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第20巻「真実の窓の戦い」

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29.サソリ

 「おじいさん!?」

 とフルートたちは叫びました。老人が闇の灰から生まれたサソリに刺されて倒れたのです。

 すると、黒いサソリが老人の体に這い上がりました。尾を動かしてまた毒針を突き立てようとします。

 フルートは駆け寄りざま剣で切りつけました。サソリを真っ二つにして、老人の上から吹き飛ばします。

 けれども、サソリは闇の怪物でした。半分になった体がみるみる元に戻り、二匹のサソリになっていきます。

 フルートは、その一匹へペンダントを突きつけました。

「光れ!」

 魔石から聖なる光がほとばしり、闇のサソリを消し去ります。

 もう一匹のサソリにはゼンが駆け寄っていました。まだ完全に復活しないうちに蹴飛ばし、暖炉の炎の中にたたき込んでしまいます。とたんに、ギャァァ、と人の悲鳴のような声が上がりました。たちまち火に包まれて、燃えていってしまいます。

 一同は倒れている老人へ駆け寄りました。

「おじいさん、しっかりしてください!」

 とフルートが抱き起こして金の石を押し当てます。

 すると、老人はすぐに目を開けました。土気色の顔でせわしく息をつき、やがて、ふーっと大きく息を吐くと――

 自分を支えるフルートを、いきなり拳で殴り飛ばしました。

 

 フルートの体は部屋の端まで吹き飛んで、壁に激突しました。がしゃん、と音を立てて床に落ちます。

 仲間たちは仰天しました。

「この野郎、何しやがるんだ!?」

 とゼンが老人へ飛びかかります。

 老人の腕や肩にはいつの間にか筋肉が太く盛り上がり、瞳は赤くまたたいていました。つかみかかってきたゼンを逆に捕まえ、高々と持ち上げて、フルートとは反対側の壁に投げつけてしまいます。怪力のはずのゼンが、まるで抵抗できませんでした。フルートと同じように壁にたたきつけられて、床に倒れてしまいます。

「ゼン!」

 とメールは悲鳴を上げて駆け寄りました。

「ワン、闇に操られてる!」

「サソリの毒のせいよ!」

 と犬たちも言い合いましたが、老人に飛びかかるわけにいかなくて困惑しました。老人はフルートの祖父なのです。

 すると、フルートが跳ね起きてペンダントをかざしました。

「金の石、おじいさんを正気に返してくれ!」

 魔石は輝いて老人を照らしました。一緒に壁際に倒れたゼンも照らしたので、ゼンはすぐ元気になって跳ね起きてきました。

「こんちくしょう! よくもやったな!?」

 と老人に反撃しようとして、メールに引き止められます。

「やめなって! フルートのおじいさんが怪我しちゃうじゃないのさ!」

 フルートもペンダントをかざしたまま呼びかけました。

「おじいさん! おじいさん、わかりますか!? ぼくはハンナの息子です! あなたの孫なんですよ――!」

 けれども、老人はまだ筋骨隆々とした姿のままでした。瞳も赤くまたたき続けています。闇サソリの毒が消えていないのです。

 

 そこへ淡い金の光が湧き起こって、金の石の精霊が姿を現しました。牙をむくように歯をむき出している老人を見て言います。

「あの人の体は人間のままだ。それが聖なる光をさえぎるから、内側のサソリの毒を消せないんだ。元に戻すには、毒を体内から追い出すしかない」

「どうやってさ!? 聖なる光は届かないんだろ!?」

 とメールが言うと、ポポロが急に口を開きました。

「あたしがやるわ……! おじいさんの中に魔法を送り込んで、毒を追い出してあげる!」

 フルートたちは驚きました。

「まだ魔法が使えるのか、ポポロ!?」

「ユラサイの西の長壁で、魔法を二つとも使ってきたはずだろうが!」

 ポポロは頭を振りました。

「ユラサイで夜が来て、朝になる前に戻ってきてしまったけど、ここに来たらまた昼間だったから、あたしの魔法は復活したのよ……。魔法は二回使えるわ。そのひとつを使って、おじいさんを正気に戻してあげる……!」

 そう言って、ポポロは老人に駆け寄りました。老人の中から毒を追い出すには、直接体に魔法を送り込む必要があったのです。

 ところが、老人はポポロに気がついて振り向きました。野獣のようにうなりながら飛びかかってきます。

 フルートはとっさに間に割って入って、自分の体でポポロをかばいました。老人がフルートを押し倒し、床にたたきつけます。

「フルート!」

 ゼンが急いで老人を引きはがそうとすると、フルートは言いました。

「大丈夫だ! 今のうちに魔法を使え、ポポロ!」

 ところが、老人がフルートの兜を引きむしりました。続いて手に握っていたペンダントも奪い取って、部屋の隅に放り投げてしまいます。

 とたんに精霊の少年の姿は消えました。あっ、と犬たちとメールがペンダントへ走ります。

 老人はむき出しになったフルートの顔へ拳をたたき込むと、フルートに馬乗りになって首を絞め始めました。老人とは思えない怪力で、ぐいぐいとフルートの首を締め上げていきます。

「こんちくしょう、放せ!!」

 とゼンが老人を引き離そうとして、フルートからまた止められました。まなざしだけで、手を出すな、と言われたのです。続いてフルートはポポロを見ました。早くやるんだ、とやはり目だけで伝えてきます。

 ポポロはあふれる涙をぬぐうと、フルートの首を絞める老人の後ろに立ちました。両手を老人の背中に押し当てて呪文を唱えます。

「ケーイテデラーカコソヨミーヤ!」

 とたんに老人の体は緑の光に包まれ、黒い煙のようなものが立ち上っていきました。同時に、老人の腕や肩から筋肉の塊が消え、全身が力を失って、どさりとフルートの上に倒れかかってきます。

 激しく咳き込むフルートの元へ、ポチが走ってきました。口には金のペンダントをくわえています。ペンダントを受けとると、フルートはまた元のように息ができるようになりました。ゼンが老人をどけたので、また飛び起きて宙へペンダントを向けます。

「光れ!」

 たちまち聖なる光が部屋の中を照らしました。老人の体から立ち上った薄い煙が、光の中で消滅していきます――。

 

 その様子を見て、ポチが言いました。

「ワン、サソリの毒の正体は闇の火山灰だったんですね。やっぱり灰が怪物に変わっていたんだ」

 フルートはポポロを抱き寄せて、ありがとう、と言いました。彼女がまた泣き出していたからです。

 メールは顔をしかめて周囲を見回しました。

「嫌な話だよね、まったく。火山の煙と一緒に闇の灰が降って、その灰から怪物が生まれてきてるってわけかい。それじゃ、地上は闇の怪物だらけじゃないか」

「仕立屋のおじいさんが、最近怪物が多い、って言っていたのも、このことだったのね。降り積もった闇の灰から、次々怪物が生まれてきてるんだわ。でも、変ね。さっきは屋敷中から闇の匂いがしていたのに、今はもう全然しないわよ」

 とルルが首をかしげます。

 フルートは兜を拾ってかぶり直しながら言いました。

「サソリが生まれてくるとき、屋敷中からこの部屋に闇の灰が集まってくるように見えた――。おそらく、灰が怪物に変わるときには、周囲の闇の灰を引き寄せるんだろう。だから、屋敷の中から闇の気配が消えたんだ」

「でも、いつまた灰が入ってきて怪物になるか、わからないじゃないのさ!」

 とメールが心配します。

 

 その時、気を失っていた老人がうめき声を上げて、目を開けました。その瞳はもう赤く光ってはいませんでした。自分がゼンに抱きかかえられていたので、不思議そうに尋ねてきます。

「何があったんだろう? 私はどうかしたのかね?」

 老人は自分が闇に操られたことをまったく覚えていませんでした。サソリの毒の影響なのか、闇の灰からサソリが現れたことさえ忘れてしまっているように見えます。

「いいえ、何も。おじいさんがふらついたから、ゼンが支えたんです。長旅だったから、お疲れになったんじゃありませんか?」

 とフルートはさらりと言いました。殴られて絞め殺されそうになったのに、そんなことはおくびにも出しません。

「疲れている? それは確かにそうかもしれないが……倒れかけたのかね、私は」

 老人は驚いたように言って、急いで椅子に座りました。そうしてから、思い出すような顔になります。

「私は何か話をしている途中だった気がする。えぇと、なんのことだっただろう……」

 フルートはさすがにちょっと苦笑しました。彼らはフルートのお母さんの話をしていたのですが、祖父はそのことまで忘れてしまったようでした。さて、何から話したらいいんだろう、と考えます。

 

 その時、二階でいきなり女性の叫び声がしました。屋敷中に響き渡ります。

 一同は飛び上がりました。

「家内だ!」

 と老人は顔色を変えて居間を飛び出しました。階段のあるホールへ走ります。

「また闇の怪物かよ!?」

「そんな! 気配はしていないわよ!?」

「だって、叫んでるの、おばあさんだよ!」

「急げ! 早く!」

 フルートたちは口々に言い合うと、老人を追い越して階段を駆け上がり、老婦人がいる寝室へ飛び込みました――。

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