フルートたちは真実の窓をくぐり抜けて、天空城に戻ってきました。灰色の絨毯と石積みの壁に囲まれた、長い通路に立ちます。
振り返ると、彼らが出てきた窓は、まるでのぞき穴のように小さくなっていました。ガラス越しに向こうの景色は見えますが、視野が狭いので、目を近づけても青空しか見ることができません。オリバンたちの姿も見当たりませんでした。
あぁあ、とゼンが声を上げて座り込みました。
「朝飯を食い損なったよなぁ! 料理人が準備してたのは匂いでわかったのによ!」
「しょうがないだろ。窓が呼んだんだからさ」
とメールが言いますが、ゼンが荷袋から竹の皮に包んだ飯や卵の燻製(くんせい)を取り出したので、目を丸くしました。
「どうしたのさ、それ?」
「昨夜のうちに料理人に頼んで作ってもらったんだよ。携帯食にするつもりだったんだが、今日の朝飯になっちまったな」
「ありがたい。食べて腹ごしらえしよう」
とフルートが言ったので、全員は通路に円になって座り、肉入りの味付けご飯や卵に手を伸ばしました。ゼンが袋からあぶり肉の塊まで取り出したので、全員が歓声を上げます。
ユラサイ風の朝食を取りながら、彼らはユギルの占いについて話し始めました。
「ユギルさんは、先がよく見えない、って言いながらも、ずいぶんいろいろ占ってくれたよな。ぼくたちがこれからザカラスの南西に行くのは、間違いないんだろうと思う。そこで闇の灰の雲を散らす手伝いをするんだ」
とフルートが言うと、ゼンが肘で小突いてきました。
「今度は金の石や願い石で浄化する、なんて言い出すんじゃねえぞ。おまえは、すぐにそういう路線に突っ走るからな」
「い、言わないよ……!」
フルートはポポロにじっと見つめられて、あわてて答えました。ポポロはまた泣き出しそうな顔になっていたのです。
ポチがあぶり肉の塊を飲み込んでから言いました。
「ワン、そこでまた乱戦になるっていうのは、本当にいつものことだから別に驚かないけど、ユギルさんが最後に言っていた四人の占者が気になりますね。ぼくたちはこの旅で四人の占者に会うし、それは、東の占者、西の占者、南の占者、北の占者で、最後の占者は一番大切なことを知らせてくれる、って言っていましたからね」
「最後の占者って、その順番から言うと、北の占者? でも、そもそも、それって誰のことを言っているのよ。東西南北、この世界には占者が数え切れないくらいいるのよ」
とルルが首をひねると、メールが答えました。
「こういう言い方をするときってのは、その方角で一番大きいものを差しているのが普通なんだよ。海だってそうさ。世界にはいろんな海があるし、広い海だってあるんだけど、東の大海や西の大海なんて名前をもらえるのは、その方角で一番大きな海だもんね。だから、ユギルさんが言ってたのも、その方角で一番有名な占者のことさ、きっと」
「一番有名と言うより、一番力のある占者のことだろう。東の占者っていうのは、たぶん、ユラサイの占神を言っているんだな」
とフルートが考えながら言うと、今度はポチが首をひねりました。
「ワン、でも、ぼくたち、ユラサイで占神に会ってきていませんよ? 出会ったのは、長壁の門を守っていた赤門高師と、竜子帝たちだもの」
「竜子帝たちに長壁に行くように言ってくれたのは、占神さ。間接的だけど、占神に会ったと言えないこともないだろう」
ふぅん、と一同は言いました。ちょっと微妙な感じもしますが、フルートが言うと、それが正しいような気がしてきます。
「じゃあ、東の占者は占神だとして、次の西の占者は、今会ってきたユギルさんのこと?」
とルルが言いました。占者といわれて真っ先に思い浮かぶのは、やはりこの人物ですが、ゼンが異論を唱えました。
「ユギルさんはロムドの一番占者だろうが。ロムドは西じゃねえぞ。どっちかってぇと真ん中だ」
「ワン、ユラサイから見れば、ロムドは西ですよ」
「あたいたちが住む西の大海から見れば、ユラサイだって西になるけど?」
とポチやメールが反論したので、わけがわからなくなってきました。
ポポロが困惑しながら言います。
「基準がはっきりしていないからよ……。どこから見て、東や西かを考えないと」
すると、フルートが言いました。
「基準はロムドだろう。ユギルさんはロムドの占者なんだから。だから、東の占者というのは、やっぱりユラサイの占神のこと。そして、西の占者はきっとユギルさんのことだ。ユギルさんは元々は、ザカラスよりもっと西にある、南西諸国の出身だと言っていたからな」
なるほど、と仲間たちは納得しました。これで、彼らは東と西の占者に会ってきたことになります。
「それじゃ、次は南の占者なのね? 私たち、また南大陸に行くのかしら?」
とルルが言ったので、彼らは長い通路を眺めてしまいました。銀の縁飾りに囲まれた窓が、石の壁の両側にずらりと並んでいます。その中には、南大陸のような濃い緑の景色をのぞかせている窓もあります――。
すると、彼らがいる場所よりずっと先の窓から、白いものが吹き出してきました。宙を舞いながら、床の絨毯の上へ落ちていきます。
一行は飛び上がりました。
「次の窓だ! 風が吹き出している!」
「五つめの窓かい!?」
「ワン、でも、あれは雪だ!」
「次は南じゃなかったの……!?」
彼らは窓へ駆け寄っていきました。他の窓はガラスの向こうに様々な景色を映しながら静まり返っていますが、その窓からは、雪まじりの風がびょうびょうと吹き込んできます。
やがて、窓の前にたどりついた彼らは、向こうの景色を見て立ちすくみました。朝食を片づけるのに少し手間取ったゼンが、最後にやってきて仲間たちに尋ねます。
「どうした!? 次はどこか、わかったのかよ!?」
すると、メールが黙って窓の中を指さしました。雪まじりの風が吹き荒れる中に、雪におおわれた街と高い山があり、山の中腹の切り立った崖に、大きな城が見えていました。城の赤い石壁が、雪景色の中に鮮やかに浮かび上がっています。
「ん? なんか見たことがあるような城だな」
とゼンが言うと、メールはその背中を思いきりひっぱたきました。
「なに言ってんのさ! あのお城を見忘れちゃったのかい!?」
それでもゼンが思い出せずにいると、フルートが隣で言いました。
「あの赤い城は、暁城(あかつきじょう)とも呼ばれるザカラス城だ。ここはザカラス国なんだよ――」