たたきつけるような雨が急に弱まり、小降りになると、周囲の見通しが効くようになってきました。聖なる剣を構えるオリバンとレイピアを握るセシルが、はっきり見えるようになります。セシルの後ろには巨大な管狐がいて、次々襲いかかってくる骸骨戦士を追い払っていました。その数は百体を下りません。
「げ、ずいぶんいやがるな」
とゼンが言いましたが、フルートやオリバンたちはまた別の場所を見ていました。闇の怪物の声が聞こえてきた方向です。薄くなっていく雨のカーテンの向こうから、巨大な丸い怪物が姿を現します――。
それは全長が十メートル以上もある大ガエルでした。全身を醜いいぼでおおわれ、ぬかるんだ地面にうずくまって、こちらをうかがっています。
と、頭の上に突き出た目が、ぎょろりと動きました。
「ボゥ、ボゥ、数ガ増えてイるな。貴様ラ、どこからキたンだ?」
ときどき音が跳ね上がるような奇妙な声は、あまり賢くない闇の怪物の特徴です。
フルートはいっそう身構えながら、オリバンたちに尋ねました。
「あれは?」
「わからん。だが、あいつがこの一帯に雨を降らせているらしい。荒れ地を通っているところで遭遇して、たちまちこの場所を沼に変えてしまったのだ」
とオリバンが歯ぎしりをします。何度も切りつけたのですが、そのたびに逃げてしまうので、倒すことができずにいたのです。
ウゥゥ、とポチとルルはうなり声を上げました。雨が上がれば風の犬に変身できるのですが、雨はやみそうでやみません。
すると、メールが声を上げました。
「植物だぁ!」
足元は一面泥沼のようになっていますが、そのあちこちに、ずぶ濡れになった茂みがあったのです。その葉陰に花が咲いているのを、メールは見逃しませんでした。両手を上げて呼びます。
「おいで、花たち! あのいぼガエルを捕まえるんだよ!」
すると、茂みから白い花が蝶の群れのように飛びたちました。空中で渦を巻き、巨大な集団になって、大ガエルへ向かっていきます。
ところが、カエルは花が襲ってくる前に、泥の中へ潜ってしまいました。せいぜい人のくるぶし程度の深さしかないはずなのに、巨大な体がすっかり隠れてしまいます。花はその後に落ちていきました。泥の中へ蔓を根のように伸ばしますが、カエルを捕らえることはできません。
メールは再び手を振りました。
「もう一度! 今度は鳥になるんだよ!」
花が再び舞い上がり、今度は空中で花鳥に変わりました。首と脚の長い鶴(つる)の姿なってまた舞い下り、泥の中へ長いくちばしを突っこみます。
とたんに、ボァッと大きな悲鳴が上がって、泥からカエルが飛び上がりました。花鶴に背中を突き刺されて、びっくりして飛び出してきたのです。
そこへフルートが剣を振り下ろしました。炎の弾がカエルに激突します。
カエルは燃えながらぬかるみへ落ちました。泥が跳ね上がって周囲に飛び散ったので、フルートたちは思わず顔をそむけます。
けれども、オリバンはカエルに向かって駆け出していました。泥がカエルの火を消すのが見えたからです。セシルがそれに気づいて言います。
「管狐、オリバンを乗せろ!」
大狐は即座にオリバンの元へ跳ぶと、オリバンをくわえて自分の背中に放り上げ、すぐにまた跳びました。また泥へ潜ろうとするカエルに襲いかかります。
その背中からオリバンは剣を振りました。リーン、と澄んだ音が響いて、刃がカエルを切り裂き、黒い煙に変えてしまいます。
煙は大狐が巻き起こした風に吹き散らされて、消えていきました。同時に雨が上がり、空が明るくなってきます。
「ワン、雨がやんだ!」
「私たちも行くわよ!」
ポチとルルが風の犬に変身して舞い上がりました。ぬかるみにはまだ百体以上の骸骨戦士がいて、彼らに向かってきていたのです。風の体で片端から吹き飛ばしていきます。
すると、ポポロがぬかるみの行く手を指さして言いました。
「あそこに闇が淀んだ(よどんだ)沼があるわ! あそこから怪物が出てくるのよ!」
彼女の言うとおり、そこから戦士の恰好をした骸骨が、次々に立ち上がっていました。骸骨の数は増える一方です。
フルートは聞き返しました。
「闇が淀んだ沼ということは、ここにも闇の灰が飛んできているのか!?」
「たぶん……!」
とポポロが答えます。
フルートはすぐに決断しました。首からペンダントを外すと、かがみ込んで足元の泥に押し当てます。
「聖なる力を送り出せ、金の石! この一帯を浄化するんだ!」
ペンダントが金色に光り出し、輝きが周囲へ広がり始めます。
すると、フルートの傍らに赤いドレスの女性が現れました。
「そなたはまた守護のに無理をさせる。これほど広範囲の場所に聖なる力を送り出せば、守護のは力尽きてしまうではないか。私の喧嘩相手を消滅させるな、と何度言えばわかるのだ」
と冷ややかに文句を言いながら、フルートの肩をつかみます。とたんに金の輝きがいきなり強まり、爆発するように周囲へ広がっていきました。ぬかるみの上を光が走り、そこに立つ骸骨戦士を片端から黒い煙に変えてしまいます。
光の中心で、フルートは送り込まれてくる力に顔をしかめながら、にやっと笑いました。これだけ大がかりなことをしようとすれば、願い石が現れて力を貸すことは、予想ずみだったのです――。
光が広がっていく先で、骸骨戦士は次々に消えていきました。骨でできた体も、身につけた古ぼけた鎧兜も、手にした剣も、崩れるように形を失って黒い煙になり、光の中で消滅していきます。
それを空から見下ろして、ポチはルルに尋ねました。
「ワン、あれはやっぱり闇の灰?」
「そうだと思うわ。普通の消滅のしかたと、ちょっと違うから。闇の灰が集まって生まれた怪物なのね」
とルルは答えました。広がる光が闇の匂いも消していくので、ようやくしかめっ面が直ります。
ゼンは自分の足元を見て驚いていました。一面のぬかるみが、光りながら、みるみる乾いていくのです。じきに普通の地面になってしまいます。
「あれ、靴の泥まで消えちゃったよ?」
とメールも目を丸くしていると、セシルが言いました。
「闇の怪物が創りだした泥だったから、聖なる光に消えていくのだろう――。良かった。あの中から新しい闇の怪物が生まれてきそうで、どうも良い感じがしていなかったのだ」
ぬかるみはやがて、一面の荒れ地に変わりました。緑の植物が茂みを作る先に、丸い沼がぽつんと残ります。金の石がどんなに輝いても沼は消失しませんが、水が綺麗な緑色に変わっていきました。やがて、岸辺を薄い羽根のトンボや蝶が飛び始めます。
金の石が輝くのをやめ、願い石の精霊が姿を消したので、フルートは立ち上がりました。ありがとう、と魔石たちに礼を言ってペンダントを首に下げます。
すると、少し離れた場所に立った木の上で音がして、二人の人物が地上へ下りてきました。一人は灰色の長衣を着た長い銀髪の青年、もう一人はユラサイの衣装を着た白髪の男性です。
彼らを見たとたん、フルートたちはまた歓声を上げました。
「ユギルさん! ハン!」
ロムド城の一番占者とユラサイの皇帝の後見人が、姿を現したのでした――。