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第20巻「真実の窓の戦い」

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21.精霊

 フルートに呼ばれて、淡い光の中から金の石の精霊が姿を現しました。黄金をすいてそのまま糸にしたような鮮やかな金髪と、同じ色の瞳をした少年です。自分を振り向いたフルートたちと、その後ろの壁画を眺めて、口を開きます。

「二千年前の絵か。こんなところに残されているとは思わなかったな」

 見た目は幼い子どもなのに、ひどく大人びた言い方をしています。

 フルートは空を飛ぶ女性の絵を示しながら尋ねました。

「これは君だな? どうして女性の恰好をしているんだ?」

 確信を込めた質問に、精霊の少年は腰に両手を当てて、ちょっと肩をすくめました。

「別に不思議なことじゃないだろう。この頃は、ぼくは女性の恰好をしていたからだよ」

 えぇ!? とゼンたちはまた驚きました。

「おまえ、昔は女だったのか!?」

「じゃあ、願い石の精霊みたいだったってわけ!?」

「なんで今は子どもの恰好をしてるのさ!?」

 口々に尋ねられて、精霊はうるさそうな顔をしました。

「ぼくの本体は石だ。その気になれば、老若男女(ろうにゃくなんにょ)、人でないものにさえなることができる。こうして出てくる恰好なんて、あってないような、大した意味のないものなんだ。ぼくが今回子どもなのは、この恰好が一番都合が良かったからだ――」

 精霊の少年は、これでもうこの話題を打ち切りにしたがっていましたが、メールは逃がしませんでした。

「都合って、どんな都合さ? あたいたちに合わせたってわけ? でも、あたいたちはあんたよりも大きいんだから、あんただって、もうすこし大人の姿で出てきても良かったはずだろ?」

「ぼくがこの恰好をしていて、君たちが困ったことがあったか? どんな恰好をしていようと、ぼくはぼくだ。ぼくの力に何も変わりはない」

 と精霊は言いました。その声がいらいらし始めているように感じられて、フルートたちはまた驚きました。精霊は自分を侮辱されると猛烈に怒り出しますが、こんな話題で腹をたてるのは、ちょっと珍しいように思えます。

 

 すると、横でやりとりを聞いていたリンメイが口をはさみました。

「ねえ、壁画の女性が本当にあなたなら、あなたは二千年前の戦いに直接参戦していたということよね。そこで何があったのか、その目で見てきたってことだわ。どうしてそれをフルートたちに話してあげないの?」

 え? とゼンたちは目を丸くしました。少し考え、その事実に気がついて、えっ! とまた驚きます。リンメイの言うとおりでした。金の石は二千年前にも存在していて、初代の金の石の勇者と共に、デビルドラゴンや闇の軍勢と戦っています。フルートたちは過去の戦いの手がかりを求めて旅を続けてきましたが、彼らとずっと一緒にいた金の石こそが、光と闇の戦いの様子を直接見てきた証人だったのです。

 ところが、精霊の少年は、はっきりと不愉快そうな表情になりました。ひどく冷ややかな口調で言います。

「ぼくはそれを語ることができない。これは契約だ」

 そう言い残すと、あっという間に見えなくなっていってしまいます。

 後に残された者たちが唖然(あぜん)としていると、フルートが困ったように言いました。

「金の石は昔の戦いのことを語れないんだよ――。金の石が光と闇の戦いに立ち会ってることは、だいぶ前に気がついていたし、彼に尋ねたこともあるんだけれど、その時にも、それは語ることができない契約になっている、って突っぱねられたんだ。よくはわからないんだが、彼だけじゃなく、願い石も他の石も、山や川や海でさえ、昔の戦いについては語れない決まりになっているらしい。ぼくたちのほうで調べて過去の出来事を知るのはかまわないらしいんだけれどね」

「ワン、なんだか天空王たちみたいですね。過去の出来事を語ることはできない。だけど、自分たちで見つけて知るのならば大丈夫だ、なんて」

 とポチが困惑すると、ラクが言いました。

「どんなに力のある存在であっても、世界を創っている法則に逆らうことはできません。石は普段、沈黙してそこにあるだけの存在です。例え精霊になっても、その法則を越えることはできないのでしょうな」

「石ってのは黙って転がってるものなんだから、石に聞いたりするな、ってことか? 確かにそれはその通りだが」

 とロウガは腕組みしてフルートのペンダントを見ました。金の石は花と草の透かし彫りの真ん中で光っていましたが、なんだかその光がいつもより冷たく見えるような気もします――。

 

 すると、竜子帝が言いました。

「朕たちだけでここで話し合っていても、埒(らち)があかぬ。一度王宮に戻って、学者たちを連れてくることにしよう。長年光と闇の戦いについて調べてきた学者たちならば、この絵から何か見いだしてくれるだろう」

「あら、キョンにしては珍しくまともな意見じゃない? 私も賛成だわ」

 とリンメイが言ったので、珍しくまともとはどういうことだ!? と竜子帝が怒ります。

 フルートたちはまた顔を見合わせました。確かに、ユラサイの学者たちが一緒のほうが、壁画からもっといろいろなことを知ることができるような気がします。

 その時、ルルが彼らにとって大事なことを思い出しました。

「あ、そういえば、オリバンたちは? 同盟を結ぶために、セシルやユギルさんと一緒にユラサイを訪ねていたはずでしょう? 今はどこにいるの?」

 それに答えたのはラクでした。

「ロムド皇太子のご一行は、半月ほど王宮に滞在して同盟の調印式を執り行った後、周辺の国々にも協力を求めたいとおっしゃって、また旅立って行かれました」

「彼らにはリンメイの父のハンが、朕の名代(みょうだい)として同行している。周辺の諸国は、こぞって彼らと同盟を結んでいるはずだ」

 と竜子帝も言います。

 なるほど、フルートたちは納得しました。オリバンたちはオリバンたちで、闇との決戦に備えて、光の陣営に味方を増やしているのです。兄や姉のような彼らを、頼もしく懐かしく思い出してしまいます……。

 

 やがて、彼らはぞろぞろと屯所の外へ出て行きました。とたんに、明るい空と茜色(あかねいろ)に染まった雲が目に飛び込んできます。いつの間にか夜明けが近づいていたのです。

 長壁は食魔に食われてあちこちに穴が開き、石積みが崩れかけていました。屯所にも、彼らが通り抜けてきた穴が開いています。

「壁の修理もしなくちゃいけないわね、キョン」

 とリンメイが言ったので、竜子帝はうなずきました。

「良い機会だ。他にも壊れている箇所があったら修理させることにしよう。ラク、王宮に戻ったら、ただちに長壁の調査に取りかかれ」

 今もまだ若干子どもっぽさが残る竜子帝ですが、こんなふうに命令を下す声にはかなり貫禄が出てきていました。御意(ぎょい)、とラクが頭を下げます。

 フルートたちは、最後にもう一度屯所を振り向きました。そこに眠る術師の老人に挨拶をしようと思ったのです。ところが、彼らが出てきた穴が屯所から消えていたので、一同はびっくりしてしまいました。駆け寄って壁に触れてみますが、どこにも通り抜けられる場所はありません。

「ワン、魔法だ!」

「穴はあのおじいさんの術だったのね……」

 再び外界から隔絶されてしまった屯所を驚いて眺めていると、今度はロウガが、おっと言いました。穴が消えた壁に、大きな窓が現れたのです。窓は縦長で上部が丸く、窓枠から壁に向かって、蔦が這うように金属製の窓の縁飾りが伸びています――。

「真実の窓だ!」

 とフルートたちは声を上げました。彼らがくぐり抜けてきた窓が、再び彼らの目の前に姿を現したのです。壁を細長く切り取った窓の中に見えているのは、高師の塚がある薄暗い部屋ではありませんでした。この窓と同じような窓がずらりと並ぶ、長い長い通路です。

 目を丸くしていたフルートは、やがて穏やかに笑いました。彼らの後ろで驚いている竜子帝やリンメイ、ラク、ロウガの四人を振り向いて言います。

「どうやらぼくたちは戻る時間になったみたいだ。ぼくたちは今、空の上の天空の国にいるんだよ。そこから、真実の窓をくぐってここに来ていたんだ――」

「せっかくまた会えたのに、あっという間だったね。でも、会えて嬉しかったよ」

 とメールも言います。

「なんだ、もう行くと言うのか!? せっかくそなたたちのために宮殿で大宴会を開こうと思っていたのに!」

 と竜子帝がふくれっ面になったので、ゼンが笑いました。

「また今度な。そん時には、俺たちが食い切れねえくらい、山ほどご馳走を準備しといてくれ」

「リンメイ、元気でいてね」

「ワン、ロウガも。占神たちにもよろしく言ってください」

 と犬たちも口々に別れの挨拶をしました。ポポロも黙ったまま頭を下げます。竜の棲む国の戦いで共に力を合わせた友人たちです。いくら別れを惜しんでも名残は尽きません。

「行こう」

 とフルートは言い、窓枠に手をかけて、ひらりと飛び越えました。真実の窓にガラスは入っていなかったのです。ゼン、メール、ポポロ、ポチとルルが続いて窓を越えていきます。

 すると、屯所の壁から窓が消えていきました。その向こう側で手を振る勇者の一行と一緒に、見えなくなってしまいます――。

 

「本当に行ってしまったぞ。けしからん!」

 竜子帝はぷりぷりと怒ると、そのまま白んできた空を見上げました。こぼれそうになったものをこらえたのです。

 リンメイのほうはとっくに泣き出して、袖で涙をぬぐっていました。

「また彼らに会えるかしら」

 と悲しそうに言います。

「会えるさ。占神だって、きっとそう言うぞ」

 とロウガが言って、太陽のランプを消しました。あたりはもうすっかり明るくなっていたのです。

「勇者の皆様方が無事に探し求めるものを見つけられますように」

 術師のラクは祈るようにそう言うと、両手を前で合わせ、窓が消えていった場所に向かって深々と頭を下げました――。

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