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第20巻「真実の窓の戦い」

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56.占い

 朝日は東の空に昇り、荒れ地を明るく照らしていました。丘の陰の野営地から、風に乗っていい匂いが漂ってきます。

 オリバンは一同に言いました。

「戻るぞ。そろそろ朝食だ。ハンも我々を捜しているだろう」

 そこで彼らは丘を登り始めました。オリバンを先頭に、セシル、ゼン、メール、犬たちと続き、最後をフルートとポポロが行きます。ポポロはまだ泣き続けていたので、フルートはそれをなだめるのにとても苦労していました。

「いい気味。ポポロを悲しませた罰よ。もっと苦労しなさい」

 とルルが言ったので、ポチは顔をしかめました。

「ワン、ルルったら最近ほんとに怖いなぁ」

 つぶやきにしては大きすぎる声だったので、雌犬がにらみました。

「あら、何か言った、ポチ? 誰が怖いって?」

「ワン、べ、別に」

 小犬が首をすくめます。

 

 ゼンはメールやオリバンたちと話をしながら丘を登っていました。

「フルートが闇の灰を消すってのは論外だけどよ、闇の灰をこのままほっとくってのは、マジでやばいと俺も思うぞ。集まると、すぐにそこから怪物が生まれてくるからな」

「そうだね。シルにもレコルにも、怪物がずいぶん姿を現していたもんね。闇の怪物だから、始末が悪いんだよ。普通の武器では倒せないもんね」

 とメールも言います。

 オリバンは考え込む顔になっていました。

「シルとレコルといえば、ロムドの国の西と東に離れた場所だ。その間の一帯に闇の灰が降って、怪物が出現しているというわけか。ザカラスの南西部に淀む灰を散らす計画になっている、とユギルは言っていたが、ロムド国内の闇対策にも早急に力を入れなくてはならないぞ」

 セシルがそれにうなずきました。

「私たちは一刻も早くロムドに戻らなくてはならないな、オリバン。私たちがロムドを離れて、間もなく半年になる。国王陛下もあなたの帰りを心待ちにされているだろう」

「そうだ、もう半年だ。キースやアリアンにも、ずいぶん長い間、我々の代役をさせてしまった。キースだけでなく、アリアンもさぞ腹をたてていることだろう」

 とオリバンが急に別な心配を始めたので、メールは肩をすくめました。

「アリアンは怒ったりしてないさ。闇の民なのに、ホントに優しいもんね。そうそう、シルでロキに会ったことを、アリアンに教えてあげたいなぁ。新しい両親にかわいがられて元気にしてたよ、ってさ。たった一人の弟だもんね」

「キースとアリアンかぁ。ずいぶん会ってねえよな。グーリーや、ゴブリンのゾやヨも元気でいるんだろうな?」

 とゼンも懐かしそうに言って、一同はしばしロムド城にいる友人たちへ想いをはせました。闇のものとして生まれついても、心には光を持つ大事な仲間たちです――。

 

 すると、丘の上で長身の人物が彼らを待っていました。灰色の長衣に長い銀髪、浅黒い肌……ユギルです。丘を登ってくる一同へ丁寧に頭を下げると、朝の光が髪の上で踊ります。

「ユギル、占いの結果が出たか」

 とオリバンは残りの斜面を一気に駆け上がり、占者に並んでささやきました。

「どうだった? 良くない予感というのは、やはりフルートたちのことだったか?」

「そうであるとも、そうでないとも言えることでございました――」

 とユギルはささやき返しましたが、内緒話はそこまでになってしまいました。オリバンの後を追って、ゼンやメールが駆け上ってきたからです。

「オリバンに言われて、俺たちの行き先が安全かどうか、占ってたんだって? 悪ぃな、手間かけちまってよ」

「きっと、ものすごく危険な目に遭うけど最終的には大丈夫、って、占いに出ただろ? あたいたちの旅って、いつもそうだもんね」

 特に心配する様子もなく、ゼンとメールが笑います。

 ユギルは、他の仲間たちが上がってくるのを待ってから、静かに口を開きました。

「皆様方がこれからおいでになる場所は、わたくしには見ることがかないませんでした。皆様方は天空の国の魔法の窓をくぐって、世界各地にいらっしゃっています。この世ならざる場所を通り抜けるために、その先を占いで見通すことは不可能でございました。ただ、この世界に大きな危険が迫っております。その危険の中心は、ザカラスの南西の、闇の灰が雲となって淀んでいる場所――。この後、勇者の皆様方が訪れると思われるところでございます。ご注意を、皆様方。濃い闇のために、そこでどのようなことが起きるのか、見通すことはかないませんが、一筋縄(ひとすじなわ)ではいかないことが、きっと発生することでございましょう」

 ユギルの声は遠いどこかから聞こえてくるような、厳かな口調になっていました。これが占いの結果なのです。

 フルートはすぐに確認しました。

「ザカラスの南西というと、噴火を起こしていた火の山の近くですね? ザカラス王とロムド王が協力して闇の雲を追い払おうとしているし、ぼくたちもそこに行って協力するだろう、ってユギルさんは昨日おっしゃったけれど。それがけっこう大変なことになるだろう、っていう占いなんですね?」

「左様でございます」

 とユギルは答えました。ロムド城の一番占者は、相手がまだ十代半ばの子どもでも、とても丁寧に話してくれます。

 セシルがオリバンに身を寄せて、ささやきました。

「彼らはそこで竜の宝を見つけるのだろうか? その場所で世界を巻き込んでの大戦争が始まるのか……?」

 しっ、とオリバンはセシルをさえぎりました。耳がよい犬たちに聞きつけられては大変だと考えたのです。

「やだなぁもう。そんなもったいぶらなくたって、あたいたちの行く先々が大変なのって、いつものことだから、珍しくもなんでもないんだってばさ」

 とメールが苦笑していました。

「闇の灰が雲になってるってことは、きっと闇の怪物もわんさかいるってことだろうからな。大変にならねえほうが、おかしいよな」

 とゼンも肩をすくめます。

 

 すると、急に犬たちがワンワンと鳴き出しました。

「やっぱり現れましたよ!」

「窓よ! 私たちを迎えに来たわ!」

 彼らのすぐそばの丘の上に、大きな窓が浮かんでいました。縦長で上部は丸く、周囲には蔦のような銀の縁飾りが広がっています。

 窓の下に、フルートたちが天幕に残してきた荷物や兜が置かれているのを見て、フルートはすぐに笑顔になりました。

「どうやら、窓が出発を急いでるみたいだ――。ハンにお別れの挨拶ができなかったのは残念だけど、きっとまた会うことがあるだろうから、それまでお元気で、と伝えてください」

 とオリバンたちにことづけると、ゼンも言いました。

「ユラサイの料理人には、飯がうまかったって言っといてくれ。特に肉まんじゅうが絶品だったってよ」

「オリバンたちも元気でいてよね。きっと、近いうちにまた会えるからさ」

 とメールも屈託なく言います。

 一行を引き止められないことを知って、オリバンやセシルは複雑な表情になりました。フルートたちが装備を整え、荷物を背負う様子を黙って見守ります。

 すると、ユギルがまた厳かな口調で言いました。

「皆様方はこの旅で四人の占者にお会いになります。東の占者、西の占者、南の占者、そして北の占者――。最後の占者は皆様方に最も大切なことを知らせてくださるでしょう」

 フルートはユギルを振り返りました。銀髪の占者は彼らにまた占いの結果を知らせてくれているのです。

 ポチが足元で首をかしげました。

「ワン、東西南北それぞれの方向に占者がいるんですね? ユギルさんはその中のどの占者――」

 ところが、ゼンとメールが叫びました。

「窓が消えていくぞ!?」

「窓が縮んでいるみたいだよ! 急がないと通れなくなるよ!」

 真実の窓がみるみる小さくなっていくのを見て、一行はあわてました。

「じゃあな、オリバン、セシル、ユギルさん!」

「いろいろお世話になりました! またどこかで!」

 挨拶もそこそこに、勇者の一行は窓へ飛び込みました。ポチもルルに急かされて窓へ飛び込み、窓が丘の上から消えていきます――。

 

 丘の上にはオリバンとセシルとユギルだけが取り残されました。オリバンたちが呆然としていると、ユギルは頭を振りました。

「どうやら、わたくしの占いは、勇者殿たちに知らせてはならないことだったようでございます。運命がわたくしたちの前から勇者殿たちを連れ去りました……」

「だが、ユギルは、わずかなりとも彼らに未来を知らせることができた。フルートたちは頭がいい。きっとそこから何かを知ることができるだろう」

 とオリバンは言うと、彼らが消えていった丘の上を見つめました。残念そうな表情を隠すことはできません。

 そんな婚約者にセシルは言いました。

「ロムドに帰ろう、オリバン。そして、国王陛下の手助けをしよう。それが今の私たちにできることだ」

 ユギルも頭を下げて同意しました。

「セシル様のおっしゃるとおりでございます。わたくしたちに示されているのは、ハン殿やユラサイの皆様方にお別れを告げ、テトとミコンを越え、エスタを抜けてロムド城へ戻る道でございます。可能な限り急げ、と占盤は告げております。馬を使ってロムド城へ戻ることにいたしましょう」

「城に――。わかった、さっそく出発の準備だ。行くぞ」

 潔さ(いさぎよさ)はオリバンの信条です。フルートたちへの未練をすぐに断ち切ると、先に立って丘を下り始めました。セシルとユギルが続きます。

 丘の麓の野営地では、ユラサイ兵が出発の準備を進めていました――。

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