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第20巻「真実の窓の戦い」

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45.帰還

 その後、フルートはまた周囲の花を消して回りました。

 光の剣で切りつけると、刃から光の軌跡が広がって、闇の花を消滅させていきます。

 やがて、光は花畑の隅々に行き渡り、血の色の花は一本残らず消え去りました。窪地は地面がむき出しになり、そこにまた雪が降ってきて、たちまち白くなっていきます――。

「よし、これでもう大丈夫だな」

 とゼンが周囲を見回して点検しているところへ、丘の上からポポロが駆け下ってきました。犬たちからペンダントを返してもらっていたフルートに飛びつき、そのまま、わぁっと声を上げて泣き出してしまいます。

 少し遅れて到着したロキも、青ざめた顔でフルートに言いました。

「上から見てたぞ、兄ちゃん! あの時に開いたのって、闇の結界に続く入口だったんだぞ! 花畑の闇が濃かったから、どこかの闇につながっちゃったんだ! 行ったまま戻ってこられなくなったら、どうするつもりだったんだよ!?」

 闇の結界、とフルートはつぶやきました。少し考えてから言います。

「あれはデビルドラゴンが作った結界だった。中に人が捕まっていたけど、それは開放できたと思う。ただ、なんだか妙だったんだ。デビルドラゴンは、ぼくに気がつかなかったんだよ。ぼくに対して、貴様は誰だ、邪魔をするのは何者だ、なんて聞いてきたからな」

「あん? デビルドラゴンもそろそろ呆けて、物忘れが始まったってことか?」

 とゼンが真面目な顔で言って、馬鹿言ってんじゃないよ! とメールからたたかれます。

 

 すると、フルートの胸で泣きじゃくっていたポポロが、涙をぬぐいながら顔を上げました。

「あ、あの結界は、別の時間につながっていたんだと思うわ……。そういう変化が見えたから……。きっと、フルートは、ずっと昔のデビルドラゴンに出会ったのよ。だから、向こうでもフルートのことを知らなかったんだわ……」

 それを聞いて、フルートはまたしばらく考え、思い出すように言いました。

「それは、本当にそうかもしれないな――。結界の中のデビルドラゴンは、闇の竜の姿をしていなかったんだよ。そこにいる気配は感じられるし、赤い目も見えたんだけれど、輪郭がぼやけていて、形がはっきりわからなかったんだ。昔のあいつは、あんなふうに曖昧な、得体の知れない姿をしていたのかもしれない」

「え、でも、デビルドラゴンって、大昔から今と同じ姿をしていたはずだろ? 二千年前の壁画にだって、四枚翼の竜で描かれてたんだからさ」

 とメールが言うと、ルルがそれに答えました。

「デビルドラゴンの本体は世界の果てにつながれているから、この世界にやってきているのは奴の影だけなのよ。影だから実体はないけれど、人の憎悪や恐怖を食って、どんどん姿をはっきりさせていくの。私が魔王になったときに、私の憎しみがあいつにすごい力を与えたから、あいつが見えるようになったことを、覚えているでしょう?」

 雌犬は話しながら涙を流していました。自分のあやまちをいつまでも忘れることができない罰を与えられているので、その時のことを思い出すたびに、深い罪悪感に襲われてしまうのです。ワン、大丈夫だよ、とポチがその涙をなめてやります。

 ふぅむ、とゼンは腕組みしました。

「そういや、俺たちがあいつと戦い始めた頃には、あいつは俺たちの目には見えなかったし、声も聞こえなかったよな。それがいつの間にかよく見えるようになったってことは、ヤツが強くなってきていたってことなのか」

 そのことばに、全員はなんとなく空を見上げてしまいました。空からは、雪が後から後から降ってきます。地上から見上げる空の雪は、虫か小鳥の大群が飛んでいるようです……。

 

 やがて、ポポロがフルートの手元を示しました。

「時間よ。光の剣が天空の国に戻っていくわ」

 指さす先で、銀色の剣が淡い光に包まれていました。見る間に透き通って、フルートの手の中は空っぽになってしまいます。

 あぁ、とメールが残念そうな声を上げました。

「あの剣、もうちょっと貸しといてほしかったなぁ。闇の敵と戦うのに、すっごく強力でいいのにさ」

 すると、ポポロは真面目な顔で首を振りました。

「あれは天空の国の守り刀よ。地上に強大な闇が現れたときだけに、地上を守るために天空の国を離れるの。ずっとなんて、借りていられないわ」

 フルートは改めて空を見上げました。一面雪雲におおわれているので、空を飛ぶ天空の国はどこにも見えませんが、心を込めて感謝をします。

「光の剣を貸してくださって、ありがとうございました、天空王」

 見上げる先で、重なり合った雪雲の合間が、きらりと銀色に光ったような気がしました――。

 

 すると、ポチが言いました。

「ワン、闇の花畑は退治できたから、あとはロキのことだけですね。ロキのお父さんたちはまだ、荒野を探し回っていると思いますよ」

 とたんにロキはひどく不安そうな顔になりました。目を伏せ、足元に積もり始めた雪を見ながら言います。

「おいら、この恰好だぞ……。おいらがあのちっちゃなロキだなんて、父ちゃんも母ちゃんも信じないよ……」

「だが、あのまま心配させてるわけにはいかねえだろうが。おまえを心配して、ずっとこの雪の中を探してるんだぞ」

 とゼンが腕組みしたまま言いました。ちょっと厳しい声に、う、うん……とロキはうつむいたままうなずきます。

 すると、フルートが言いました。

「シルの町に戻ろう。考えついたことがあるんだ。たぶん、うまくいくよ」

 と先頭に立って、町の方角へ歩き始めます。

 仲間たちもロキも、急いでそれを追いかけました。何を思いついたんだよ!? と仲間たちは尋ねましたが、フルートは足早に雪の中を進んでいくだけでした――。

 

 

 シルの町では、一人で町の外へ出て行ってしまったロキを探すために、大勢の男たちが広場に集まっていました。

 その中には、先に荒野でロキを探していた人たちも混じっていました。風が強まって激しい吹雪になったので、彼ら自身も荒野で遭難しそうになって、あわてて町に引き返してきたのです。雪が小降りになったら捜索を再開しようと、屯所の中や広場で焚き火にあたりながら、天候の回復を待っています。

 ロキの父親も涙をのんで町に戻ってきていました。広場の外れに立って、街道の先をじっと見ています。そちらには荒野があるのですが、降る雪にかすんでしまって、見通すことができませんでした。父親の体にも雪が積もっていきますが、父親は立ちつくしたままでした。町の人がやってきて肩をたたき、屯所に入って温まろう、と言っても、そこから動こうとしません。

 

 すると、降りしきる雪の中に、いくつもの人影が現れました。両脇に雪の壁ができた白い街道を、こちらに向かって歩いてきます。それが四人の少年少女と二匹の犬だとわかったとたん、ロキの父親は大声を上げました。冷え切ってこわばってしまった体で、必死に走っていきます。

「フルート君! ロキは――ロキは見つかったかい!?」

 吹雪にさえぎられて、やむなく町に戻った父親は、荒野で出会った勇者の一行に、最後の望みを託していたのです。

 先頭を歩いてくるのはフルートでした。雪の中でも、金色に輝く鎧兜はよく見えます。

 父親が近づいてくると、フルートは、にこりと笑いました。すぐ後ろにいるゼンを示して言います。

「見つかりましたよ。元気です」

 ゼンは腕の中にフルートの緑のマントを抱えていました。その中から、茶色い髪に灰色の瞳の小さな男の子が身を乗り出します。

「父ちゃぁん……」

「ロキ!」

 父親は駆け寄り、ゼンから息子を受けとると、堅く抱きしめました。

「ロキ! 無事だったんだな! ああ、よかった! 本当に良かった……!」

 一緒にいた町の人は驚き、ロキが見つかったぞぉ! と叫んで広場へ駆け戻っていきました。

 ロキが父親に抱きしめられて嬉しそうに笑うのを見て、ゼンがフルートに、そっとささやきました。

「おまえの言うとおりだったな。町に入ったら、たちまちロキが元に戻ったぜ」

「うん――。この町は泉の長老の力で、敵や闇から守られているからね。闇のない町の中に入れば、きっと闇の民の姿からまた小さなロキに戻ると思ったんだ」

 とフルートがささやき返します。

 少女たちや犬たちも、ほっとしてロキと父親を見守りました。ロキはもう少年ではなく幼児の姿ですが、とても幸せそうに見えます。

 

 やがて、広場から大勢の人たちが押しかけてきました。知らせを受けた町の人たちが飛んできたのです。明るい金髪にそばかす顔の女の人が、ロキ! ロキ! と泣き笑いしながら走ってきます。

「ワン、ロキのお母さんだ」

 とポチが言ったとき、それとはまた別の女の人の声が響きました。

「フルート! フルート、ポチ! あなたたちなの……!?」

 長い金髪を結い上げ、長いスカートの上にコートを着た女性が、町の人たちと一緒にこちらに向かって駆けてきていました。

「お母さん!!」

 とフルートとポチは声を上げました――。

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