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第20巻「真実の窓の戦い」

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59.ザカラス城

 真実の窓をくぐったフルートが出たのは、雪の降る郊外ではなく、分厚い絨毯が敷き詰められた広い部屋でした。捕らえろ、くせ者だ! と黒い鎧兜で武装した兵士たちが殺到してきて、フルートへ剣を突きつけます。

 そこへ、後ろの窓から次々に仲間たちが飛び出してきました。ゼン、メール、ポポロ、ポチとルル……。全員が思いがけない場所に出たことに驚いて、立ちつくします。

「くせ者が増えたぞ!?」

「反逆者だ! 倒せ!」

 と黒い兵士たちが剣を振り上げたので、フルートは反射的に剣を抜きました。炎の魔力のない銀のロングソードです。切りつけてきた剣を受けとめてはね返し、別の方向からポポロを狙ってきた剣を、左腕の盾で止めます。

 ゼンもすぐに身構え、襲いかかってきた兵士の剣の下をくぐって、相手の体を捕まえました。そのまま部屋の端まで投げ飛ばしてしまいます。

 ポチはとっさに振り向き、真実の窓が消えていくのを見ました。その向こう側からも黒い兵士たちが押し寄せてきます。さらにその向こうには、驚いた顔で居並ぶ人々がいました。一段高い場所に、金の冠をかぶった、痩せた男性が立っています――。

 その顔を見たとたん、ポチは大声を上げました。

「ワン、アイル殿下! ぼくたちです! 金の石の勇者の一行です! 攻撃をやめてください!!」

 冠の男性は突然部屋に現れた一行に仰天して、立ちすくんでいましたが、ポチの声を聞いたとたん甲高く言いました。

「き、き、金の石の勇者の一行だと――!? え、衛兵、下がれ! か、彼らの顔を見せよ!」

 その声や話し方には、フルートたちも聞き覚えがありました。全員で、アイル殿下!! と言います。

 

 フルートたちの周囲から、黒い兵士たちが引いていきました。命令に従ったのですが、フルートたちへの警戒は解いていません。遠巻きにして剣を構え、少しでもおかしな動きをすれば、即座にまた襲いかかろうとしています。

 フルートたちは一段高い場所にある玉座と、その前に立つ人物を振り向きました。痩せた体に立派な服とマントを着た、中年の男性を見上げます。神経質そうで臆病な印象を与える人物ですが、よく見れば、とても思慮深いまなざしをしています。先のザカラス皇太子、現在の国王のアイル王でした。

 王のほうでも、フルートたちの顔を見極めました。恐怖に引きつっていた顔が、たちまち安心していきます。

「こ、これは驚いた。ま、まさか、こんなところで会おうとは――」

 つまづくような話し方は、アイル王の癖でした。緊張したり驚いたりすると、つまづきがひどくなります。

 フルートは即座にその場に膝をつきました。仲間たちにも同じようにしろと合図を送ると、片手を胸に当てて、王へ深々と頭を下げます。

「お久しぶりです、アイル殿下――いえ、もうアイル王でいらっしゃいますね。ザカラス城に闖入(ちんにゅう)して、皆様を驚かせてしまって、まことに申し訳ありませんでした」

 アイル王がいるからには、この場所はザカラス城の中に違いありませんでした。真実の窓は、フルートたちがくぐる瞬間に行き先を変えて、城の中へ出口を開いたのです。それも、アイル王の目の前、城の衛兵や家臣たちが居並ぶ真ん中にです。ここでアイル王の知り合いであることを示さなければ危険なことになる、とフルートはとっさに判断して、可能な限り丁寧に挨拶してみせたのでした。

 ところが、アイル王はフルートの挨拶を聞くと、何故か急に笑い出しました。

「そ、その声――もうすっかり、大人の声になったな、金の石の勇者。じ、侍女のふりでザカラス城に来ることは、で、できなかったわけだ」

 フルートは思わず顔を上げて真っ赤になりました。アイル王は、以前フルートが女装をして、侍女として城にやってきたときのことを、からかっているのです。

 王は、他の仲間たちの顔も見回し、何度もうなずいてから、衛兵たちに言いました。

「け、剣を下げよ。だ、大丈夫、彼らは本物の金の石の勇者の一行だ」

 そう言われて兵士たちは剣を収めましたが、それでもまだ疑うように彼らを見ていました。確かめるように、まじまじと見つめてくる者もいます。これが噂の金の石の勇者なのか? と心の中で考えているのがわかります。成長して、背もだいぶ伸びてきた彼らですが、それでもやっぱり伝説の勇者の一行にしては若すぎたのです。

 

 けれども、アイル王だけは懐かしそうな顔をしていました。一段高くなった場所から下りて、自分からフルートたちの元へ行こうとします。

「き、急に何故ここに、勇者たち? そ、そなたたちが来るという連絡は、ロムドからは――」

 すると、王の行く手を一人の人物がさえぎりました。立派な服を着た金髪の少年です。アイル王を見上げて首を振り、歳に似合わない厳しい声で言います。

「いけません、父上。あんな得体の知れない危険な者たちに王自らが歩み寄るなんて、ありえません。話ならば、ぼくが聞きます」

 得体の知れない危険人物にされて、なんだとぉ!? とゼンが怒ると、少年が振り向きました。歳はフルートたちより三つ四つ下のようですが、いやに冷ややかな顔つきで、見下すように彼らを見てきます。

 その目つきにメールもむっとして、少年へ言いました。

「アイル王を父上って言うからには、あんたはザカラスの皇太子? あたいたちは金の石の勇者の一行だよ。怪しい者なんかじゃないさ」

「いや、充分に怪しい。今日この場所に金の石の勇者なんかは来ることになっていなかった。それに、おまえたちは一昨年、この城を倒壊させそうになった張本人ではないか」

 皇太子の少年は糾弾(きゅうだん)するように言いながら、玉座がある壇上から下りてきました。低い階段の前に立って、フルートたちをにらみつけます。本当に、少年とは思えないような冷ややかなまなざしです。

「くっそ生意気なガキだな!」

 とゼンはますます腹をたて、メールも怒って言い返しました。

「あれは前のザカラス王が悪いんだよ! それと、ザカラス乗っ取りを企んだ魔法使いのジーヤ・ドゥのせいだろ!? あたいたちのせいにするんじゃないよ! あんた、死んだ前のザカラス王にすごくそっくりだよね!」

 すると、皇太子は顔色を変え、無礼者! と叫びました。冷ややかだった顔が急にひどく悔しそうな表情を浮かべたので、勇者の一行は驚きました。

 

 すると、壇上のアイル王が苦笑しながら話しかけてきました。

「や、やめなさい、トーマ。彼らは間違いなく、金の石の勇者の一行だし、し、城についても、彼らの言っているとおりなのだ――。こ、皇太子が無礼なことを言って、申し訳なかったな、勇者たち。ザカラスによく来られた。ま、また会えて非常に嬉しい」

 王が話しながら壇上から下りてきたので、父上! と皇太子がまた批難するような声を上げます。

 フルートは穏やかに言いました。

「こちらこそ、またお目にかかることができて嬉しく思っています、アイル王。皇太子殿下も大変立派な方ですね。とても勇敢です」

 フルートに誉められて、皇太子は驚いた顔になり、アイル王は楽しそうに笑いました。

「わ、私の自慢の息子だ。だが、ゆ、勇敢と誉めてもらえることは、なかなかない。何故、金の石の勇者はそう思ったのだね?」

「だって、父上である陛下を守って、ぼくたちの前に出ていらっしゃいましたから。ぼくたちを危険な集団だと思われていたのに。とても勇敢な方だと思います」

 とフルートは答えました。率直な言い方だけに、フルートが本当にそう思っていることが伝わります。

 皇太子はますます面食らって、父王とフルートを見比べました。それ以上、金の石の勇者たちを悪くいうことはできません――。

 

 フルートたちは改めて自分たちがいる場所を見回しました。

 そこは石造りの壁と柱に囲まれた大広間でした。紺色の絨毯が敷き詰められた真ん中に、白い縁取りの赤い絨毯が道のように敷かれて、入口と壇上の玉座を結んでいます。彼らは部屋のちょうど中央に現れていましたが、周囲には黒い鎧兜の衛兵が大勢控え、壇に近い場所には十数人の立派な服の人々が立っていました。部屋の隅には黒っぽい長衣を着た者たちもいます。

 すると、アイル王がまた言いました。

「こ、この城の重臣たちと、魔法使いたちだ。ほ、本日ここにロムドからの客人が到着するので、み、皆で出迎えに集まっていたのだよ」

「ロムドからの!?」

 と勇者の一行は驚きました。フルートがちょっと考えて、すぐに気がつきます。

「そうか。ロムド王はザカラスと協力して灰の雲を散らそうとなさっている。そのための人が、ロムドから来ることになっているんだ」

「誰、それって?」

「俺たちが知ってるヤツか?」

 とメールやゼンが興味をひかれると、広間の隅にいた長衣の人物が急に声を上げました。

「おいでになりました! 皆々様、ご注意を!」

 同時に、フルートたちのすぐ後ろに、新たな人物が姿を現しました。割れるような大声が彼らの頭上から降ってきます。

「これはこれは! 本当にザカラス城においででしたな、勇者の皆様方! また会えて嬉しいですぞ!」

 そう言って、はっはっはっ、と笑ったのは、見上げるような巨体を青い長衣で包み、こぶだらけのクルミの杖を握った、武僧の魔法使いでした――。

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