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第20巻「真実の窓の戦い」

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26.触手

 闇の触手が馬車を捕まえている、とポポロから聞かされて、フルートたちは飛び上がりました。黒い紐のような触手は次第に長くなり、車輪をすっかり絡め取って、車体にまで這い上がってきます。

「いけない!」

 とフルートは広場へ飛び出しました。御者が馬車を下りて後ろを見に行こうとしていたのです。ちょうど通りかかっていた別の馬車が、フルートに驚いて急停車しました。馬車の乗客にどなられますが、フルートはかまわず走ります。

 ゼンはその後を追いかけ、まだ怒っている乗客に言いました。

「ここから離れろ! 闇の怪物だぞ!」

 メールは走りながらポポロに尋ねます。

「雪の下に怪物が隠れてたのかい!?」

「そうかも……でも、ゼンが気がつくまで、あたしは闇に気がつかなかったのよ。ゼンが言ったとたん、急にあそこで闇の気配が強まったの。どうしてかしら……?」

 ポポロはとまどっています。

 ルルも走りながらポチに言っていました。

「変よ。急にあそこで闇の匂いが強くなったわ。いきなりよ」

「ワン、じゃあ、やっぱり何者かが闇の怪物を送り込んできたのかな――」

 とポチは周囲を見回します。

 

 フルートは馬車に駆け寄ると、後輪を見に行こうとしていた御者を捕まえ、力任せに引き戻しました。勢い余って、御者が雪の上を転がってしまいます。

「な、何をするんだ!?」

 と御者は怒ってわめきましたが、フルートはその前に立って剣と盾を構えました。

「離れて! 襲ってきますよ!」

 そのとたん、本当に触手の先が車輪から離れて飛んできました。まっすぐフルートに襲いかかってきます。

 フルートは盾でそれを防ぎました。植物の蔓(つる)ほどの太さの触手が弾かれて雪の上に落ちます。闇の触手にしては、かなり細いほうです。

 けれども、触手はすぐにまた宙に浮きました。今度はフルートの後ろで尻餅をついている御者に襲いかかろうとします。

「やっ!」

 フルートは飛んできた触手を切り払いました。握っていたのは魔力のないロングソードだったので、燃え上がることはありません。雪に落ちた触手は、先端に丸い吸盤があって、黒いヒルのようにも見えました。

 すると、ポポロの声が響きました。

「気をつけて、フルート! 変わるわ!」

 そのことばのとおり、ヒルのような先端が形を変えていました。たちまち醜いネズミのような生き物になると、跳ね起きてフルートへ飛びかかってきます。

 フルートはまた盾を構え、ぶつかって地面に落ちたネズミへ剣を突き立てました。キーッとネズミは悲鳴を上げますが、すぐに自分の体を引き裂きながら剣から脱出しました。見る間に体がまたくっつき合って、元通りの姿に戻ってしまいます。

「これも闇の怪物なのか」

 とフルートは舌打ちします――。

 

 一方、フルートに切られた触手も、すぐに元に戻っていました。うねうねと動きながら、また馬車を絡め取ろうとします。

 馬車の窓から驚いたように男性が顔をのぞかせたので、メールが言いました。

「中に人が乗ってるよ、ゼン! 早く助けないと!」

「おう!」

 ゼンは馬車に駆け寄ると、ためらうことなく扉を開けました。中には上品な身なりの老夫婦が乗っていましたが、それを小脇に抱えて、あっという間に外へ飛び出します。メールは急いで馬車から馬を解き放ちます。

 そこへ窓から馬車の中へ触手が入ってきました。ゼンたちの後を追いかけるように、出口から外へ伸びてきます。

 怪物だ! 怪物が出たぞ! と街の人々が騒ぎ出していました。馬車が触手の怪物に襲われていることに、ようやく気がついたのです。

「衛兵を呼んでこい!!」

「火で退治するんだ!! 火を持ってこい!!」

 と大騒ぎになりますが、付近にかがり火はなかったので、すぐには退治することができません。

 人々は悲鳴を上げて広場から逃げ出しました。馬車も我先に広場の外へ出ようとします。たくさんの人や馬車がいっせいに出口に殺到したので、広場は大混乱になりました。死者も出かねないほど危険な状況になります。

 フルートはロングソードを炎の剣に持ち替えました。ここで魔剣を使うことにためらっていたのですが、もうそんなことは言っていられません。

 ネズミの怪物はまたフルートに飛びかかってきました。馬車を貫いた触手は、ゼンと老夫婦を追いかけ続けます。

「はっ!」

 フルートはネズミを切り捨て、そのまま剣を馬車に向かって勢いよく振りました。ネズミが火を吹いて燃え上がり、切っ先から飛び出した炎が馬車を包みます。

 馬車が炎上したので、闇の触手はあわてて引き返していきました。燃える馬車から体を引き抜いて脱出しようとしますが、そこへフルートが駆け寄りました。胸当てからペンダントを引き出して言います。

「光れ!」

 とたんに魔石が輝き、闇の触手は黒い霧になって消えていきました。先に剣で切られたネズミも、炎の中で燃え尽きています。

 けれども、街の人々に見えたのは、馬車が突然燃え上がり、炎の中で黒い触手が消滅していった様子だけでした。炎が大きかったので、金の石が輝いたことには誰も気がつきません。人々は立ち止まり、駆け戻ってきて、いいぞ、もっと燃えろ! とはやし立てました。闇の怪物も触手も、炎の中からはもう現れてきません――。

 

 フルートは剣を収め、ゼンに抱えられた老夫婦の元へ駆けつけました。驚いた顔をしている老人と、きょとんとしている老婦人に向かって深々と頭を下げます。

「お怪我はありませんでしたか? その……馬車を燃やしてしまって、すみませんでした。あれしか方法を思いつかなかったものですから……」

 パニックになって出口に殺到する人々を止めるには、馬車を炎上させ、誰の目にも明らかな方法で怪物を倒してみせなくてはならなかったのです。

 ゼンが老人たちを下ろしたので、彼らは自分の足で地面に立ちました。上品な身なりの二人で、老人は白髪頭に白い立派な口ひげを蓄え、老婦人のほうは眼鏡の奥で目を細めて、にこにこと笑っています。先に口を開いたのは、老人の方でした。

「こちらこそ、助けてくれてありがとう。おかげで家内も御者も無事だった。馬車のことならば、気にしなくていい。旅行帰りだったから、大したものは積んでいなかったんだ。馬も助けてもらえたしな――。家内の療養のためにふた月ほどレコルを離れていたんだが、その間に怪物が出るようになっていたとは知らなかった。いつからこんな状況になっていたんだね?」

「ぼくたちも旅人でこの街に来たばかりなので、よくわからないんです」

 とフルートが答えているところへ、街の住人が集まってきて、老人に声をかけました。

「マーリスさんの馬車だったんですか!? 奥さんも! ご無事でよかった!」

「いつお帰りだったんです? 三月までハルマスにいるとおっしゃっていたでしょう!」

「家内が家に帰りたいと言いだしたんで、予定を早めて戻ってきたんだ。まさか怪物に襲われるとは思わなかったよ。いや、助かって本当によかった」

 と老人が街の人たちと話し出したので、フルートたちは、そっとその場から離れようとしました。話の邪魔はしたくなかったし、彼らは不正規な訪問者なので、あれこれ聞かれたくもなかったのです。

 

 ところが、老婦人が急に手を伸ばしてきました。鎧を着たフルートの腕をつかむと、意外なほど強く引っぱって言います。

「どこへ行くの、ハンナ。家に帰るんですよ。いらっしゃい」

 一行は目を丸くしましたが、老婦人はそのままフルートの腕をぐいぐい引いて歩き出しました。本当に老人とは思えないような力強さです。

「お、おい、ばあちゃん――」

「ハンナって女の名前だろ? フルートは男なんだよ」

 とゼンとメールはあわてて追いかけました。

「フルートが女に間違われるのって久しぶりじゃない? 誰と勘違いされてるのかしら?」

 とルルは後を追いながらポチにささやき、う、うん……と小犬は考え込みます。

 老人もそれに気がついて飛んできました。妻の肩を抑えて言います。

「人違いだよ、おまえ。この人は男性だし戦士だ」

 とたんに老婦人はものすごい目で夫をにらみつけました。

「何を言ってるんです、あなたは! 母親が娘を見間違えるとでも思うの!? 馬鹿なことを言わないでちょうだい! さあ、家に帰らなくちゃ! 馬車、馬車ぁ!! 停まってちょうだいなぁ――!!」

 夫人が一方的に夫をどなったあげくに、素っ頓狂(すっとんきょう)な声で馬車を呼んだので、一同はびっくりしました。上品な見た目にはまったくふさわしくない言動です。

 その時、フルートは老婦人が焦点の定まらない目をしていることに気がつきました。すぐ隣のフルートのほうを見ても、その目はどこかあらぬ方を見ているようなのです。ああ、そうか、とフルートは思いました。故郷のシルでも、こんな老人を見たことがあったのです。

「申し訳ない、気を悪くしないでくれたまえ。家内は年齢のせいですっかり頭が年をとってしまってね。やることなすこと正常じゃないんだよ――」

 白い口ひげの老人は、フルートたちに向かってすまなそうにそう言いました。

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