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第20巻「真実の窓の戦い」

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第15章 邂逅(かいこう)

43.剣

 フルートは全身を闇の花の蔓で縛られ、高々と持ち上げられてしまいました。足元には一面、血のような花畑が広がっています。聖なる光を浴びせた場所や、先にフルートが火事を起こした場所は、花が消えて地面がのぞいていますが、それは全体から見ればほんのわずかでした。まだ何万本もある闇の花は、長い蔓を攻撃的に揺らしています。

「ポチ! ポチ!」

 とフルートは左腕に抱いた小犬に呼びかけました。ポチは闇の花の花粉を吸って、麻痺してしまったのです。時々体を引きつらせるだけで、返事をしません。

「ポチ――!!」

 必死で呼び続けていると、右手に蔓が絡みついた気配がしました。次の瞬間、握っていた剣が、ものすごい力でむしり取られてしまいます。あっとフルートは声を上げました。蔓に炎の剣を奪われたのですが、取り返そうにも、身動きがまったくできません。

 フルートは今度は地上に向かって叫びました。

「金の石、光れ!」

 先ほど放り出してしまったペンダントは、闇の花畑の中に落ちていました。そこから光を出してもらって、闇の花を消滅させようとします。

 ところが、金の石もフルートの呼びかけには応えませんでした。闇の花が咲く場所は、闇が非常に濃くなっているので、金の石は力を奪われてしまっているのです。

 絡みついた蔓がフルートの体を締め上げてきたので、鎧がぎしりと音を立てました。魔法の鎧は簡単には潰れませんが、抱いているポチが金属製の腕と胸当ての間で押しつぶされそうになります。フルートは必死でそれに抵抗しました。

「ポチ! 目を覚まして逃げろ!」

 と言い続けますが、やっぱり小犬は応えません。

 

 と、その時、フルートの右手にまた剣の柄が触れました。フルートはとっさにそれをつかんで驚きました。手になじんだ炎の剣の感触ではなかったのです。もっと細くて、なめらかな手触りの剣です。

 そこへポポロの声も聞こえてきました。

「あれは光の剣よ。天空王様がフルートのところへ送ってくださったの――」

 フルートではなく、誰か別の人物に話しているようでしたが、フルートにはそれで状況がわかりました。すぐに剣を握りしめると、蛇のように襲いかかってくる蔓を、きっとにらみつけます。

 すると、剣の柄が急に温かくなり、その熱がフルートの腕に伝わってきました。あっという間に鎧全体に広がって、フルートの全身がぬくもりに包まれます。とたんに、絡みついていた蔓は急に色あせ、崩れるように消えていってしまいました。フルートはポチを抱いたまま、すぐ下で絡み合っていた蔓の上に落ちます。

 蔓がいっせいにまた襲いかかってきたので、フルートは跳ね起きました。飛んできた蔓を剣でなぎ払うと、剣が通った痕に輝く軌跡(きせき)が生まれ、そこから光が広がって、光に触れた蔓を片端から消していきます。フルートはびっくりして剣を見直しました。光の剣はすらりと細く、銀の柄に小さな星の模様が刻まれている以外に飾りもありませんが、闇に対して絶大な力を持っているのです。

 そこへまた蔓が襲ってきたので、フルートは剣を振りました。蔓がよけたので切り払うことはできませんでしたが、やはり剣の痕に光が生まれ、蔓をなぎ払って消滅させてしまいます。

 すると、また剣からぬくもりが伝わってきました。剣自体が銀の輝きを放ち、それがフルートの鎧に伝わったのです。フルートの全身が光に包まれると、その足元で蔓が消え、フルートとポチは再び宙に放り出されました。蔓がいっせいに身を引いたので、今度は彼らを受けとめるものがありません――。

 

 そこへ、しゅんと鋭い音をたてて、風の犬のルルがやってきました。背中にフルートとポチを受けとめると、上空へ舞い上がります。

「二人とも大丈夫!?」

 ゼンたちと丘を駆け下っていたルルは、吹雪がやんだ瞬間に変身して、助けに飛んできたのでした。

 ポチはフルートの腕の中でまだ痙攣を続けていました。全身を引きつらせて、今にも息が止まりそうになっています。

「ルル、戻れ! 金の石が必要なんだ!」

 とフルートは叫んで、花畑を振り向きました。

 闇の花は蔓という蔓をすべて伸ばして、激しくざわめいていました。フルートに対して猛烈に怒っているのです。その中へルルは飛び戻っていきました。フルートがまた光の剣を振ると、大木の幹のように絡まった蔓が切断されて消えていきます。

 すると、蔓の隙間から、むき出しの地面と、その上に転がっている金のペンダントが見えました。先に金の石が光を放ったので、周囲に闇の花はありません。

「あそこだ!」

 とフルートに言われてルルは突進しました。あたりには闇の匂いが充満して、今にも息が詰まりそうでしたが、ポチのために必死で飛び続けます。

 そこへまた蔓が襲いかかってきました。同時に赤い煙のような花粉も飛びます。その中に突入したとたん、ルルは急に苦しくなってしまいました。闇が濃すぎて、本当に息ができなくなったのです。ルルは失速し、フルートやポチと一緒に、闇の花の中へ墜落してしまいました。花がクッションになったので衝撃はやわらげられましたが、ルルは犬の姿に戻り、たちまち蔓に捕まりました。同時に花粉も吸って、体が麻痺してしまいます。

 

「ルル! ポチ!」

 フルートはまた跳ね起き、光の剣で蔓を切り払っていきました。剣を一振りするだけで、刃から光が生まれ、周囲に広がっていきます。闇の花はすぐに彼らの周囲から消え、むき出しの地面がペンダントが落ちている場所までつながりました。

「二人とも、待ってろ」

 とフルートは麻痺しているポチとルルを残して走りました。蔓がまた襲ってきますが、片端から切り払って消滅させ、ついにペンダントを拾い上げます。魔石は闇の影響で輝きが鈍っていましたが、それでも金色に光り続けていました。フルートはすぐに引き返し、犬たちにペンダントを押し当てます――。

「ワン、動けるようになった!」

「ああ、楽になったわ!」

 とポチとルルが跳ね起きると、フルートはそれを抱き寄せ、二匹の首にペンダントをかけてやりました。驚く犬たちに言います。

「ここは花粉が充満している。これをつけて、ここでじっとしているんだ」

 聖なる石のペンダントをつけていると、確かに麻痺するようなことはありませんでしたが、でも……と犬たちは心配しました。彼らがペンダントをしていると、フルートはそれを使うことができないのです。

 すると、フルートは口元を布でおおった顔で、にこりと笑いました。

「ぼくは花粉を吸い込まないから大丈夫だよ。それに光の剣がある。これで闇の花を退治してくるから、君たちはここで待っているんだ」

「ワン、それならぼくたちも――」

 とポチは言いかけましたが、それより早くフルートは駆け出しました。闇の花が群生する場所に飛び込んでいって、大きく剣で切りつけます。剣の生む軌跡がまた光になって広がり、フルートの周囲から花を消し去りました。みるみる花畑が消えていく様子は、なんだか、雪の中に広がった血の染みを、ぬぐい去っていくようにも見えます。

 

 ところが、そうやって闇の花を消していくうちに、フルートはふと、誰かの声を聞いたような気がしました。

「……だ……やだ……ない……」

 少年の声のようですが、ロキではありません。フルートは思わず周囲を見回しました。切羽(せっぱ)詰まったその声は、明らかに助けを求めていたからです。

 すると、闇の花が吹き出す花粉の中に、ぼんやりと暗い影のようなものが見えました。目を凝らすと、影はどこか別の場所につながっていて、その奥に人影が見えました。全身を蛇のような闇に絡まれて、動けなくなっています。

 するとまた声が聞こえました。

「嫌だ、死にたくない! 死にたくなんかない――!」

 喉の奥から振り絞るような声です。

 それを聞いたとたん、フルートは駆け出していました。どことも知れない場所につながる影の中へ、ためらいもなく飛び込んでしまいます。

「フルート!?」

 とポチとルルは仰天して同時に叫びました。彼らの見ている前で、フルートが駆け出し、急に見えなくなってしまったからです。どんなに見回しても、花畑にフルートの姿はありません。

「ワン、フルート! フルート!」

「フルート! どこに行ったの!?」

 犬たちは花畑に向かって必死で呼び続けました――。

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