「いらっしゃいませぇ!」
フルートが仕立屋の扉を開けて入っていくと、とたんに元気の良い声に出迎えられました。彼らより少し年下に見える少年が、巻いた布地を抱えてこちらを見ています。
フルートに続いて、ゼン、メール、ポポロ、二匹の犬たちも店に入りました。全員ポポロと手を離し、彼女も魔法の肩掛けを外したので、姿が見えるようになっています。一行は、たくさんの布地や仕立て途中の服が並ぶ店内を、物珍しく見回しました。あまり広くないうえに、物がたくさんあるので、なんだか穴蔵のようですが、その分、落ち着いた雰囲気も漂っています。
彼らを出迎えた少年は、店に入ってきたのが自分とあまり変わらない年頃の少年少女だったので、驚いた顔をしました。
「えぇと、お客様ですか?」
と尋ねてきます。
すると、店の奥から年配の男の声が聞こえてきました。
「冷やかしならお断りだ。うちはそういう店じゃないぞ」
穴蔵のような店の一番奥に大きなテーブルがあって、一人の老人が背中を丸めて座っていました。手には仕立て途中の服と針を持っていて、丸い眼鏡の向こうから、にらむようにこちらを見ています。間違いなく、この店の主人です。
フルートは急いで後ろにいる仲間たちを示して言いました。
「ぼくたちは客です。マントを一枚――いや、二枚買いたいんです」
「マントを?」
と仕立屋の主人は、またにらむような上目づかいで彼らを見ました。フルートは鎧の上に緑のマントをはおっているし、ポポロもこの国に来たとたん、星空の衣が長いスカートにコートという恰好に変わっていましたが、メールは相変わらず袖なしシャツに半ズボンという恰好だし、ゼンもシャツの上に青い胸当てをつけただけの軽装をしていました。主人が顔をしかめて首を振ります。
「頭が変になっているんだな。そんな恰好で外を出歩くなんて――。うちは国王陛下からご贔屓(ひいき)にされている店だ。陛下はわしが作るシャツが大変お気に入りで、毎年レコルのわしの店まで注文をくださっている。おまえたちが着るような服を作るような店じゃないんだ。よそへ行ってくれ」
ゼンたちは、主人に馬鹿にされて、むっとしました。ポチは横にいるルルに、そっとささやきます。
「ワン、ここがどこかわかったよ。王都の東にある、レコルの街だ……」
フルートも、主人の話から、ここがどこかを知りましたが、店を立ち去ろうとはしませんでした。少しなりともロムド王とつながりのある人物に出会ったので、もう少し話を聞いてみたいと思ったのです。
フルートは鎧の下の隠しから財布を取り出すと、金貨を二枚出して主人のテーブルの上に載せました。目をむいて驚く主人へ言います。
「ぼくたちはあなたからマントを買いたいと思っています。陛下に服を献上されている方なら、腕も確かでしょう。後ろの二人にちょうど良い品をお願いします。これで足りないと言うならば、追加します」
とフルートは二枚の上にもう一枚金貨を重ねて、兜を脱ぎました。その下から、少し癖のある金髪と優しい顔が現れます。貴族と言ってもおかしくないほど整った顔立ちのフルートです。
仕立屋の主人は、なんだ! と声を上げました。
「貴族の若殿様でしたか! それならば話は別です! おい、デニー、旦那様方にマントを見せてさしあげろ!」
はいっ、と弟子の少年は飛び上がると、どうぞこちらへ、とゼンとメールを店の奥へ引っぱっていきました。そこにマントが何枚も置かれていたのです。
「なにさ、この手のひらを返したような態度!」
「俺たちは全然貴族じゃねえぞ!」
メールとゼンがあきれて腹をたてると、フルートが言いました。
「いいから、君たちの気に入ったものを選ぶんだ。外は寒い。防寒着なしではすぐに身動きが取れなくなるからな」
それはそのとおりだったので、ゼンたちは不機嫌な顔のまま、マントを選び始めました。重たいよ、もっと軽いのはないのかい? とメールが注文をつけます――。
接待のために立ち上がった仕立屋の主人に、フルートはこんなふうに言いました。
「ぼくたちはしばらく国を離れて旅をして、ロムドに戻ってきたばかりなんです。ここはレコルの街ですよね? 最近何か変わったことはありましたか?」
真実の窓が彼らをここへ案内したからには、この街で何かが起きているか、この街に真実につながる何かが隠されているはずでした。隠されているものを知るのには時間がかかりますが、事件が起きているならば、住人に話を聞けばすぐにわかります。
主人は自ら茶道具を出し、暖炉に吊り下げてあったやかんの湯で黒茶を淹れながら、フルートに言いました。
「暖かいところを旅なさっていたから、軽装でいらしたんですな。若殿様はどのくらいロムドをお離れだったんですか? 変わったことと言えば、何と言ってもこの寒さです。雪も多いんですが、とにかく寒くてどうしようもない。お城の一番占者様が収穫感謝祭で冷害が来ると占われたそうですが、そのとおりの状況になっていますよ」
その話を、ポチとルルが入口に近い場所で聞いていました。頭を寄せて、こっそりと話し合います。
「ワン、城の一番占者って言ったら、ユギルさんのことだ」
「でも、ユギルさんはオリバンたちと一緒にユラサイのほうへ行っているでしょう? 占いなんてできないはずよ」
「ワン、アリアンだよ。彼女がユギルさんに化けて代役をしてる、って言っていたもの」
「ああ、それなら納得だわ。鏡を使って占ったのね」
彼らはとても低い声で話し合っていたので、仕立屋の主人も弟子も、犬が人のことばを話していることには気がつきません。
フルートは主人に勧められるまま、ポポロとテーブルにつき、湯気を立てる黒茶を飲みました。主人のほうは、しばらく故国を離れていたという若殿のために、近況を話し続けていました。
「本当にひどい寒さがやってきたのは、年が明けてからでした。西のほうから黒雲が押し寄せてきて、一日中太陽が顔を見せなくなってしまったんです。気温がどんどん下がって、来る日も来る日も猛吹雪です。広場の噴水も凍りついたし、酒場ではワインが凍りましたよ。我々は家の中で暖炉の前から離れられなくなったし、どうしても出かけるときには、毛刈り前の羊のように厚着をしなくちゃなりませんでした。隣の家に行くのにも、吹雪で遭難しないように、決死の覚悟でしたからな――。国王陛下が、秋のうちから寒さに備えて薪や食料を蓄えておくように命じてくださっていたから、なんとかなっていますが、そうでなければ、きっと死者が大勢出たことでしょう。我々がこうして無事でいられるのは、国王陛下と一番占者様のおかげですよ」
そう言って、仕立屋の主人は片手を胸に当てて、西の方角へ頭を下げました。王のいるロムド城は、そちらにあったのです。
フルートは話を聞きながら考え込んでいましたが、主人が話し終えると、こう言いました。
「この寒さはザカラス国の南にある火の山が噴火したせいです。火山が噴き上げた煙が風に乗って東に流れてきて、雲になって空をおおってしまったんです。ザカラスでは、寒さのあまり、凍ったことのない港が凍りついて、船が海に出られなくなりました。同じ寒波(かんぱ)がロムドの東部にまで達していたんですね」
その噴火は、デビルドラゴンに取り憑かれた山の巨人クフのしわざでした。闇を含んだ煙を、ザカラスの南にある火口から高く噴き上げ、風に乗せて東方の国々へ送り出したのです。
フルートの話に、仕立屋の主人は、へぇ、と驚きました。
「これは火山のしわざだったんですか。火山と言えば熱いものと思い込んでいましたが、こんな寒さを引き起こすこともあるんですな。へぇぇ」
「空高く噴き上げられた煙が、太陽からの光をさえぎってしまうから、地上が寒くなってしまうんです。でも、火の山の噴火はもう止まりました。じきに煙も流れ去って、また暖かくなってくると思います」
とフルートは言いました。巨人を正気に返して噴火を止めたのは、他でもない彼らです――。
すると、主人は少しの間黙ってから、縫いかけの布があるテーブルに肘をついて、身を乗り出してきました。
「暖かくなれば、怪物どももいなくなるでしょうかね、若殿様?」
「怪物? この街に怪物が出るんですか?」
とフルートは驚きました。このレコルの街は、ロムド国の中でも古くから拓けた東部にあるので、怪物とはあまり縁がない場所のはずだったのです。
「出ます。いつとも言わず、突然姿を現すので、みんな内心びくびくして暮らしているんですよ」
主人はそう言うと、店の入口のほうを恐ろしそうに振り向きました。
フルートとポポロもそちらを眺めましたが、外からは、行きかう馬車の音が聞こえてくるだけでした――。