですぞ! おいでなされい!」

 

 すると、広間の真ん中に、幻のように大勢の人が現れました。次第に姿をはっきりさせていって、二十人ほどの集団に変わります。

 彼らはそれぞれ色違いの長衣を着ていました。年齢も性別も様々です。その先頭に白い長衣を着た細身の女性と、赤い長衣を着た非常に小柄な男性が立っていました。女性は神官の証(しるし)であるユリスナイの象徴を首から下げ、男性はまぶかにかぶったフードの下から、つややかな黒い顔をのぞかせています。

「白さん! 赤さん!」

 とフルートたちはまた歓声を上げました。ロムド城の四大魔法使いの、白の魔法使いと赤の魔法使いです。

 彼らのほうも、フルートたちを見て笑顔になりました。

「やはり、ザカラス城においでになっていましたね、勇者の皆様方。赤が言ったとおりです」

 と白の魔法使いが言います。男勝りで生真面目(きまじめ)な性格なので、ややもすると、とても厳しい人物に思われるのですが、笑うと、ふわりと柔らかい表情が広がります。

「ダ、ワ、ッタ、リ、ロウ」

 と赤の魔法使いも言って、猫のような金の目を細めて笑いました。彼が話しているのは南大陸のムヴア族のことばなので、他の者たちには意味がわかりませんが、ポチには聞き取ることができました。

「ワン、赤さんはぼくたちがここに来ていることを、占いで知っていたんですか。へぇ」

 それを聞いたとたん、フルートは、そうか! と声を上げました。驚く仲間たちに言います。

「赤さんのことなんだよ! ユギルさんが言っていた、南の占者は――! 赤さんは南大陸の出身だし、占いだって得意なんだから!」

 仲間たちはますます驚き、納得して赤の魔法使いを眺めました。魔法使いたちのほうは、何の話をされているのかわからなくて、不思議そうな顔になります。

 

 そこへアイル王が話しかけてきました。

「き、金の石の勇者たちがここに現れたのは、ロムド王の計らいかと思ったのだが、は、話を聞いていると、そういうわけでもなかったようだな。どのような巡り合わせで、こ、このようなことになったのだろう?」

 フルートがそれに答えました。

「ぼくたちは、天空の国の魔法の窓を通って、ここにやってきました。ぼくたちが現れる直前に、窓を見ませんでしたか?」

 いや、とアイル王は首を振りました。広間にいた人々の目には、魔法の窓はまったく見えていなかったのです。けれども、王はすぐにまた言いました。

「て、天空の国の魔法でここに来たのであれば、そ、それは、かの魔法の国も我々に味方をしている、ということなのだろうか? 勇者たちも、わ、我々に力を貸してくれるのか……?」

「ぼくたちは、ここに来る直前に、ロムドの一番占者のユギルさんに会って、ザカラスの南西にある灰の雲を散らす手伝いをすることになる、と言われてきました。その占いの通り、ぼくたちは魔法でここに送り込まれてきました。運命は、ぼくたちにザカラスとロムドを手伝え、と言っているんだと思います」

 とフルートは答えました。話を聞いていた青の魔法使いが、おお、ユギル殿に――と言いかけて、白の魔法使いに止められます。ロムド城の一番占者が城を離れて東方へ行っていることは、外には絶対洩らせない極秘事項になっているのです。

 白の魔法使いは前に進み出ると、アイル王の前でひざまずき、片手を胸に当てて深々と頭を下げました。男性のお辞儀なのですが、女神官はなんの違和感もなくやってのけると、うやうやしい口調で言います。

「偉大にして聡明なるザカラス国王陛下のアイル様へ、ご挨拶が遅くなって申し訳ございませんでした。私はロムド城の魔法軍団の長で、白の魔法使いと呼ばれている者でございます。このたびはロムド国王陛下の命を拝受し、私たち三人の魔法軍団の将が、選りすぐりの部下の魔法使いたち十八名を率いて、ザカラス城へ参上いたしました。ザカラスの皆様方と一致団結して、ザカラスの空をおおう火山灰を霧散させ、ザカラスとロムドをこの大変な冷害から救うように、と仰せつかっております。なにとぞよろしくお願いいたします」

 白の魔法使いの挨拶に合わせて、青と赤、そして他のロムドの魔法使いたちが、いっせいに頭を下げました。大広間に集まるロムドの魔法軍団は、ただ立っているだけで、目には見えない力と気迫を発していました。ザカラス城の魔法使いたちが、鼻白んだ様子でそれを眺めています。

 アイル王が応えて言いました。

「ほ、朋友のロムド国王は、ザ、ザカラスのために、かの有名な四大魔法使いのうちの三人と、これほど大勢の魔法使いを、派遣してくださった。ま、まことに感謝に堪えない」

 ザカラス城の家臣たちは、すっかり驚いて、魔法軍団と自分たちの王を眺めていました。すぐことばにつまずくし、威厳もあまりない新しい王ですが、世界に名をとどろかせているロムドの魔法軍団を、ザカラスのためにこうして城へ呼び寄せたのです。しかも、あの有名な金の石の勇者の一行までが、一緒に現れています。素直に驚嘆し、自分たちの王を見直している顔。逆に、強大すぎる異国の勢力がやってきたことに警戒する顔。家臣の反応は様々です。

 

 すると、王の前から立ち上がった白の魔法使いが言いました。

「我々がこちらへ参上する際に、ロムド城のメノア王妃様とメーレーン王女様から、陛下と殿下への贈り物をお預かりしてまいりました。お渡ししてよろしゅうございましょうか?」

「メ、メノアとメーレーン姫から? そ、それは嬉しい」

 とアイル王は言いました。ロムド国王の后のメノアはアイル王の妹、メーレーン王女は姪に当たります。

 魔法軍団から二人の魔法使いが進み出て、うやうやしく土産の品が手渡されました。それは、揃いの肩掛けでした。アイル王のものには鳥と船の図案が、トーマ王子のものには淡い青色のバラの図案が刺繍(ししゅう)されています。

「あ、ああ。さすがはメノアだ。平和と繁栄を象徴する鳩の絵が描いてある。そ、それに、船の絵は、海運で栄えてきた我が国を象徴している。た、大変めでたい絵柄だ」

 とアイル王は喜びました。

 トーマ王子は父にならって淡い青色のバラの刺繍を眺めましたが、こちらは図案に込められた意味がわかりません。いえ、意味など最初からないのかもしれません。王子がとまどっていると、青の魔法使いが話しかけてきました。

「それは、メノア王妃様とメーレーン王女様が、直々にお作りになった肩掛けです。殿下の肩掛けは、メーレーン様の作品です。王女様が一番お好きな花はピンクのバラなのですが、トーマ王子には瞳と同じ青いバラのほうがお似合いになるから、と、わざわざその色をお選びになりました」

「メーレーン姫が!」

 と王子は言うと、すぐに肩掛けをはおりました。薄青いバラの刺繍をなで、よくお似合いです、と白の魔法使いに言われると、なんとも言えない嬉しそうな顔をします。見ていたフルートたちが、おや、と思うほど、子どもらしい素直な表情でした――。

 

 アイル王も、妹が作った肩掛けをはおると、鳩の刺繍をなでて見せながら言いました。

「ロ、ロムドの客人には、城の中に部屋を準備させていただいた。あ、明日から火山灰を撃退する方法を話し合うことにしよう。き、金の石の勇者たちにも、急いで部屋を準備させる。これといった歓迎も、で、できないが、今宵はこの城でゆっくりするがよい」

 ロムドの魔法使いたちはいっせいに頭を下げて、アイル王へ感謝の気持ちを伝えました。そのまま、王と王子が広間を退出するまで、頭を下げ続けます。

 フルートたちも同じように頭を下げましたが、すぐに互いの顔を盗み見合いました。今夜、このザカラス城に泊まれるということは、白、青、赤の三人の魔法使いたちとも一緒だということです。久しぶりにゆっくり話ができるかもしれません。

 気がつくと、青の魔法使いも頭を下げたまま、首を曲げてこちらを見ていました。茶目っ気たっぷりに片目をつぶると、くいっと指で酒を飲むしぐさをして見せます。今夜は一緒に呑みましょう、と言っているのです。

「俺たちはまだ酒が呑めねえよ!」

 ゼンは思いきり顔をしかめて、小声で言い返しました――。

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