荒野の彼方から押し寄せてきた風は、猛吹雪になってあたり一面を閉ざしました。
フルートとポチが闇の花を消していく様子を見守っていた仲間たちも、あっという間に吹雪に包まれて、何も見えなくなってしまいました。両手を顔の前にかざしますが、それでもたたきつける風と雪は防げなくて、息が詰まりそうになります。
「ポチ、フルート――!」
とルルは低く伏せながら叫びました。吹雪が激しすぎて、彼らの様子がわかりません。
すると、雪の中で金色の光が輝きました。吹雪を染めながら暖かく広がっていきます。ああ、あれは金の石の光だわ、とルルは考えて、少しほっとしました。金の石がフルートとポチを守っているのに違いありません。
ところが、その時、いきなり風向きが変わりました。フルートたちのいるほうから吹いていた風が、急に逆になったのです。
風が後ろから吹き始めたので、仲間たちはすぐに顔を上げました。乱れた風と雪の間に、高く燃え上がる炎の柱を見ます。先にフルートが放った火は、吹雪にあおられて、消えるどころか逆に大きく燃え上がり、激しい上昇気流を起こして風向きを変えたのでした。
すると、魔法使いの目を使っていたポポロが、悲鳴を上げました。
「聖なる光が消えたわ! フルートとポチが落ちた――!」
「闇の花の真ん中に!?」
とロキも叫びました。助けに駆けつけたいのですが、風と雪はまだ吹き荒れていて、彼らはそこから動くことができません。
すると、風が弱まってきました。横殴りだった雪が、また上から下へ降るようになります。
その中に、彼らは、ぽっかりと穴の空いた花畑を見ました。雪の中に不気味に赤く咲き乱れる闇の花ですが、その一部分が丸く綺麗に消えていて、むき出しの地面がのぞいていたのです。その中心にいるのはフルートでした。ポチの姿はそこからは見えませんが、フルートが片腕に抱いているようです。
仲間たちは本当にほっとしました。
「金の石の光で闇の花を消して、その中に下りたんだね」
「けっこう広範囲に花が消えてやがる。あれなら花も襲ってこねえか」
とメールとゼンが話し合っていると、ポポロは青ざめて首を振りました。
「ポチが怪我をしてるわ! それに毒の花粉も吸ってしまったみたい……!」
なんだって!? と仲間たちは仰天しました。
「金の石はどうしたのよ!? 怪我も毒もすぐ治せるはずでしょう!?」
とルルがどなったので、ポポロは涙ぐんで言い続けました。
「ペンダントが離れたところに落ちているのよ! フルートが闇の花の蔓に捕まってるわ!」
一同は息を呑みました。窪地の底にいるフルートを改めて眺め、そのすぐ近くに血の色の花が群れ咲いているのを見つけて、真っ青になります。
すると、フルートが背中から炎の剣を抜きました。横になぎ払い、次に上から下へ勢いよく振り下ろします。とたんに炎が湧き起こりました。フルートが、左腕に這い上がってきた炎を払って飛びのきます。
「よし! 闇の花と蔓を焼き払ったな!」
とゼンは歓声を上げましたが、ロキが言い返しました。
「闇の花を近くから攻撃しちゃだめだったら! そんなことをしたら、花が――!」
そのことばが終わらないうちに、花畑全体が、ざわりと大きく動きました。次の瞬間、血の色の花の間から、長い蔓が空に向かって飛び出してきます。何千本、何万本という数です。
ロキは半狂乱で叫び続けました。
「闇の花は火には特に反応するんだよ! 焼かれるのを恐れてさ――! いっせいに兄ちゃんに襲いかかるぞ!」
ロキの言うとおり、大量の蔓は花が消えた穴の真ん中へ先端を向けていました。その中央に立つフルートへ狙いを定めています。
「逃げろ、フルート! ポチ! 引き裂かれるぞ!」
とゼンは叫び、丘を駆け下り始めました。フルートたちを助けに向かったのです。その後を追って、メールとルルも駆け出します。
「もうっ! どうして冬なのさ! 花さえあれば、すぐ助けられるのに!」
とメールはわめいていました。ルルはうなりながら走っています。ちょうどその時、また風が出てきて、吹雪になってしまったのです。ルルは風の犬に変身できません。
ロキは丘の上に立ちすくんだまま、両手を顔に当てていました。
「ああ、どうしよう、どうしよう!? 無理だよ! 闇の花に素手や剣で勝てるわけがないんだからさ! みんな闇の花に食われちゃうよ!」
と叫びながら涙を流します。
いっせいに蔓を伸ばした闇の花は、どっとフルートに襲いかかっていました。太いロープのように絡み合った蔓が、がんじがらめにしたフルートを、高々と持ち上げます。フルートは左腕にポチを抱き、右手に炎の剣を握っていましたが、腕の上から蔓が絡みついているので、手を動かすことができませんでした。そこへまた蔓が飛んできて、フルートから剣を奪い取ってしまいます。
ああっ、とロキは思わず目をつぶりました。
「もうだめだ! 兄ちゃんもポチも、花に引き裂かれて殺されちゃう――!」
ロキの泣き顔を、吹雪が容赦なくたたきます。
丘の上には、ロキと一緒にポポロも立っていました。先ほどまで彼女もフルートたちを透視して泣いていたのですが、不思議なことに、今はもう涙を流していませんでした。赤いお下げ髪を吹雪になびかせながら、闇の花に捕まったフルートたちを見つめて言います。
「ううん……きっと大丈夫よ。だって、地上にこれだけの闇があったら、それに釣り合うだけの光も地上へ来ることができるんですもの……!」
何かを確信している強い響きの声でした。すぐに両手を祈るように握り合わせると、目を天に向けて呼びかけます。
「天空王様、天空王様! フルートとポチを助けて下さい! お願いです――!」
天空王!? とロキはびっくりして目を開け、ポポロが空を見たまま、にっこり笑ったのを見て、また驚きました。一緒に空を見上げても、ロキの目には何も映りません。
けれども、ポポロはほほえんだまま言いました。
「ありがとうございます、天空王様」
と感謝をしてから、ほら、とロキに闇の花畑を指さしてみせます。
蔓にがんじがらめにされたフルートの右手に、何か光る長いものが見えて、ロキは目を丸くしました。先ほどまで、あんなものはなかったはずです。
「あれは?」
と尋ねると、ポポロは言いました。
「あれは光の剣よ。天空王様がフルートのところへ送ってくださったの。もう大丈夫。きっとフルートが勝つわ」
その声が聞こえたように、フルートは光る剣を握りしめ、また襲いかかってきた蔓をきっとにらみつけました――。