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第20巻「真実の窓の戦い」

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第18章 予感

52.状況

 その夜、フルートたちはオリバンたちと荒野で焚き火を囲んで、一緒に夕食を取りました。

 ゼンが肉詰め入りの粥(かゆ)をかき込みながら言います。

「要するに、おまえらは、もうすぐ大戦争がおっぱじまるから協力しろ、って、ユラサイのまわりの国に言って回っていたんだな。で、味方になってもらえたのか?」

 オリバンは重々しくうなずきました。

「無論だ。我々にはハン殿が竜子帝の名代として同行してくれているからな」

 彼らの前には豚のあぶり焼きや鶏の唐揚げなどの料理が並び、オリバンはそれを肴(さかな)にユラサイの酒を呑んでいました。白髪頭のハンも同じ酒を呑んでいましたが、オリバンの話に穏やかに首を振りました。

「確かに周辺諸国はユラサイに忠実ですが、それにしても、今回の帝のご命令は、どの国にとってもにわかには受け入れがたい内容でした。この大陸は、大砂漠やその南側のジャングルを挟んで、東と西に大きく別れています。これから西で世界を二分するような戦争が起きるから参戦しろ、と言われても、東の国々が二の足を踏むのは当然です。それを同盟に引き入れることができたのは、ひとえに皇太子殿のお力でした。どんなに消極的な国の指導者であっても、皇太子殿が説得すると、皆、要請があれば軍隊を西へ派遣する、と約束しましたからな」

「やっぱりオリバンだね。ほぉんと、王様なんだからさ」

 とメールが言うと、オリバンは大真面目な顔で反論しました。

「私はまだ王ではない。ロムドの国王は父上だ。今も大変お元気だから、私がその跡を継いで国王になるのは、ずっと先のことだぞ」

 その返事に全員は苦笑してしまいました。本当に、相変わらずのオリバンです。

 

 焚き火を囲んで食事をする一行の周囲には、同じような焚き火がいくつもあって、大勢のユラサイの兵士が火を囲んでいました。彼らはユラサイ国からオリバンたちの護衛をしてきたのですが、土砂降りの荒野の中でオリバンたちを見失い、雨が上がってから、ようやく合流できたのでした。今は、四、五人ずつのグループに別れ、自分たちで夕食を作って食べています。

 ただ、フルートやオリバンたちが食べている食事は、同行している料理人が作ってくれたものでした。元は宮廷で働く料理人だけあって、出てくる料理はどれもご馳走です。

 卵と瓜(うり)の煮込みを大きなスプーンで口に運びながら、フルートが言いました。

「ぼくたちのほうの状況は、さっき話したとおりだよ。天空城から真実の窓をくぐって、中央大陸のあちこちを訪問している。ユラサイの長壁、ロムドのレコルとシルを訪れて、ここが四箇所目だ。ここはスーウという国だと言ったっけ? どのあたりにある国なんだ?」

 セシルがそれに答えました。

「ユラサイの南西だ。この先に小さな国があと二つほどあって、その先はもうテトの国だとハン殿はおっしゃる」

 テト! とフルートたちは声を上げてしまいました。賢者たちの戦いの舞台になった国です。

「ワン、そうかぁ……ぼくたちはテトの近くまで来ていたんだ」

「アクは元気でいるかしらね?」

 とポチとルルが話し合いました。テトを治めるアキリー女王は、彼らにとってはアクと愛称で呼ぶような親しい人物です。

 フルートは食べる手を停めて考え込みました。

「闇の灰はテトの国の先まで流れてきていたのか――。とんでもなく広範囲だな」

「それはそうよ……。だって、ユラサイの長壁まで、闇の灰の影響が及んでいたんですもの。中央大陸の南半分全部が、闇の火山灰の影響を受けているんだわ……」

 とポポロが真剣な顔で言います。

 

 すると、焚き火の向こう側に座っていたユギルが、うつむいたまま口を開きました。その視線の先にあるのは、地面に直接置かれた占盤でした。磨き上げられた石の表面に象徴を読みながら言います。

「ザカラスと南西諸国の間にある火の山は、中央大陸の西の外れに位置しておりますが、そこが噴火を始めたのは、昨年九月のことでした。噴煙がやがて風に乗って東へ流れてくることは、その時点でわたくしも把握しておりましたが、噴火は五ヶ月ほどで収まる、と占盤は告げておりました。それから間もなく、アキリー女王が救援を求めてロムドにおいでになり、わたくしたちはテトへ出発したので、それ以降、占盤で噴火や噴煙の様子を見ることはございませんでした――。今、改めてそちらを見ると、ザカラスの南西部は非常に濃い闇におおい隠されていて見通すことがかないませんし、それよりもっと東側のロムドやエスタにも闇が流れ込んでいるのが、はっきりと見て取れます。闇の灰が飛来している地域では、日の光が灰にさえぎられて、きわめて深刻な冷害が起きております。このような事態になっていたにもかかわらず、わたくしは何も気づかずにロムドを遠く離れておりました。まったく、一番占者失格でございます」

 ユギルはうつむいたまま唇をかみました。長い銀髪は占者の表情を隠しますが、地面に腹ばっているポチとルルには、その顔がはっきり見えていました。ロムドの一番占者は顔を歪め、これ以上できないというほど悔しそうな表情で、自分の占盤をにらみつけています――。

 オリバンは首を振りました。

「それは違うだろう、ユギル。おまえはまず大砂漠を越えてユラサイへ行くために、占者としての力を尽くし、その後は、どうすればユラサイや周辺の国々と同盟を結べるかを占い続けた。いくら一番占者であっても、世界中のすべてのことを同時に占えるほど万能ではない。ロムドを離れていた以上、そちらの出来事に目を向けられなかったのは当然のことだ。ユギルの責任ではない」

「そうだ。それに、ユギル殿に私たちとユラサイへ行くように言ってきたのは、その占盤なのだから。私たちはそれに従っただけだ」

 とセシルも言います。

 それでも占者が顔を上げないので、フルートが言いました。

「闇の灰が引き起こした冷害については、ロムドでは心配ないようです。秋のうちに、冷害になるから備えておくように、と国王陛下からお知らせが来ていた、とお父さんが言っていましたから。西部のシルにまで知らせが届いていたなら、国中の他の場所にも同じ連絡が行っていたはずです」

「つまり、ユギルさんの仕事はこっちだった、ってことだよね。オリバンやセシルと一緒に、東の国々を説得して同盟に参加させることのほうが、闇の灰に対応することより大事だったんだよ」

 とメールも言います。

 

 オリバンに励まされるように肩をたたかれて、占者はようやく顔を上げました。一同に会釈(えしゃく)をしてから、また話し始めます。

「火の山から空高く吹き上げられた火山灰は、風に乗ってほぼ世界中に広がっておりますが、量としてはあまり多くはないようでございます。むしろ、問題なのは空の低い場所へ流れた灰でしょう。きわめて大量なので、そこに含まれている闇もかなりの量になっております。ただ、空の高い場所より動きが鈍いために、灰の大半はまだザカラスの南西部に、雲のように淀んでおります。国王陛下は、甚大な被害が出る前に、ザカラス王と協力してそれを散らそうとお考えのようです」

 占者は、時折占盤へ目を向けながら、それだけのことを語りました。まるで闇の灰や国王たちの動きを直接見てきたような、確固とした口調です。そして、一同は占者のことばをそのまま受け入れて信じました。

「ワン、ザカラスの南西に淀んでいる灰って、きっと、火の山でナンデモナイと戦ったときに生まれた噴煙ですよね。あれはものすごい量だったもの」

 とポチが言い、フルートたちはうなずきました。闇の灰の発生を地の底で停めてきたのは、彼らです。

「父上たちは灰の雲を散らせそうか?」

 とオリバンが尋ねると、ユギルは答えました。

「左様でございますね……おそらくは」

「おそらくは?」

 ユギルが微妙な言い方になったので一同が聞き返すと、占者は話し続けました。

「闇は現在も未来もおおい隠してしまうために、わたくしにもそこで何が起きるのかを読み取ることは困難なのです。ですが、占盤は闇の雲が消えていくだろう、と告げております。そして、その先の未来に、勇者殿たちの光の象徴が見えているのでございます――」

 そう言って、占者は青と金の色違いの目で、じっとフルートたちを見つめました。

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