闇の花! とフルートたちは息を呑みました。誰もが背筋の寒くなるような恐怖を感じます。
闇の花というのは、その名の通り、闇に属する花でした。したたる血のような不気味な色で咲き乱れ、人でも怪物でも蔓で捕らえて食べてしまう、恐ろしい植物です。
彼らは、仮面の盗賊団の戦いのときに、ロキと一緒に閉じ込められた結界の中で闇の花と戦いました。アリアンたちを助けに闇の国に降りていったときにも、一面に咲く闇の花と遭遇しています。
フルートはロキへ身を乗り出しました。
「あの闇の花が荒野に咲いていたっていうのか? でも、あの花は闇の国にしか咲けないんだ、って君は前に言わなかったかい?」
「うん、そうさ。闇の花は光に弱いから、光がある地上に出ると消えてしまうんだ。だから、おいらが見たのが本当に闇の花だったかどうか、確かめたかったんだよ」
とロキは答えました。相変わらず真剣な顔ですが、少し不安そうな表情になって、本当に見たんだよ、フルートに訴えます。
フルートはうなずきました。
「疑っているわけじゃない。君は元は闇の民だ。闇の国の花を見間違えるはずはないからな……。ぼくは今、闇の花が咲くくらい、世界の闇が濃くなっているのか、と考えていたんだよ。ぼくたちが思っていた以上に、闇の灰はたくさん降りそそいでいたんだ」
「それは確かにそうかもしれないわね。この荒野は、ユラサイやレコルの街より、ずっと闇の匂いが強いのよ」
とルルが言ったので、ポチは悔しそうにうなりました。
「ワン、火の山の噴火を停めたのに、間に合っていなかったんだな。デビルドラゴンの思惑通り、ロムドのかなりの場所が、闇の灰でおおわれてしまったんだ……!」
それを聞いて、ロキは目を丸くしました。
「なんだい、その闇の灰って? ロムドに何か起きてるってのか?」
「そうだ。だから、君もその姿に戻ってしまったんだよ」
とフルートはロキにこれまでのことを話して聞かせました――。
話を聞き終わると、ロキはますます驚いた顔になって言いました。
「じゃあ、デビルドラゴンはこのロムドを潰そうとして、火山から闇の煙を送り出したっていうのか! ものすごくやばい状況じゃないか! どうして誰も気がつかなかったんだよ!?」
フルートがそれに答えました。
「たいていの人間は闇を感知できないし、勘のいい人も、きっと少しずつ降ってくる闇の灰には気づけなかったんだ。一番占者のユギルさんはロムドを離れていたしな……。それに、ロムドは噴煙のせいで大寒波にも襲われている。大荒野にこんなに雪が降るのは、ものすごく珍しいことなんだよ。時々ひどく冷え込むことはあるけれど、風が強いから、雪はあまり多くない地域なんだ。みんな、寒さや雪にばかり目が向いていて、少しずつ濃くなってくる闇には気がつけないでいたんだろう」
「そうやって、みんなが気がつかないでいる間に、闇の怪物や闇の花が地上に増えたってのか!? とんでもない! そのうちに連中がいっせいに人間を襲うぞ! あいつらにとって、人間は最高のご馳走なんだからな!」
ロキがそんなふうに言ったので、フルートたちは急にシルの町が心配になってきました。思わず町の方角を振り向きます。町は丘の陰になっていたので見ることができませんでしたが、ポポロが透視をして言いました。
「シルの町に闇の気配はないわ。泉の長老が守っていてくれているから、大丈夫よ……。ただ、たくさんの男の人たちが、町の出口に集まっているわ。これから町の外に出ようとしているみたい」
フルートは顔色を変えました。
「ロキが見つからないから、捜索隊を出そうとしているんだ。探しているうちに、闇の花が咲いている場所に出くわすかもしれないぞ」
「ワン、闇の花に触ったりしたら、みんな食われて全滅しちゃう!」
とポチも言います。
どうしよう、とあわてる仲間たちへ、フルートは言いました。
「闇の花を退治しよう。ロキ、案内してくれ!」
ロキは即座にうなずきました。
「わかった。こっちだよ――!」
ところが、ロキが先頭に立って歩き出そうとすると、丘の向こう側から突然呼び声が聞こえてきました。
「ロキ! ロキ、どこにいるんだ!? 返事をしてくれ――!」
それはロキの父親の声でした。息子を捜して、すぐそばまでやってきたのです。
ロキは、はっと声のほうを振り向きました。父親は必死に息子を呼び続けています。
ロキは迷う表情になり、すぐに泣き笑いするような顔に変わりました。
「この恰好で出ていったって、父ちゃんには、おいらだってわかんないもんなぁ……」
そうつぶやくと、声に背を向けて、フルートたちにまた言います。
「さあ、こっちだよ。急ごう」
そこで、一行はロキの後に続いて雪の中を歩き出しました。すぐにロキの父親の声は遠ざかり、代わりに、さくりさくりと雪を踏んで歩く音だけが、どこまでも彼らについてきます。
すると、ロキがまたつぶやきました。
「ごめんね、父ちゃん……」
ロキの父親の声はかすかになり、やがて完全に聞こえなくなってしまいました――。