フルートたちは屯所の壁に現れた窓をくぐって、また元の場所に戻ってきました。灰色の絨毯を敷き詰めた長い通路に沿って、無数の真実の窓が並んでいます。
ユラサイに通じていた窓は、彼らがくぐり終わったとたん、分厚い一枚ガラスでふさがれてしまいました。ユラサイに残った竜子帝やリンメイ、ラク、ロウガの姿はまだ見えていますが、もうそちらへ行くことはできません。
竜子帝たちがとまどった表情になったので、窓が見えなくなってしまったのだ、とフルートたちは知りました。こちらからも、彼らの姿は見えますが、声はもう聞こえません。竜子帝たちは淋しがったり、それを慰めたりしているようでした。ラクは祈るように手を合わせています。フルートたちの無事を願ってくれたのに違いありません。
やがて、竜子帝の一行は窓の前から立ち去りました。食魔に壊された長壁を修理するために、王宮へ戻っていったのです。食魔使いのロウガは、占神がいる竜仙郷へ戻るのかもしれません。人の姿が消え、目の前に広がる森に朝の光が当たり始めました。暗かった空から雲が消え、一面の青に変わっていきます――。
フルートとゼンは、どさりとその場に腰を下ろしました。ポポロも通路の絨毯に座り込んでしまいます。
メールはまだ立っていましたが、細い腰に手を当てて大きな溜息をつきました。
「やっぱりここにも竜の宝はなかったね。今度こそ、きっと本物だと思ったのにさぁ」
仲間たちは返事をしませんでした。ポチやルルでさえ、通路に座り込んで黙っていました。竜子帝たちの前では、心配させないように元気にふるまっていたのですが、実際にはひどく気落ちしていたのです。
術師の老人が人柱になって長壁を守っていたことも、屯所の壁に二千年前の戦いの壁画が残っていたことも、非常に大きな発見でしたが、彼らが探す竜の宝ではありませんでした。デビルドラゴンを倒す手がかりは、まだ見つかりません。そんなもの本当はこの世に存在していないんじゃないか、と誰もが心の中で考えてしまいます――。
けれども、やがてフルートは立ち上がりました。しばらく考えてから、ゆっくりと話し出します。
「これは真理の窓だけど、窓は真実そのものじゃなくて、その手がかりを見せてくる。ぼくたちは、そうとはわからなくても、きっと何かの手がかりをつかんだんだよ。それを考えていけば、きっと真実にたどり着けるんだ……」
「どれが手がかりだったんだよ。んなもん、どこにもなかっただろうが!」
とゼンが座り込んだまま言い返しました。怒るような声になっています。
メールも腰に手を当てたまま言いました。
「だよねぇ。屯所の宝ってのは高師のおじいさんのことだったし、壁画にもデビルドラゴンを倒すときの様子は描いてなかったし」
「金の石だって、何も教えてくれなかったわ」
とルルも言います。
フルートは首を振りました。
「天空王のことばを思い出せよ。窓は一見真実とはわからない形で真実を見せてくる、って言われたじゃないか。今見てきた出来事の中に、きっとその真実があるんだよ」
「だから、どれがその真実だ、って言ってんだよ! いくら考えたって、全然わかんねえぞ! それとも、おまえは何かわかったのか、フルート!?」
「いや……それはぼくにもまだ、わからないけれど……」
とフルートが口ごもってしまったので、そら見ろ! とゼンはまたどなりました。
メールも溜息まじりで言います。
「あたいたち、いつまでこんなことしてなくちゃいけないんだろうね。今度こそは、って思って確かめに行って、そのたびに肩すかしを食らわされてさ。あたいたちが旅に出てから、もう一年以上になるんだよ。竜の宝って手がかりをつかんでからだって、半年が過ぎたのに、あたいたちはまだ謎の入口でうろうろしてる。この繰り返しにも、いいかげんうんざりだよ」
すると、ルルが床に腹ばいになって言いました。
「私はみんなが知っているのに教えてくれないことが悔しいわ。金の石は二千年前の戦いに立ち会っていたし、考えてみれば、願い石だってそうよね。戦いのこともデビルドラゴンを捕まえたときのことも、絶対知ってるはずなのに――。白い石の丘のエルフだって、知っているけれど教えられない、なんて言ったし。どうして? 私たち、こんなに一生懸命知ろうとしているのに、どうして何も教えてもらえないのよ?」
ルルは話しながら怒り、泣き出していました。こぼれた涙をポチがなめて言います。
「ワン、それが理(ことわり)だからなんだよ。あの人たちには教えられない決まりになっているんだ。でも、ぼくたちはその理に縛られていないから、ぼくたちに自分の力で見つけろって言うんだよ」
とたんにルルは牙をむきました。
「理ってなによ!? 自分で探せ、探せって言われるけど、私たち、ここまで本当に一生懸命探したじゃない! 世界一周までしたのよ! 探す努力が足りなかったなんてこと、絶対にないはずだわ!」
雌犬から八つ当たりをされて、小犬が後ずさります。
フルートは首を振りました。
「教えられない人たちに教えてくれと言ったって、それは絶対に無理なんだよ。そのことを怒るより、他を調べよう。また別の手がかりが見つかるかもしれないからな」
「他ってどこのことだよ?」
とゼンが聞き返しました。もうかなり機嫌が悪くなっていたので、うなるような声になっています。
「他の窓のことさ。真実の窓はこんなにたくさんあるんだから、きっと、ぼくたちに手がかりを教えようとしている窓が、他にもあるはずだ」
フルートはそう言って、両手を広げて見せました。その左右に伸びる通路には、無数の窓が視界の果てまでずらりと並んでいます。
仲間たちは思わずうめきました。確かにその中にはまた、ガラスがはまっていなくて、向こう側へ行ける窓があるかもしれません。そこで何かまた新たな発見もあるかもしれません。けれども、それはやっぱり竜の宝やデビルドラゴンを倒す手がかりなどではなくて、肩すかしを食らわされるだけなのかもしれないのです。それを思うと、立ち上がって調べに行く気持ちになれません。
仲間たちが座り込んだままなので、フルートは根気強く言い続けました。
「天空王は、自分自身を信じて、真実をつかみ取ってきなさい、と言った。ぼくたちは絶対に奴を倒す方法を見つけられるさ。信じて行こう。探し続けて、必ず手がかりを見つけるんだ」
けれども、その呼びかけに立ち上がってやってきたのは、ポチ一匹だけでした。ゼンは怒ったように座り込んだままだし、メールもその場から動きません。ポポロは悲しそうにうつむいて、怒っているルルの背中をなでていました。ポチ以外は誰もフルートのところへ来ようとしません。
フルートはさらに言おうとしました。あきらめるな。あきらめたら、世界がデビルドラゴンに破壊されてしまうんだ。手がかりを探し続けよう――。
ところが、フルートがそれを口に出さないうちに、目の前に赤い光が湧き起こりました。中から、赤い髪を高く結って垂らし、炎のようなドレスを着た女性が現れます。
「願い石の精霊」
とフルートは目を丸くしました。どんな願いでもひとつだけかなえる魔石の精霊ですが、今のフルートは願い事など全然考えていませんでした。何故出てきたんだろう、と驚きます。
一方、ゼンたちも仰天して跳ね起きました。血相を変えて飛んでくると、フルートを精霊から引き離します。
「この馬鹿! なんで願い石なんか呼びやがるんだよ!?」
「手がかりが見つからないから、願い石でデビルドラゴンを倒そうっていうのかい!?」
「そんなの絶対にだめよ、フルート! 破滅してしまうわ!」
仲間たちは口々に言いました。ポポロがフルートの腕をぎゅっと強く抱きしめます。
いや、ぼくは……とフルートがとまどっていると、願い石の精霊が口を開きました。
「そなたたちは、闇の竜を倒す手段を探し求めることをあきらめようとしている。そうであれば、フルートのするべきことはたったひとつであろう。私に闇の竜の消滅を願うことは、一番近くにあって一番確実な解決策だ」
と彼らを見下ろします。美しいのですが表情がないので、まるで作りもののように見える顔です。
仲間たちは背後にフルートをかばい、いっそう強く反論しました。
「馬鹿野郎! 誰があきらめるなんて言った!?」
「あたいたちは絶対にあきらめないよ! 何度だってどこにだって調べに行って、必ずデビルドラゴンを倒す方法を見つけるんだからさ!」
「行きましょう、フルート! 他の真実の窓が別の手がかりを教えているはずよ! それを見つけましょう!」
流れはたちまち変わりました。ゼンたちがフルートを別の真実の窓へ引っぱっていきます。
願い石の精霊は無表情のままそれを見送りました。足元にはポチだけが残っています。
ポチは精霊に言いました。
「ワン、フルートはあなたに願おうなんて、全然思っていませんでしたよ。呼ばれもしないのに出てきたのは、ゼンたちの気持ちを変えるためですか?」
「フルートの願いをかなえることは私の役目だ。いよいよその出番かと思って出てきてみただけだ。また無駄足になったようだがな」
と精霊の女性は答えました。相変わらず表情は少しも変わりませんが、声にはなんだか、うそぶくような響きがあります。
ポチは大きく尻尾を振りました。
「ワン、ありがとう、願い石」
「何故、礼を言われるのか、私にはわからない」
と願い石の精霊はそっけなく言って消えていきました。またフルートの内側へ戻っていったのです。
ポチは尻尾を振り続けました。口ではなんだかんだ言っていても、やっぱり精霊たちも彼らの仲間なのです。フルートを守り、一緒にデビルドラゴンを倒そうとしています――。
「ポチ、どうしたのよ!? 早く別の窓を探すわよ!」
とルルが振り向いて呼んだので、ポチは急いでそちらへ走っていきました。