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第20巻「真実の窓の戦い」

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第12章 灰の渦

34.灰の渦

 フルートの祖父母の屋敷から外に出た勇者の一行は、雪を踏みながら、急いで中庭に回りました。一面白く凍りついている庭には、銀の縁飾りのある窓が浮いていました。ガラスがはまっていない窓枠の内側に、たくさんの窓が並ぶ通路が見えています。真実の窓が迎えにやってきたのです。

 窓に向かいながら、ゼンが言いました。

「あわただしい滞在だったな。来たと思ったら、もう帰る時間かよ」

「でも、フルートのおじいさんとご両親のいさかいを消せたから、良かったじゃないか」

 とメールが言うと、うん、とフルートはうなずきました。何かを考える顔をしています。

 ポチが尻尾を振って言いました。

「ワン、今度シルに戻ったら、お母さんたちに伝えましょう。おじいさんとおばあさんが、とても会いたがっていた、って。きっとすごく喜ぶだろうなぁ」

 彼らは屋敷を振り向きました。窓にカーテンが引かれていますが、その向こうには衣装部屋があって、フルートの祖父がいるはずでした。西部に行った娘たちと再開できるまで、おじいさんとおばあさんが元気でいてくれますように、と願います。

 

 ところが、フルートだけは仲間たちと違うところを見ていました。真実の窓や祖父たちがいる屋敷ではなく、雪が降り積もった中庭全体を見回していたのです。それから空を見上げ、仲間たちへ言います。

「窓を通って天空城に戻るのを、少しだけ待ってくれないか? やっていきたいことがあるんだ」

 仲間たちはフルートを振り向きました。

「なんだ、やっていきたいことって?」

「窓は開いているのよ? 早くしないと、また窓が消えちゃうんじゃない?」

「このレコルの街に降った闇の灰を消していきたいんだよ――。屋敷の中の灰は、さっきサソリと戦ったときに消えたけれど、街にはまだ闇の灰が降り積もっていて、そこからまた闇の怪物が生まれてくるんだ。このままにしてはいけないよ」

 フルートの話に、仲間たちは、なるほど、と思いました。街の中で闇の怪物が生まれれば、フルートの祖父母の屋敷にも、また入り込むかもしれないのです。

「でもさ、どうやって闇の灰を消すつもりだい? 街全体ってなると、かなり広いだろ?」

 とメールが尋ねると、フルートは空を示しました。

「街中の闇の灰を上空に集めるんだよ。ポポロの魔法で。そこに聖なる光を浴びせて消滅させよう」

「ポポロの魔法で? できる?」

 とルルがポポロを見上げました。魔法使いの少女は、自分が指名されて、びっくりしていましたが、すぐに考えながら言いました。

「そうね……さっき、フルートのおじいさんの中からサソリの毒を追い出したみたいに、地面に魔法を送り込んでみるわ。地面はずっと地続きになっているから、街中に広がっていって、闇の灰を地上から追い払うと思うの。そこへフルートが金の石を使えば……」

「ワン、レコルの街はけっこう広いですよ? 大丈夫ですか?」

 とポチも心配すると、ポポロは何故かちょっと笑いました。

「きっと大丈夫よ。だって、あたしは昔、天空の国で魔法の授業に失敗して、学校のまわりの花野を全部枯らしてしまったことがあるんですもの。植物を枯らす魔法の代わりに、闇を追い出す魔法で同じことをすればいいんだわ……」

 そう話すポポロは泣き笑いをしていました。思い出したくもない悲しい出来事が、今は闇を倒す手段になろうとしています。なんだかとても不思議に思えて、涙が止まりません。

 そんなポポロの肩をフルートが抱き寄せました。

「ありがとう」

 と優しく言います――。

 

 彼らは、自分たちがいる中庭から、ポポロの魔法を地面に送り込むことにしました。中庭は周囲を屋敷と高い塀に囲まれていて、外から見られる心配がなかったからです。

 フルートが炎の剣を地面へ振ると、飛び出した火の玉が、堅く凍りついた雪や氷を一瞬で溶かし、大きな穴を作りました。穴の底に湿った土がむき出しになります。ポポロは穴の中へ下りていってかがみ込み、穴の縁にいる仲間たちを見上げました。

「準備はいいわよ……!」

 ポチとルルは風の犬に変身していました。ポポロの合図で、フルートとゼンをのせたポチが、ふわりと空中に浮き上がります。

「よし。頼む、ポポロ」

 とフルートが言ったので、ポポロは両手を地面に押し当てました。呪文と共に、自分の強力な魔法を大地に流し込みます。

「ケーイテデラーカコソヨミーヤ!」

 すると、ポポロの両手から緑の光が生まれ、周囲の地面にへ広がっていきました。すぐに雪の下に隠れてしまいますが、その雪が緑に輝き始めました。大きな緑の輪になって、中庭をどんどん広がっていきます。

「上がれ!」

 とフルートに言われて、ポチは舞い上がりました。メールは穴から上がってきたポポロに手を貸し、二人でルルに乗って飛び上がります。

 一気に街の上空まで昇って見下ろすと、魔法が輝きながら広がっていく様子がよく見えました。緑の光の輪が、塀や建物の上を乗り越え、中庭から街へと伝わって、さらに大きく広がっていきます。

 その様子に目を凝らしていたゼンが、地上を指さしました。

「出たぞ! 闇の灰だ!」

 緑に輝く雪の中から、まるで煙のように、黒いものが立ち上り始めていました。雪におおわれた広場も庭も建物も、緑の光がやってくると、いっせいに黒い湯気を立て始めます。

「いたるところ全部だね。闇の灰って、こんなに一面に広がってたんだ」

 とメールは驚きました。

「これが風なんかに吹き寄せられて集まると、そこから闇の怪物が生まれてくるのよ」

 とポポロが言います。

 フルートも地上を見下ろしながら言いました。

「闇の灰におおわれているのは、このレコルの街だけじゃない。火の山の噴煙が流れてきた地域は、どこもきっとこんなふうなんだ。あんまり広範囲だから、そこの灰を全部消すなんてことは、ぼくたちにはできない……。だからせめて、このレコルの街だけでも、闇の灰から救っていきたいんだよ」

 仲間たちはいっせいにうなずきました。

「よし、やれ、フルート!」

 とゼンが言ったので、フルートは灰へペンダントを向けました。聖なる光で消し去ろうとします。

 

 すると、黒い煙のような灰が急に渦巻き始めました。街の上空で一箇所に集まり始めます。

 フルートたちは顔色を変えました。

「やべぇ! 闇の怪物が生まれてくるぞ!」

「フルート、早く照らして!」

 仲間たちに言われて、フルートは、光れ! と叫びました。魔石が光を放ちます。

 ところが、彼らの前にひときわ濃い灰の雲が流れてきました。聖なる光を浴びて消えていきますが、新しい灰が次々流れ込んでくるので消滅しません。それが壁のようにさえぎるので、金の光は渦の中心まで届きませんでした。渦は灰を吸い込み、ますます大きくなっていきます――。

「灰を散らさなくちゃ!」

 とルルが灰の壁へ飛ぼうとしたので、ポポロがその首にしがみつきました。

「だめよっ、ルル!」

 ポチもあわててルルに飛びついて、風の尾にかみつきました。ギャン、とルルがほえて振り向きます。

「どうして止めるのよ! このままじゃ、また怪物が生まれるわよ!?」

「ワン、無茶だ! ルルは天空の国の犬なんだから、闇に弱いんだよ!? 濃い闇の中に飛び込んだら、具合が悪くなるに決まってる!」

 とポチが言い返すと、ポポロも言いました。

「あの中に入っちゃだめよ……! ポチが言うとおり、闇が濃すぎるの。風の首輪が力をなくして、変身できなくなっちゃうわ……!」

「それじゃどうするのよ!?」

 とルルは歯ぎしりしました。変身が解ければ、ポポロやメールまで墜落するのですから、無茶なことはできません。

 すると、フルートが言いました。

「助けを呼ぼう。出てきてくれ、願い石!」

 

 願い石の精霊は、すぐに姿を現しました。燃えさかる炎のようなドレスをまとい、高く結った赤い髪を風になびかせて、空中に立っています。熱く激しい姿の精霊ですが、冷ややかな表情で言います。

「助けを呼ぶ、とはどういう意味だ、フルート。私はそなたたちを助けたことなど一度もないはずだぞ」

「なに言ってんのさ? いつも助けてくれてるじゃないか! 今回も力を貸しとくれよ! このままじゃ灰からまた怪物が生まれるんだよ!」

 とメールが言うと、精霊の声はいっそう冷たくなりました。

「それはそなたの願いだ。私はフルートの願いしかかなえない。私に助けてほしいと言うのであれば、フルートが願うしかない」

 なに!? と勇者の仲間たちはまた顔色を変えました。フルートを守るようにまわりに集まり、精霊の女性をにらみつけます。

「訳のわかんねえことを言うんじゃねえ! いいから、早くいつもみたいに力を貸せよ!」

「灰から怪物が生まれたら、レコルの街を襲うわよ! 急がなくちゃいけないのよ!」

 口々に言う仲間たちへ、願い石の精霊は冷ややかに言い続けました。

「私は真理の魔石だ。真理には誰も命じることができない。私に願うことができるのは、フルート一人だけだ」

 その返事にいっそう気色ばんだ仲間たちを、フルートは苦笑しながらなだめました。

「願い石の言うとおりだよ。願い石だって、理(ことわり)に合わないことはできないんだから。彼も呼ばなくちゃ。――出てきてくれ、金の石!」

 フルートの呼び声に、たちまち金色の少年も姿を現しました。やはり空中に立って、あきれたように彼らを見下ろしてきます。

「君たちは、いつまでたっても真理というものを理解しないな。ぼくたちは、ぼくたちの役目に従って存在しているだけなんだ。無理にそれを越えようとすれば、理によって破滅させられるんだぞ」

 フルートはまた苦笑しました。

「わかってる。だから、こう言いたいのさ。――願い石、ぼくはこれからあそこに突入して闇の灰を消す。金の石はがんばって灰を消そうとするけれど、あれだけ大量の闇だと、金の石のほうが負けるかもしれない。君の喧嘩友だちが消滅するのは困ると思うなら、金の石に力を貸してやってくれ」

「なんだそれは。ぼくはそんな非力な石じゃないぞ」

 と精霊の少年はひどく不愉快そうな顔になりましたが、精霊の女性はすんなりうなずきました。

「そういうことであれば、守護のに力を貸そう。なにしろ、守護のはこんなに小さいのだからな」

「小さいと言うな! 見た目の大きさと力は比例していないんだ!」

 と少年が憤慨して言い返しますが、女性は知らん顔です。

「ったく、魔石ってのはめんどくさいな」

 とゼンがぼやきます――。

 

 その頃には、闇の灰は街の上空で巨大な雲の渦のようになっていました。地上から立ち上る黒い湯気は、もう見当たりません。灰はすべて空に集まったのです。

 渦巻きの中心では、灰の塊が形を変え始めていました。卵のような楕円形になった後で、そこから長い首と翼が現れます。それがドラゴンの首と翼に似て見えて、一行は、はっとしました。全身が総毛立つような恐怖に襲われて、思わず空中で立ちすくんでしまいます。

 とたんに金の石の精霊が叫びました。

「消滅させるぞ、フルート! 願いの、力を貸せ!」

 その声に、フルートは我に返りました。心をわしづかみにしている恐怖を振り切り、改めてペンダントを突き出して叫びます。

「光れ、金の石! あれを消し去れ!」

 そこへ願い石の精霊も舞い下りてきて、フルートの肩をつかみました。どっと熱い力が流れ込んできて、金の石を爆発的に輝かせます。

 灰の渦はみるみる消えていきました。金の光が厚い灰の壁を突き抜け、怪物に変わっていく灰を照らします。

 怪物は長い首をねじり、翼を羽ばたかせました。コウモリに似た羽根は四枚あるように見えます。光が怪物の体を突き破り、灰を霧散させた瞬間、オォォー……とかすかな咆吼(ほうこう)が聞こえました。次の瞬間、渦が消えた場所へどっと風が吹き込み、咆吼は風の音の中に紛れてしまいます。

 

 闇の灰は消えました。

 吹き渡る風が厚い雪雲も消していき、雲の切れ間から青空がのぞきます。

 空の上で、フルートたちは顔を見合わせました。灰の渦も怪物も消え、闇の気配もなくなりましたが、彼らの顔は青ざめています。

「今のって……」

 とメールは言いかけ、空を見つめてしまいました。

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