おばあさんをお母さんに会わせてあげるんだ、とフルートが言ったので、仲間たちはまた驚きました。
「どうやって会わせるつもりだよ? おまえのおふくろさんはシルの町にいるだろうが」
「シルまで迎えに行くつもり? でも、ここからシルまでは遠いわよ」
とゼンとルルが言いました。
「ポチたちに風の犬になってもらって、迎えに行くつもりかい?」
とメールも尋ねたので、ポチは、とんでもない! と頭を振りました。
「ワン、ぼくに乗せることはできても、こんな寒い冬空の中を飛んだら、お母さんの具合が悪くなりますよ! 無茶だ!」
すると、フルートは相変わらず堅い決心の表情のままで言いました。
「お母さんを迎えにいくわけじゃないよ。ポチが言うとおり、空を飛んでお母さんを運ぶのは無理だし、陸路で迎えに行くのは時間がかかりすぎる。それに、お母さんが家を出ていってから、もう二十年近くたってる。今のお母さんが現れたって、おばあさんにはそれが自分の娘だってわからないかもしれないんだ」
じゃあ、どうやって!? と仲間たちはいっせいに尋ねました。やっぱり、フルートが何を思いついているのかわかりません。ただ、ポポロだけは予想がついたのか、じっとフルートを見つめていました。
「ぼくが、お母さんになるんだよ――。ぼくはお母さんに似ている。ぼくがお母さんのドレスを着れば、きっとお母さんに見えるはずだ」
とフルートが言ったので、仲間たちは今度はあきれてしまいました。
「おい、また女装するのか?」
「信じらんない、フルートが自分から女装するって言い出すなんてさ! 外が冬から夏に変わっちゃうんじゃないかい!?」
「でも、どうするつもりよ? 女装のための道具一式は、馬や荷物と一緒にロムド城に預けちゃったはずでしょう?」
と仲間たちが口々に言うと、フルートは生真面目(きまじめ)な表情で答えました。
「おばあさんをこのままにしておけないよ。そりゃ、ぼくが女装したって、おばあさんはお母さんとは思わないかもしれない。だけど、やってみる価値はあるだろう? 女装の道具はなんとかする。とにかく、お母さんのドレスを見つけてほしいんだ」
「わかったわ」
とポポロはうなずいて、遠いまなざしで屋敷の中を見回し始めました。ドレスを探し始めたのです。
ホールの階段の上からは、まだフルートの祖母の悲鳴が聞こえ続けていました。祖父はそんな妻を大声で叱りつけています。ポチは思わず顔を歪めてしまいました。どなり声と一緒に、とても大きな悲しみと深い疲労の匂いが伝わってきたからです。老人は錯乱する妻の介護に心身共に疲れ果てて、限界の寸前になっているのです――。
やがて、ポポロが一階の奥を見ながら言いました。
「見つけたわ! フルートのお母さんのドレス――! この奥にお母さんのものがしまってある小部屋があるわよ!」
「ありがとう、ポポロ!」
とフルートは駆け出しました。仲間たちも一緒に屋敷の奥へ向かい、ポポロが示す部屋へ駆け込みます。
そこは小さな衣装部屋でした。若い女性に似合いそうな衣類や小物が、本や人形などと一緒に整然と収められています。フルートの祖父母は娘のものを捨てることなく、大切に保管していたのです。
それらを見回してポチが言いました。
「ワン、どれも上等なものばかりだ……。お母さんが上流階級の娘だったってのは、本当だったんだなぁ」
「フルートのお母さんは貴族だったってことかい?」
とメールが聞き返したので、ポチはまた頭を振りました。
「ワン、違います。でも、とても大きな商家の娘で、貴族のパーティにも何度も出ていた、って話は聞いたことがあったんです。お金持ちだったんですよ」
「それなのに、そこを飛び出して、好きな人と西部に行ってしまったわけね。フルートのご両親って、すごい恋愛結婚だったのね」
とルルが言います。
フルートはドレスを一枚ずつ確かめながら、話し出しました。
「ぼくのお父さんとお母さんは、二人ともロアの町に住んでいて、家も近所だったんだ。一緒の学校に通っていて、小さい頃から仲が良かったって。でも、お父さんが十七のときに、お父さんの両親が事故や病気で次々に亡くなってしまった。一人きりになったお父さんは、世界を見る旅に出かけたんだ……。お母さんは、後に残されて初めて、自分がお父さんを好きだったんだ、って気がついたらしい。お父さんのほうでも、あちこちを旅したけれど、やっぱりお母さんのことがずっと忘れられなかったって。そのうちに、国王陛下が国中にロムドの西部開拓団を募集なさった。その頃はまだ、西部の西半分は未開の地だったからね。それを知ったお父さんは、ロアに戻って、お母さんに言ったんだよ。自分と結婚して一緒に西部に行ってほしい、ってね――。でも、おじいさんに猛反対されてしまった。おじいさんは一人娘で体が弱いお母さんを、とても心配していたんだ。だから、苦労するとわかりきっている西部になんて、絶対に送り出したくなかった。お父さんに、自分の仕事の跡を継いでロアで暮らすように、って言ったらしいよ。それならば結婚を認める、って。だけど、お父さんはどうしても西部に行きたかった。あちこち旅をして世界を見てきたから、西部で新しい世界を作ることを夢見ていたんだ――。だから、お父さんとお母さんは、おじいさんに許してもらえないまま、家を飛び出して西部の開拓団に加わった。ずっと西の街道を進んでいって、シルの町に腰を据えて、そこで仲間の人たちと牧場を拓いて。三年目には、ぼくも生まれた。でも、そんないきさつがあったから、ぼくはおじいさんやおばあさんには、今まで一度も会ったことがなかったんだよ」
すると、その話をポチが引き継ぎました。
「ワン、フルートのお父さんとお母さんは、お母さんの両親のことをずっと心配していたんですよ。送り返されちゃうから、手紙を書くこともできないけれど、元気でいるんだろうか、って二人でよく話してました。おじいさんはお母さんをとても愛していたからこそ、猛反対して怒ったんだよ、ってお父さんは言っていたんです」
フルートとポチの話に、仲間たちは、ふぅっと思わず大きな溜息をついてしまいました。親も子も双方が相手を想っているのに、確執が生まれ、二十年近くも会えなくなっているのです。
「人間って本当にさ……」
とメールは言いかけて、口をつぐみました。視線を二階のほうへ向けます。階上からはまだフルートの祖父のどなり声が聞こえていました。祖母が泣く声も聞こえてきます――。
すると、フルートが服を確かめる手を止めました。小花模様のドレスがあったのです。
「あの絵でお母さんが着ていた服だ……! これにしよう!」
「大丈夫? 丈は間に合う?」
引き出したドレスがフルートの体より少し小さいように見えて、ポポロは心配しました。ずっと小柄だと言われてきたフルートですが、最近急に背が伸びてきています。
ドレスを自分の前に当ててフルートは言いました。
「多分大丈夫だ。あとは、付け髪か何かないかな。さすがにこの髪じゃお母さんには見えないだろうからな」
とフルートは兜を脱ぎました。少し癖のある髪は短くて、肩にも届いていません。一同は部屋の中を探し回りましたが、残念ながら、普段フルートが女装で使うような付け髪は見つかりませんでした。お母さんは豊かな長い金髪をしていたので、そんなものを使う必要は無かったのです。代わりにメールが後ろにベールのついた帽子を見つけました。
「これをかぶりなよ、フルート! これなら、髪が短くてもごまかせるだろ?」
「おっと。こっちには化粧道具もあったぞ。必要だよな?」
とゼンも戸棚の奥から化粧箱を引っ張り出します。
「よし、やってみよう」
とフルートはその場で鎧を脱ぎ始めました――。