雪が降る荒野の中を、フルートたちは白い息を吐きながら歩き続けました。先頭に立って彼らを案内しているのは、黒髪の少年の姿になったロキです。
やがて、その行く手にまた雪の丘が現れました。丘の麓からシルの町の方角へ、長い棒が規則正しく立てられているので、メールは首をひねりました。
「あの棒は? 何か表してるのかい?」
フルートがそれに答えました。
「あそこに西の街道があるんだよ。棒は丘の向こう側にもずっと続いているんだ。荒野に雪が積もると、街道の位置がわからなくなって迷子になるから、街道の横に目印を立てるのさ」
「おいらは街道を馬そりで通りながら見たんだ。闇の花があったのは、あの丘の向こうだよ」
とロキは言って、丘の上に登っていきました。フルートたちもそれに続きます。
やがて、丘の上にたどり着いた一行は、麓を見て、あっと声を上げてしまいました。
足元から行く手に伸びる丘の裾野(すその)に、毒々しいほど赤い塊があったのです。それは血の色をした無数の花でした。雪の中の窪地に群れをなして咲いています。
「闇の花が地上にこんなにあるなんて――」
とフルートは言って、絶句しました。血の色をした花畑は雪を溶かし、何十メートルにも渡って広がっています。何千何万という花の数です。
すると、メールが、ぶるっと身震いしました。
「やだな……あの花たち、歌ってるよ。ものすごく気味の悪い歌だ」
花使いの姫は花のことばがわかるので、闇の花の歌声を聞き分けることができたのです。それは延々と続く呪いと恨みの歌でした。聴き続けていると気が変になりそうで、メールは思わず耳をふさぎました。
ルルは今はゼンの肩に乗っていましたが、そこから鼻をひくひくさせて、顔をしかめました。
「本当にひどい闇の匂い! 闇の国と同じくらいだわ!」
「ワン、闇の灰が窪地に溜まったせいで、そこに闇の花が出現したんですね。闇がすごく濃いから、地上にあっても花が消滅しないんですよ」
とポチはフルートの肩の上から言います。
ロキは一行を振り向きました。
「闇の花は攻撃されると、必ず攻撃したヤツに仕返しをしてくる。長い蔓で花畑に引き込まれて食われるから、うかつに攻撃はできないんだ。でも、あのまま放っておいたら、闇の花はどんどん増えていくし、花の歌を聞きつけて闇の怪物たちも集まってくると思う。なんとかして、あの花を退治しなくちゃいけないんだ。どうしたらいいかな、兄ちゃんたち?」
うぅむ、と一行は考え込んでしまいました。ゼンが渋い顔で言います。
「もっと数が少ないなら、火をかけて焼き払うのが一番いいんだが、あれだけあるとな……。思い出したぜ、闇の国であの花とどんな戦いをしたのか。フルートの炎の剣で切って燃やしても、数が多すぎて歯が立たなかったんだよな」
「ワン、一度シルの町に引き返して、油をたくさん準備した方がいいかもしれませんね」
とポチが言います。
すると、ポポロが花畑を指さしました。
「見て! 花が煙を吐き始めたわ!」
煙を? と一同はまた目を凝らしました。窪地に咲く赤い花は、確かに、急に靄(もや)のようなものに包まれて、かすみ始めていました。闇の灰が煙になっているのかとも思いましたが、花を包む靄は赤い色をしています――。
「花粉だ! 闇の花が種を作ろうとしてるんだよ!」
とロキが言ったので、勇者の一行はまた驚きました。
「種ができるのに、どのくらいかかる!?」
とフルートが尋ねます。
「あっという間だよ! 花粉が飛ぶと、闇の花はすぐに種をつけて、それをまわりに散らすんだ! 闇の花がもっと増えるよ! 急いでなんとかしないと、本当に手遅れになっちゃうぞ!」
とロキは言いました。気は急くのですが、どうしたらいいのかわからないので、雪の中で地団駄(じだんだ)を踏んでいます。
フルートはポポロを振り向きました。
「君の魔法だ! あの花を焼き払おう!」
ポポロはたちまち顔色を変えました。
「だめよ……。さっきいたレコルの街からここに来るまでの間に、夜がなかったから、あたしの魔法はまだ回復していないの。だけど……」
ポポロはさらに何かを言おうとしましたが、フルートは即座に作戦を変更しました。
「よし、それじゃ金の石を使うことにする! ポチ、降る雪に気をつけながら、風の犬に変身してくれ!」
「ワン、花の上に飛べばいいんですね? 前に闇の花と戦ったときには、二度とも金の石が使えなかったけれど、今回は大丈夫だし、風がやんで吹雪の心配もなくなったし。空から闇の花に聖なる光を浴びせてやりましょう!」
とポチが張り切ります。
ところが、ルルはゼンの肩でしょんぼり尻尾を垂らしました。
「ごめんなさい、私はだめみたいだわ……。闇の匂いがすごすぎて、ここにいても気分が悪いの。これ以上、あの花には近づけないわ」
「ワン、大丈夫。あそこへ行くのはフルートだけだから、ぼく一人で充分だよ」
とポチはフルートの肩から身を乗り出して、ルルをなめました。
ゼンは腕組みをしてフルートに言います。
「充分気をつけて行けよ。花に捕まったら、ただじゃすまねえんだからな。充分距離を取れよ」
「わかった。君たちこそ、安全な場所にいてくれよ」
とフルートも大真面目で言います。自分のことより仲間たちを心配するあたりは、やっぱりフルートです。
すると、ロキが言いました。
「鼻と口をふさいだほうがいいぞ、フルート兄ちゃん。闇の花の花粉には毒があるから、吸い込むと体がしびれて、動けなくなっちゃうんだ」
「ぼくには金の石があるから、毒は平気だよ」
とフルートは言いましたが、仲間たちが心配したので、リュックサックから布を取りだして、鼻と口の上に巻きました。兜と布の間から青い瞳をのぞかせて、仲間たちへ言います。
「これでいいだろう? さあ、急がないと闇の花がまた増える。行くぞ、ポチ!」
「ワン、いつでもいいですよ!」
とポチが元気に答えて変身しました。とたんに雪原に風が巻き起こり、降ってくる雪が巻き込まれて吹雪のようになります。思わず心配した仲間たちへ、ポチは言いました。
「ワン、ぼくが起こしている風だから大丈夫ですよ。じゃ、行ってきます!」
ポチの背にはすでにフルートが乗っていました。よし、行け! というフルートの合図で、ポチは空に舞い上がり、赤い花畑目ざして飛んでいきます。
ゼン、メール、ポポロ、ロキ、そしてルルの四人と一匹は、雪の丘からそれを見送りました――。