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第20巻「真実の窓の戦い」

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53.予感

 ザカラスの南西に淀む灰の雲が消え、その先に勇者たちの象徴が見える、とユギルから言われて、フルートは真剣な顔になりました。少し考えてから言います。

「それはつまり、ぼくたちがそのことに関わる、っていうことですね? ぼくたちは陛下たちに協力するようになるんだ」

「ワン、それじゃ、ぼくたちも闇の雲を散らすために、そこへ行くっていうことですか」

「私たちが次に行く場所は、ザカラスなの?」

 とポチとルルも言い、一同は思わず周囲を見回しました。彼らを次の場所へ導く真実の窓が現れているのではないかと思ったのですが、窓はまだどこにも見当たりませんでした。

 ゼンは安心した顔になりました。

「良かった、まだここにいられるな! これだけのご馳走を残して出発するなんてのは、めちゃくちゃもったいねえもんな」

「もう! ゼンの安心の理由って、そこのわけ?」

 とメールがあきれたところへ、料理人が次の料理を運んできました。盛大に湯気を立てる肉まんじゅうが山盛りに置かれたので、ゼンもメールも他の仲間たちも、そちらに夢中になってしまいました。

「な? これを食わねえで帰るなんて、できねえだろう?」

「確かにね! あたい、これが大好きなんだ!」

「はい、ポポロ。熱いから気をつけて」

「ありがとう、フルート」

「ワン、ぼくたち用に、ネギが入っていない肉まんじゅうもある。嬉しいな!」

「まあ、気が効いてる。ハンが言ってくれたのね」

 賑やかに肉まんじゅうに群がる勇者たちに、オリバンもセシルもユギルも、ハンまでもが、思わず笑ってしまいました。大人びた言動をするし、大人顔負けの活躍を見せる勇者たちですが、こんなところは年相応です。

 

 やがてオリバンがユギルへ尋ねました。

「フルートたちが闇の雲を散らすためにザカラスへ行くのは良いとして、我々はどうなのだ? 我々の象徴は、その場所に共にいないのか?」

「彼らがくぐってきたという真実の窓を、私たちも通れないだろうか?」

 とセシルも言います。

 ユギルは占盤を見ながら首を振りました。

「残念ながら、わたくしたちには、このままテトの東を抜けてロムドへ戻る道が示されております。真実の窓は勇者の一行にだけ通ることが許されている、魔法の道でございます。わたくしたちのためには開いてくれません」

 そうか……とオリバンとセシルはがっかりしました。せっかくフルートたちと再会できたのに、また別れ別れになってしまうのです。

 すると、ユギルはハンにも言いました。

「名代殿とも、この場所にてお別れになる、と占盤に出ております。勇者殿たちがおいでになったのと同時に、世界に迫る戦いの気配が強まってまいりました。おそらく、今年中に戦いが始まることでございましょう。ハン殿には、急ぎユラサイへ戻られて、竜子帝にこのことをお知らせいただきとう存じます」

 占者が告げるただならない予言に、オリバンやハンは身を乗り出しました。

「いよいよ戦争が始まるというのか?」

「ですが、占者殿はこれまで、開戦まではもうしばらく余裕があるとおっしゃっていたではありませんか?」

 近くにユラサイの兵士や料理人がいるので、声をひそめてそう尋ねます。

 占者は占盤を見つめながら言い続けました。

「状況が大きく変化しつつあるのです。勇者殿たちが真実の窓をくぐっていることで、世界に動きが起きております。彼方に見えていた戦いの兆しが、一気にわたくしたちに近づきました」

「何故? 彼らは訪問先で戦いをあおるようなことをしてきたのか?」

 とセシルは尋ねました。やはりごく低い声なので、食事に夢中になっているフルートたちには聞こえていません。

 ユギルはまた首を振りました。

「そうではありません。勇者殿たちは、ただ真実を探し求め、その場所で必要とされていることをしているだけでございます。ですが、そんな勇者殿たちの動きが、巡り巡って何かを大きく動かそうとしております……。その行き着く先が、世界を巻き込んでの大戦争なのでございます」

 オリバンは思わず口元を歪めました。楽しそうに食事を続けているフルートたちを横目で見てから、低く言います。

「彼らはデビルドラゴンを倒す手段を探し求めている。いよいよそれが見つかるというのか?」

「それは申し上げることができません。勇者殿たちの未来は、占盤に現れてまいりませんので。ただ、それとは別に、胸騒ぎのような予感がしております。勇者殿たちに関することか戦争に関することか、今は判断ができませんが、お時間をいただければ、もう少し詳しく占うことができると存じます」

「どのくらいの時間が必要だ? どうやら、フルートたちには滞在時間があまり残されていないようだが」

「せめて一晩のお時間を――。それで、可能な限り占ってみましょう」

 占者の返事にオリバンはうなずきました。

「よし、彼らを明日の朝まで引き止めよう。占いにかかれ、ユギル」

「承知いたしました」

 ユギルは銀の髪を揺らして一礼すると、占盤を抱えて立ち上がりました。そのまま何も言わずに火のそばから離れていきます。

 

「あれ、ユギルさんはどこに行くのさ?」

 とメールが気がついて尋ねました。ポチも料理から顔を上げ、くんくんと鼻を鳴らして言います。

「ワン、オリバンたちはどうしてそんなに心配しているんですか? 何かあったんですか?」

 人の感情を匂いでかぎわける小犬に、セシルはどきりとしましたが、オリバンは平然と答えました。

「おまえたちはいつも危険で戦いの激しい場所へ飛び込んでいく。次もまた、そんなところへ行くのだろう。だから、おまえたちの行く先の安全を占うように、ユギルに命じたのだ」

「んもう、オリバンったら。本当に心配性なんだから!」

 とルルがあきれ、ゼンは自信たっぷりに笑いました。

「心配いらねえよ。俺たちはチームワークだけは抜群なんだ。どんなところに行ったって、絶対やられたりはしねえよ」

「確かに、おまえたちのチームワークの良さは認めるがな。その力を使って、どんな旅をしてきた? テトで私たちと別れてからここまで、どこへ行って何をしてきたのか、詳しく話して聞かせろ」

 とオリバンが言ったので、勇者の一行は目を丸くしました。

「賢者たちの戦いの後のことを全部?」

「かなり長い話になるぞ、オリバン。ぼくがお台の山でマモリワスレの罠にかかってしまったり、南大陸に渡って火山の地下に潜ったり、天空の国へ行ったり、トムラムストを調べに海底に行ったり――とにかくたくさんのことがあったんだから」

 とフルートは言いましたが、オリバンは譲りませんでした。

「いい。次にまたいつ会えるかわからんのだから、聞けるときに聞かせてもらおう」

 未来のロムド王は、こういう場面で相手に有無(うむ)を言わせません。フルートたちは苦笑してしまいました。

「ホントに長い話になるんだよ、オリバン」

「一晩中話しても終わらないかもしれないんだけれど、それでもいいの?」

「ああ、かまわん――」

 

 オリバンが勇者の一行の引き止めに成功したのを見て、ハンは立ち上がりました。オリバンはフルートたちと話しているので、セシルへそっと言います。

「警備兵たちに、明朝ユラサイへ戻ることを伝えてまいります。皇太子殿や皇太子妃様に名残は尽きませんが、開戦が近いとなれば、ぐずぐずしてはいられません。一日でも早く王宮に戻って、竜子帝にお知らせしなくてはなりませんから」

 真面目な顔でそんなことを言うハンを、セシルは見つめ返してしまいました。

「信じてくださるのだな、名代殿は……。まだ、何者とどのような戦いが始まるかもわからないというのに」

 すると、ハンはしわが刻まれた顔に笑みを浮かべました。

「ここまでご一緒させていただいた間に、ユギル殿の予言の確かさは、いやというほど見せられてきました。竜仙郷の占神にも匹敵する実力者でいらっしゃいますからな。当然のことをするまでです」

 そう言って離れて行ったハンの背へ、ありがとう、とセシルはつぶやきました――。

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