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第20巻「真実の窓の戦い」

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51.絆(きずな)

 ぬかるみが消えた荒野の上で、空の雲が切れ、日が射してきました。木や草が緑に輝き始め、地上に日だまりと影が生まれます。その中央に立つのは、フルートたち勇者の一行でした。

 白い鎧兜をつけたセシルが、レイピアを鞘に収めて言いました。

「本当に驚いたな! こんなところで会えるとは思わなかった。いつ来ていたんだ?」

 話しながら兜を脱ぐと、長い金髪がばさりと落ちてきて流れました。あれほど激しい雨にたたかれたのに、髪はまったく濡れていません。魔法の雨だったのです。

 そこへ管狐に乗ったオリバンも戻ってきました。狐の背から飛び下りて、フルートとゼンを右左に抱き寄せます。

「おまえたち、元気でいたな! 来るなら来ると、一言伝えろ! 驚いたではないか!」

 と笑顔で言います。大柄な皇太子に抱かれると、フルートもゼンも子どものように小さく見えてしまいます。

 すると、銀髪の占者が歩み寄りながら言いました。

「失礼ながら、わたくしは申し上げたはずでございます。間もなく、ここへ助け手たちが到着すると。あれは勇者殿たちのことでございました」

「ユギルさん!!」

 とフルートたちはいっせいに言いました。ロムド城の一番占者は、輝く長い銀髪に浅黒い肌、右目が青、左目が金の瞳をした、非常に美しい青年です。

 と、占者は急に足を停めました。色違いの目を見張ってフルートを見つめます。

 フルートのほうも、ユギルを見つめ返してしまいました。テトの国で繰り広げられた賢者たちの戦いの後、西と東に別れ、三カ月ぶりで再会した皇太子の一行です。ユギルに会うのも久しぶりなのですが、なんだか、つい最近会ったような気がしたのです。そんなはずはないのに――。

 すると、占者は急にその場所で片膝をつきました。片手を胸に当て、深々と頭を下げたので、長い銀髪が地面の上で流れを作ります。

 占者に最敬礼されて、オリバンは驚きました。

「急にどうしたのだ、ユギル?」

 占者は礼をしたまま、申し訳ありません、とオリバンへ謝りました。

「失礼ながら、殿下への敬礼ではございません。勇者殿へ、十五年来の感謝を捧げさせていただきました――」

 十五年来の感謝? とオリバンもフルートも他の者も目を丸くしました。意味がわかりません。

 

 占者はフルートの前にゆっくり立ち上がりました。オリバンほどではありませんが、ユギルもかなりの長身です。ただ、フルートには、彼が以前ほど背が高いようには感じられませんでした。見上げるときの首の角度が違っていたのです。フルートの身長が伸びた証拠でした。

 そんなフルートを、ユギルは微笑するように目を細めて見つめました。

「大人になられましたね、勇者殿。気づかないうちに、時間がわたくしたちに追いついておりました……。今から十五年前に、勇者殿はわたくしの命を闇から救ってくださったのです。わたくしは今、そのことに感謝をいたしました」

 はぁ!? とゼンや犬に戻ったポチとルルはまた声を上げました。

「そんなはずないだろ!? 十五年前なんて言ったら、フルートはまだ一歳だよ! それでどうやってユギルさんを助けるのさ!?」

 とメールが言います。

 けれども、フルートはユギルの顔を穴が空くほど見つめてから、ああ、と言いました。大きく息を吐いてから言います。

「ぼくがシルの荒野から飛び込んだ闇の結界……あそこにいたのは、ユギルさんだったんですね?」

「え、デビルドラゴンに捕まっていた子を助けたって言ってた、あのこと!?」

 とルルが驚くと、ゼンも言いました。

「んなはずねえだろうが! あれはついさっきの出来事だぞ。十五年も昔の話じゃねえや!」

 フルートは首を振りました。

「あの闇の結界は、過去の時間の中にあったんだよ……。助けた子の顔を見て、なんだか会ったことがあるような気がしたんだ。あれがユギルさんだったなんて」

「わたくしは、当時まだ十四歳でございました。マグノリアという女性の下(もと)で占者の修業をしている最中に、師匠の占盤をうっかりのぞいて、闇に捕まってしまったのです。もう少しで殺されそうになったところへ、金に輝く勇者が駆けつけて、わたくしを闇から開放してくださいました――。ただ、わたくしは、その時の出来事をいつの間にか忘れておりました。事件の直後には覚えていたはずなのですが、まるで記憶をどこかに封じ込められてしまったように、今の今まで思い出さなくなっていたのです。ところが、今、あの時と同じ姿の勇者殿を見たとたん、記憶が戻ってまいりました。わたくしは、闇の中で、かの竜と勇者殿に出会っていたのでございます」

 ユギルはそう言って、またフルートへ頭を下げました。

「わたくしが今ここにこうしてあるのは、あの時に勇者殿に助けていただいたおかげでございます。どれほど感謝をしても、感謝しきれません」

 ユギルの声には押さえきれない感情がありました。占者は感無量でいるのです。

 

 フルートはずっと驚いた顔をしていましたが、そんなふうに言われて、穏やかな笑顔に変わりました。

「ぼくたちはユギルさんに、本当に数え切れないほど助けていただいてきました。五年前、ぼくが金の石に出会ったときにも、ユギルさんの予言があったから、ゴーリスはシルに来ていて、ぼくに剣を教えてくれたんです。すべてはあの時から始まりました。そんなユギルさんを、ぼくが偶然助けていたのなら、ぼくとしても本当に嬉しいです」

 ところが、占者は大真面目な顔で首を振りました。

「いいえ、偶然ではございません――。わたくしたちの存在は、それぞれに目には見えない強いつながりで結びついております。その見えない糸が、わたくしたちを引き合い、出会わせるのでございます。勇者殿たちも、殿下も、そしてわたくしも……この場所にいる全員は、この世界にとって、なくてはならない存在です。運命がその糸をたぐり寄せるたびに、わたくしたちは幾度も出会うのでございましょう」

 ユギルの声はいつの間にか低く厳かになっていました。まるで別の世界から告げられてくることばのようです。

 一同は厳粛(げんしゅく)な気分になり、黙ってうなずきました。やがて、フルートが無言のまま皆の前へ手を差し出します。

 その意味にすぐ気がついたのはゼンでした。フルートの手の上へ自分の手を重ねます。それを見て、仲間たちも次々自分の手を重ねていきました。メール、ポポロ、オリバン、セシル、ユギル……

「ワン、ぼくたちにもやらせてくださいよ!」

「私たちには届かないわよ!」

 と犬たちが言ったので、全員は膝をついて手を下げました。ポチとルルが伸び上がって、重なり合った手の上へ前脚を載せます。

 すると、その一番上に、黄色味を帯びた男の手が重なりました。白髪頭のハンが照れたように笑いながら言います。

「私もお仲間に入ってかまいませんでしょうか? 世界のためになくてはならない一員、というほど重要な人間ではありませんが、皆様と一緒に力を合わせたいと思っております」

「もちろん」

 とフルートはうなずき、すぐに全員に向かって言いました。

「ぼくたちは世界を闇から守るために出会ってきた。そして、これからも力を合わせて戦っていくんだ。ずっと――デビルドラゴンを倒すまで!」

 おう!!! と全員が声を合わせて応えます。

 

 そして、全員は手を離し、互いに手を取り肩を組んで、再会を喜び合いました。

「メール、ポポロ、また会えて嬉しいぞ!」

「あたいたちもだよ、セシル!」

「あれからどこに行っていたの……?」

「フルートは、ずいぶん背が伸びたな! どのくらいになった!?」

「測っていないからわからないけど、オリバンには全然かなわないよ」

「馬鹿野郎! オリバンより背が高かったら、巨人になっちまうだろうが!」

「ゼン殿も大きくなられましたね。背も伸びましたが、立派な体格になられました――」

「ワンワン、お久しぶりです、ハン! ユラサイの周囲の国々と同盟を結ぶために、帝(みかど)の名代としてハンがオリバンに同行してる、って竜子帝から聞いていましたよ」

「なんと。ポチ殿やルル様は帝に会われたのですか!? いつどこで!?」

「ついさっきよ。リンメイやロウガとも会ったわ。みんな元気そうだったわよ――」

 積もり積もった話に、場が一気に賑やかになります。

 そんな一同を日の光は明るく照らしました。灰色の雲が風に追い払われて、抜けるような青空が広がっていました。

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