フルートたちが次の真実の窓をくぐってやってきたのは、ロムド国のレコルという街でした。仕立屋の主人から街に怪物が現れると聞かされて、フルートは驚きました。
「この街は東部にありますよね? 東部には怪物なんて滅多に出ないと思っていたんですが」
すると、主人は顔を歪めて頭を振りました。
「以前はそうでした。例えばロムドの北部は森が多いから怪物や野獣が多いし、西部も未開の地だから怪物が多いのは当然なんですが、東部は四百年も昔から開けた場所ですからね。怪物が出るなんてのは、十年に一度あるかないかのことだったんですよ。一番最近では、四年前に黒い霧が突然国中を包んだときに、霧にまぎれて怪物がやってきましたが、街中にかがり火を焚いて、怪物を追い払いました。ところが、今回は違うんです」
「どんなふうに?」
とフルートはまた尋ねました。
「怪物がどこから来るのかわからんのです……。若殿様も街に入るときにご覧になったでしょうが、このレコルは厳重な城壁にぐるりと囲まれていて、夜昼通して門番がしっかりと見張っています。いざというときには要塞の役目を果たす街なので、守りが堅いのが自慢なんです。ところが、怪物はどこから入り込んでくるのか、いつの間にか街中に姿を現すんです。暗がりで人が襲われたり、家畜や犬猫が襲われて食われたりしています」
入口近くで話を聞いていたルルが、ぴくっと耳を動かしました。
「いやね、犬も食うわけ? この街に来るときに、闇の匂いがしていたわ。今も、かすかだけれど、ずっと闇の匂いがし続けてるし。きっと闇の怪物よ」
「ワン、でも、あのご主人が言うとおり、このあたりって闇の怪物が滅多に出ないところだったんだよ。どうして急に闇の怪物が出現するようになったんだろう」
とポチがそれに答えます。主人たちにもの言う犬と気づかれないように、声はぐっと低めたままです。
フルートは、いっそう真剣な表情になりました。
「それはどんな怪物なんですか? この冬は寒さが厳しくて雪が多いようだけれど、雪と一緒にやってくる怪物ですか?」
仕立屋の主人はまた頭を振りました。
「何の怪物とも言えません。とにかく、いろんな奴が現れていますから。たいていどれも小さいんですがね。いくら殺してもとどめが刺せないんで、衛兵さんたちがえらく苦労していますよ」
殺しても死なないとなれば、やはり闇の怪物でした。フルートは考え込んでしまいます――。
そこへゼンとメールが店の奥から戻ってきました。ゼンはあまり丈の長くない灰色のマントを、メールは毛皮の襟がついた白いマントをはおっています。
「よう。俺たち、これに決めたぞ」
「けっこう着心地いいのが見つかったよ」
と嬉しそうに言う二人を、フルートは眺めました。
「メールはちょうどよさそうだけど、ゼンのは少し丈が足りないんじゃないか?」
「いや、これがいい。あんまり長いと、素早く弓を構えられねえんだよ。生地がいいから、充分あったかいぜ」
「あたいのも軽くて暖かいよ。前に着てた毛皮のコートより、こっちのほうがだんぜん着心地いいね」
とゼンとメールが言ったので、フルートはそれを買い上げることにしました。どちらもかなり上等な品で、結局金貨四枚の値段になったのですが、フルートが値切りもせず気前よく支払ったので、主人は喜んで、店の奥からまた別のものを持ってきました。
「そちらのお連れ様は、足にこれを付けるとよろしいでしょう。この寒さの中を編み上げサンダルで歩くなんてのは、狂気の沙汰ですからな……。上からはいて、紐(ひも)で留めれば、簡単にサンダルがブーツになりますよ」
そう言って主人が渡してくれたのは、布と革を縫い合わせて作った靴カバーでした。サンダルの上からはくと、メールのふくらはぎあたりまで届いて、サンダルがブーツに早変わりします。へぇ、とメールは感心しました。
「これっていいね。なんたって、靴を履き替える必要がないしさ。あたい、これからずっとこれを持ち歩こう」
「そうしてくれ。おまえはいくら言っても、なかなか厚着してくれねえから、こっちはいつも心配させられるんだ」
とゼンが言います。
「だって、重たい服や窮屈な服は苦手なんだよ。でも、このマントとカバーは、どっちも軽くていいね。すごく気に入ったよ」
とメールに誉められて、仕立屋の主人はいっそう上機嫌になりました。フルートたちが店を出て行くときには、弟子と揃って、店の出口まで見送りに出てくれます――。
仕立屋の扉が閉じると、一行は歩道を歩き出しました。適当なところで路地裏に入り、周囲に人がいないのを確かめてから、フルートが話し出します。
「どうやら、この街にも闇の怪物が出没するらしいな。たぶん闇の怪物だ」
「闇でもなんでも、怪物なんか全然珍しくねえだろうが。俺たちの行くところに怪物が出てこねえほうが珍しかったぞ」
とゼンがあきれると、ポチが言いました。
「ワン、このあたりは昔からすごく怪物が少ないところなんですよ。ロムドの中でも昔から一番発達してきた地域だから、怪物も根絶やしにされたんです」
「じゃあ、誰かが怪物を町に送り込んでるってわけ?」
とメールはあたりを見回しましたが、建物と建物の間の細い道は、雪が堅く凍りついているだけで、怪しいものの気配はありません。
フルートはポポロとルルに向かって言いました。
「匂いや気配で闇の怪物を見つけられるかな? 今まで怪物がいなかったところに闇の怪物が現れた、ってのが気になるんだ。なにしろ、ぼくたちは真実の窓にここへ送り込まれてきたからな」
「つまり、闇の怪物はデビルドラゴンとつながりがあるかもしれない、ってこと? 怪物を探せば、あいつを倒す方法が見つかるのかしら?」
とルルが首をかしげたので、フルートは言い続けました。
「それはわからない。だけど、他にできることが思いつかないんだから、まず、やれることをやってみよう。それに、怪物を退治すれば、街の人たちだって助かるんだからな」
最後の一言は、いかにもフルートらしい台詞(せりふ)でした。
そこで彼らは怪物を探して街の通りを歩き出しました。
闇の匂いがわかるルルが先頭に立ち、その後ろにポチ、ポポロとフルート、メールとゼンが続きます。
雪におおわれた歩道の匂いをかぎながら、ルルがポチにささやきました。
「この街はいたるところで闇の匂いがするのよ。この中から闇をかぎわけるのは、かえって難しいわ」
「ワン、特に匂いの強いところを探すしかないんだね」
とポチがささやき返します。
ポポロのほうはフルートたちに話していました。
「闇の気配はしているわ。でも、気配は弱いし、方向もつかめないの。なんだか、薄い闇に街全体が包まれてるみたいな感じよ……」
「あんまりいい感じじゃないよねぇ。闇の気配の元はどこなんだろ?」
とメールはまた周囲を見回しましたが、人通りの多い広場に出ても、やはり特に目につくものはありませんでした。厚着をした人々が寒さから逃れるように足早に歩き、馬車が凍った雪を砕きながら通り過ぎていくだけです。
フルートは考えながら、小さな声でひとりごとを言っていました。
「ユラサイの西の長壁でも、ロムドのレコルでも、今まで怪物がいなかったところに怪物が現れるようになった……。これは偶然なんだろうか? それとも……」
それに対する答えはまだ見つかりません。
すると、馬車が行きかう広場を眺めていたゼンが、突然大声を上げました。
「おい、見ろ!」
同時に広場の真ん中から馬のいななきが上がりました。二頭立ての馬車が、噴水の近くで立ち往生していたのです。馬たちは必死に馬車を引こうとしていますが、箱形の馬車はびくともしません。
「変だぞ! 車輪がはまるぬかるみもねえのに、いきなりあそこで馬車が止まったんだ!」
とゼンが言い続けます。
とたんにポポロが指さしました。
「後輪を見て――!」
立ち往生した馬車の後輪に、黒い紐のようなものが絡みついていました。紐は雪の下から伸びて、馬車を地面につなぎ止めています。あれは……? と目を凝らす一行に、ポポロは言いました。
「闇の触手よ! あそこに怪物がいるんだわ――!」