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第20巻「真実の窓の戦い」

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54.夜明け

 翌朝、まだ薄暗いうちにオリバンは起きだし、自分の天幕を這い出しました。同じ天幕にはセシルが、別の大きな天幕にはフルートたちがいますが、よく眠っているようで、物音は聞こえてきません。

 オリバンは天幕の中でも鎧を着たまま寝ていました。そこから出てきた今も、兜と愛用の剣を持ってきています。幼い頃から命を狙われ続けてきたロムドの皇太子は、どんな時にも備えを怠らないのです。腰に剣を下げると、兜は抱えたままで、近くの丘の上に登っていきます。

 野営地に近い丘には、ユラサイの警備兵が立って、周囲を監視していました。オリバンが登ってくるのに気がつくと、丁寧に一礼して、また見張りを続けます。

 オリバンのほうでも兵士に声をかけることはしませんでした。丘の頂上まで来ると、兜を足下に置き、腕組みして周囲を眺めます。身を切るような寒さの中、夜明けが近づく空から星の光が消え、あたりは徐々に明るくなっていきます――。

 

 すると、目を覚ましたセシルが、オリバンの後を追って丘を登ってきました。

 オリバンはいぶし銀の鎧を身につけていますが、セシルは純白の鎧なので、薄暗い中でもその姿はよく見えます。彼女も腰にレイピアを下げていますが、兜は天幕の中に残してきていました。長い金髪がひるがえり、黎明(れいめい)の薄明かりに輝きます。

 セシルが横にやって来ると、オリバンは腕組みしたまま言いました。

「もう起きたのか。起床時間にはまだ間があるから、寝ていれば良かったのに」

「一眠りしたから大丈夫だ。あなたこそ、まったく寝ていないのではないか? 昨夜はずいぶん遅くまでフルートたちの話を聞いたが、その後、寝られないでいるように感じたのだが」

 とセシルに切り返されて、オリバンは苦笑しました。

「わかっていたのか。あいつらが話して聞かせてくれた出来事が、予想以上に厳しかったのでな……。戦いのたびに生きるか死ぬかの瀬戸際(せとぎわ)まで行く連中だから、いつものことと言えばそれまでだが、それにしても、あれほど過酷な状況をくぐり抜けてきたとは思ってもいなかったのだ」

 前の晩、彼らはフルートたちから、この四カ月間の彼らの旅を、残らず聞かせてもらったのです。

 セシルはうなずきました。

「まったくだな……。フルートが罠にかかって勇者でなくなった時には、ユギル殿の占いを手がかりに、私たちもできる限りの支援をしてきたけれど、遠くで占いの結果として話を聞くのと、実際にその中をくぐり抜けてきた彼らの話を聞くのとでは、天と地ほどの差があった。津波、噴火、天空の国の古(いにしえ)の人形……私の想像が追いつかないことばかりが話に出てきた。そこから彼らが生還して今ここにいることが、信じられないほどだ」

 オリバンもうなずくと、視線をまた地平線へ向けました。起伏の多い荒れ地で、茂みも多いのですが、東側は開けていて、赤味が差し始めた空がよく見えます。たなびく雲がゆっくり赤く染まっていくのを眺めながら、オリバンはまた言いました。

「彼らはこれまでも、常人の想像の及ばない場所で戦いを繰り広げてきた。そして、これからもきっとそうなのだろう。彼らの戦いは、人間の戦いではない。私には何ができるのだろう、我々は彼らとどのように戦いを繰り広げれば良いのだろう、と考えていたのだ」

 そのまま黙ってしまった婚約者を、セシルは見上げました。男らしい整った横顔は、先を見つめる目でじっと考え続けています。

 

 セシルは少しためらいながら、口を開きました。

「言うまでもないことかもしれないが、近々起きる大戦争の相手は、あのサータマンだろう、と私は思っている……。サータマン王は野心家だ。先日はクアロー国とカルドラ国を使ってロムドを攻め落とそうとして、失敗に終わったが、サータマン王がそれであきらめたとは、とても思えない。きっと、近い将来、サータマンとの間に大戦争が始まるのだ。――フルートたちを心配するあなたの気持ちはよくわかるけれど、きっと彼らに協力するような余裕はなくなる。それに、同盟を結んだ国々が戦いに駆けつけてきたときに、ロムド軍の陣頭にあなたがいなければ、彼らはどう思うだろう? 参戦を促しておきながら無礼な、と怒って引き返してしまうかもしれない」

 説得するように話し続けるセシルに、オリバンは我に返った顔になって、いや、と苦笑しました。

「私は、同盟の友を捨ててフルートたちの手助けをしたい、と言っているのではない。それに、ユギルが言う大戦争の相手がサータマンだ、ということにも懐疑的だ。もっと別の相手が敵ではないか、と私は思っている」

「というと? どこの国が敵になると考えているのだ?」

「まだわからん。だが、フルートたちは大陸の各地で闇の灰と戦っている。ひょっとすると、国などではなく、闇の民や怪物が地上を攻めてくるのかもしれん」

 それを聞いて、セシルは眉をひそめました。

「大昔の光と闇の戦いのように? だが、デビルドラゴンはまだ世界の最果てに幽閉されているぞ」

「だから、それを復活させようとして、闇の軍勢が戦いを起こすのかもしれん、と考えているのだ」

 セシルは絶句しました。その可能性は考えたことがなかったのです。

 オリバンは話し続けました。

「ユギルは、真実を探し求めるフルートたちの動きが、大きな戦いを招き寄せる、と言っていた……。ひょっとしたら、真実の窓の先で、あいつらは今度こそ竜の宝を見つけるのかもしれん。だが、それはデビルドラゴンの力の一部を持つと言われている存在だ。うまく使えば奴を消滅させられるかもしれないが、敵に奪われれば、奴を復活させてしまうのかもしれない。これから起きる大戦争というのは、闇の敵と竜の宝を奪い合う戦いのことなのかもしれない、と考えていたのだ」

 セシルはますます何も言えなくなりました。青ざめて、オリバンを見上げ続けます。

 

 オリバンは腕組みをして、また丘の下を見下ろしました。明るくなってきた野営地では、そろそろユラサイ兵たちが起き出して、朝食の支度や出発の準備を始めていましたが、その中央に張ったフルートたちの天幕は静まり返ったままでした。勇者の一行はまだ眠り続けているのです。

 オリバンは大きな溜息をつきました。

「どのような戦いになるとしても、我々は正義と平和のために戦い続ける。そのことに少しもためらいはない。だが、フルートたちはいつも闇を相手に、人智を越えた戦いを繰り広げる。そんな彼らを、人間の我々はどうしたら支援することができるのか……。これは大変な難問なのだ」

 セシルはまた考え込み、ことばを選びながら言いました。

「私たちには大陸随一の占者がいる。ユギル殿が私たちのするべきことを知らせてくれるだろう」

「そうだな」

 とオリバンは言って、フルートたちの天幕に近い場所で燃える、小さな炎を眺めました。夜通しずっと燃えていた火です。丘の上からはよく見えませんが、その火のそばにはユギルがいるはずでした。かがり火の光を頼りに、一晩中占盤をのぞき、行く先に現れてくるものを読み解いているのです。

 すると、オリバンとセシルの顔を、赤い光が照らしました。地平線から太陽が顔を出したのです。

 オリバンは目を細めて朝日を眺め、やがて歩き出しました。

「日の出だ。あいつらを起こしてやらなくては」

 と野営地に向かって丘を下り始めます。

 セシルもその後についていきながら、ふと顔を上げて、また東の地平線を眺めました。

 遠くから嵐が近づいているのか。不気味な赤黒い雲に彩られた空の中を、太陽は金色に輝きながら昇っていました――。

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