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第20巻「真実の窓の戦い」

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第16章 疑問

46.親

 シルの広場の外れで、フルートたちはロキを父親に引き渡しました。闇の少年から元の幼児の姿に戻ったロキです。

 すると、知らせを受けた町の人たちが押しかけてきました。ロキの母親も泣き笑いしながら息子へ飛んでいきます。

 その後から、フルートとポチの名を呼んで駆けててくる女性がいたので、フルートたちはびっくりしました。コートの裾をはためかせながら走ってくるのは、フルートの母親だったのです。

「お母さん!」

 とフルートは叫んで駆け出しました。母親に飛びつき、抱きとめて言います。

「走っちゃだめだ、お母さん! また発作が起きるよ!」

 生まれつき心臓の弱いお母さんは、精神的なショックを受けたり激しい運動をしたりすると、発作を起こすことがあったのです。

 すると、お母さんはフルートの顔を両手ではさみ、見上げるようにのぞき込んで言いました。

「まあ、フルート……! こんなに大きくなっていたのね……! もう私より背が高いわ……!」

 お母さんの目から大粒の涙がこぼれ出しました。嬉し涙です。闇の竜と戦うために旅立った息子が、一年二カ月ぶりで戻ってきたのですから、当然でした。泣きながら、息子をひしと抱きしめます。

 その足元に絡まりながら、ポチは尻尾を振りました。

「ワン、お母さんも町の中にいたんですね! 雪が降っているし、お母さんたちは家のほうにいると思ったんですよ!」

 フルートの自宅はシルの町外れの、離れた場所にあったのです。

 お母さんはすぐに雪に膝をついて、ポチにもかがみ込みました。

「あなたも大きくなったわね、ポチ。もう子犬じゃないわ……。ロキがいなくなったというから、アンのそばについていたのよ。あなたたちがロキを見つけてくれたのね。ありがとう」

 アンというのはロキの母親の名前でした。フルートのお母さんとロキの母親は友だちだったのです。

 お母さんに頭をなでてもらって、ポチはまた尻尾を振りました。

 

 そこへ、フルート! と呼ぶ男性の声も聞こえてきました。彼らを囲む町の人たちをかき分けて、背の高い男の人が前に出てきます。

「お父さん!!」

 とフルートとポチはまた叫び、今度は父親に飛びつきました。フルートのお父さんは、髪の色は茶色ですが、フルートそっくりの鮮やかな青い目をしています。

 お父さんは息子と小犬を交互に抱きしめると、フルートの背中をたたきながら言いました。

「驚いたな。おまえたちが戻ってきたと聞かされて、何かの間違いじゃないかと思いながら飛んできたんだよ。いつ帰ってきていたんだ?」

「ついさっき――。そしたら、ロキが行方不明になっていたから、みんなと一緒に探し出してきたんだ」

 久しぶりで会っても、父と息子は涙で再会を喜んだりはしませんでした。たくさんのことばを重ねることもありません。そうか、とお父さんは言い、フルートは、うん、とうなずいただけです。それでも、二人にはそれで充分でした。よく似た微笑をかわし合います。

 次に、お父さんはフルートの後ろにいた仲間たちへ話しかけました。

「久しぶり、ゼン、メール。最後に会ったのは、君たちがゴーリスのところへ子どもが生まれたお祝いに行く時だったね。しばらく会わない間に、君たちもすっかり大人になった。それから――」

 お父さんはポポロとルルへ挨拶しようとしましたが、そこに雌犬しかいなかったので、ちょっと驚きました。いつの間にかポポロが姿を消していたのです。

 

 すると、フルートが自分の後ろに隠れていた少女を引き出しました。自分の両親に引き合わせます。

「お父さん、お母さん、ポポロだよ」

 は、初めまして、とポポロは蚊の鳴くような声で言いました。真っ赤になってうつむいたまま、顔を上げることができません。そんな彼女に、大丈夫だよ、とフルートは優しく話しかけます。

 ポチは雌犬と並んで尻尾を振っていました。

「ワン、こっちはルルですよ。お父さんとお母さんはルルと会うのも初めてですよね」

「うん、初めてだね。でも、おまえたちから話に聞いていたとおりだったよ。二人ともとてもいいお嬢さんだ」

 とお父さんは言いました。穏やかで賢そうな雰囲気は、フルートとよく似ています。お母さんは、その隣でまだ嬉し涙を浮かべていましたが、こちらはフルートそっくりの優しい表情をしていました。そんな二人に勇気を得て、ポポロはそっと顔を上げました。フルートの両親から笑いかけられて、また真っ赤になり、ぺこりと頭を下げてから、隣のフルートに身を寄せます。

「大丈夫だってば。お父さんたちも、君たちに会えてすごく喜んでるんだよ」

 とフルートは言って、ポポロの肩を優しく抱きました。それを見て、フルートの両親が、おや、という表情になります――。

 ルルのほうは、お母さんとフルートの顔を見比べて、ポチに話しかけていました。

「本当ね、フルートはお母さんによく似ているわ」

「ワン、だろう? だから、レコルの街でもうまくいったんだよ」

 とポチが答えたので、フルートの両親はまた目を丸くしました。ポチの話し方が、ルルに対してだけ大人ぶった口調になっていることに気がついたのです。ルルがそれに素直にうなずいているのを見て、今度は、なるほど、と納得します。

「そうか。そういうことなんだね」

 とお父さんに言われて、フルートとポチは何の話かわからなくて、きょとんとしました。お母さんは、まだ涙を浮かべたまま、くすくすと笑っていました。

「あなたたちも、いつの間にかすっかり大人になっていたのね……。ポポロ、ルル、うちの息子たちをよろしくお願いね」

「あ、は、はい」

 ポポロとルルは名前を呼ばれたので、反射的に返事をして、それから恥ずかしそうな表情になりました。さすがに、彼女たちはお母さんから何をお願いされたのかわかったのです。改めて頭を下げて、こちらこそよろしくお願いします、と言います――。

 

 すると、フルートが急に思い出した顔になりました。

「そうだ、お母さんに渡さなくちゃならないものがあったんだ!」

 そう言って鎧の下の隠しから取り出したのは、大きな緑の翡翠(ひすい)がついた指輪でした。急いで母親へ手渡します。

 その指輪を眺めたお母さんが、目を見張って、みるみる顔色を変えていきました。フルートへ身を乗り出します。

「あなたはこれをどこで手に入れたの、フルート!?」

 ただごとではない口調に、お父さんが驚きました。

「それがどうかしたのか、ハンナ?」

「これは私のお母さんの指輪よ! 間違いないわ! いつもとても大切にしていて、左の薬指から絶対に外さなかったの! それを何故あなたが持っているの、フルート!?」

 まさか……と不吉な予想に青ざめたお母さんに、フルートはあわてて首を振りました。

「違うよ。おばあさんは元気だったよ。その――記憶のほうは、ちょっと危なくなっていたけれどね。ぼくをお母さんと思って、それを渡してくれたんだ。お父さんとお母さんが西部に行くときに、おばあさんはそれをお母さんに渡したかったんだって。困ったときにはそれを売ってお金に替えるように、って言っていたよ。そのお金で生活を建て直したり、お医者様に診てもらったりしなさい、って」

「おまえたちはロアでおばあさんに会ったのか!」

 とお父さんがますます驚くと、フルートはまた首を振りました。

「おじいさんとおばあさんは、今はレコルの街に住んでいるんだよ。ぼくたちはそこで会ったんだ。その指輪をお母さんに届けてくれ、って、おじいさんから頼まれたよ。それから――いつでもレコルに訪ねてきなさいって言っていた。おじいさんもおばあさんも、お父さんとお母さんにすごく会いたがっていたんだ」

 お父さんは呆然としました。お母さんは指輪を握りしめ、お母さん、と言って泣き出してしまいます。

 すると、お父さんは空を見上げ、こみ上げてきたものを停めるように、二本の指で目頭を抑えました。

「お義父さん……」

 とつぶやいて、そのまま立ちつくします。

 

 そんなフルートの両親の様子を見守りながら、メールがそっとゼンに言いました。

「すっごくあたりまえのことなんだけどさ、親にだって、その親がいたんだよね。父上や母上たちだって、昔々はあたいたちみたいに子どもだったんだ……。そんなのわかっていたつもりだったけど、あたい、本当はよくわかってなかったのかもしれない」

「だな。で、親にとっては、子どもがいくつになったって、やっぱり自分の子どもなんだぜ。俺のじいちゃんも、俺の親父のことはよく心配してるもんな。親父はもうすぐ四十になるってのによ。でも、きっとそういうものなんだよな」

 とゼンも真面目な顔で言います。

 それは、太古の時代から連綿(れんめん)と続いている、親と子のつながりでした――。

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