影の中に見える別の場所へ、フルートは飛び込んでいきました。その中で一人の少年が助けを求めていたからです。闇に絡みつかれたまま、こちらへ手を伸ばしています。
フルートは少年のほうへ走りました。周囲から雪原や闇の花畑が消えて暗闇になっても、まったくためらいません。
少年は長身でしたが、ひどく痩せていて、フルートより少し年下のように見えました。顔に乱れかかった輝く銀髪が、暗闇の中でも目を惹きます。その体や首には、ひときわ濃い闇が大蛇のように絡みついていました。少年は必死でそれを引きはがそうとするのですが、手は闇を素通りしてしまいます。
フルートは走りながら素早くあたりを見回しました。少年に絡みつく闇は彼らの周囲にもよどみ、暗闇をなお暗く染めていました。その輪郭は曖昧(あいまい)ですが、すさまじい悪意が伝わってきて、心の奥底の恐怖をかきたてます。それはフルートが何度も経験してきた感覚でした。デビルドラゴンが、ここにいるのです。
すると、少年がフルートに気がつきました。助けて、と唇を動かしますが、首を絞められて息が詰まりそうになっているので、声を出すことができません。
フルートは心に絡みつく恐怖を振り切って、少年に駆け寄りました。身を沈め、光の剣を斜め上へ切り上げて、絡まる闇を一刀両断にします。
けれども、周囲の闇から切り離されても、少年の体から闇はまだ消えませんでした。蛇のように絡みついたまま、鎌首を持ち上げてフルートを見つめます。その先端には赤い二つの目がありました。地の底から響くような声が聞こえてきます。
「キサマハ誰ダ? 我ノ邪魔ヲスルノハ何者ダ?」
それは確かにデビルドラゴンの声でしたが、何故か、やってきたのがフルートだとは気づいていないようでした。フルートは何も言わずに、返す刀を少年の頭上へ振り下ろしました。少年ごと、絡まる闇を真っ二つにします。
少年は悲鳴を上げる顔で立ちすくみ、次の瞬間、驚いたように目を見開きました。フルートに切られたはずなのに、まったく怪我をしていなかったからです。切り裂かれたのは闇だけでした。彼らの周囲から悪意と恐怖の気配が消えていきます……。
少年は立ちすくみ、あえぎながらフルートを見つめました。顔におおいかぶさった銀の髪の間から、青い右目がのぞいています。
フルートは、にこりと笑ってみせました。
「無事で良かったね」
と話しかけますが、少年には聞こえていないようでした。この人は誰だろう、というように、いぶかしそうにフルートを見つめ続けています。
その顔が、ふと、誰かに似ている気がして、フルートは改めて少年を見つめてしまいました。フルートが手にした光の剣は、少年の浅黒い肌を淡く照らしています――。
すると、急に少年の姿が薄らぎ始めました。
闇も同時に薄くなり、あたりが明るくなって、周囲にまた闇の花畑が広がります。
首に金のペンダントをかけたポチとルルが、一緒に駆けてきてフルートに飛びつきました。
「ワンワンワン、フルート! フルートだ!」
「ああ、良かった! 戻ってきたのね! 良かった――!」
二つの首をひとつのペンダントでつながれた不自由な恰好で、フルートの足元に絡まります。
そこへゼンとメールもやってきました。フルートが闇の花を消した場所をたどって、やっとここまで駆けつけてきたのです。ゼンもフルートに飛びつき、両肩をつかんで言いました。
「おい、無事だな!? ったく、一人で闇ン中に飛び込んで行きやがって!! 心配かけるのもいい加減にしろ!!」
「真っ黒な闇が見えたよ! いったいどこに行ってたのさ!?」
とメールも青ざめて尋ねます。
フルートは少年がいた場所を振り向きましたが、その時にはもう、別な場所へつながる闇も銀髪の少年の姿も見当たりませんでした。
「デビルドラゴンがいたんだ。奴に捕まっていた子を助けたんだけれど……」
あの少年が、やっぱり誰かに似ているような気がして、フルートは首をひねってしまいました。